37 光が丘公園ダンジョン

 凍崎とうざき純恋すみれのステータスに戦慄を噛み殺していると、


「……あら?」


「っ!」


 凍崎純恋がいきなり俺のほうに振り向いた。


 目が合って――は、いないな。


 「ステルス」で光学的にも音響的にも存在を消してるし、「窃視」を使った「鑑定」は相手に気配を悟られない。


 だから、絶対に見つかるはずがないのだが……


「……気のせいかしら?」


「どういたしました、お嬢様?」


「誰かが怯えたような気がしたんだけど……錯覚かしらね」


「『索敵』は怠っておりませんが、とくに気配は感じません」


「そう……ならいいわ」


 興味を失った純恋は、「レベルドレイン」に意識を戻す。


「終わったわ」


「あ、あああ……」


 喪失感と快楽の残滓でその場にへたりこむ元統括。


「おら、どうした! お嬢様にお礼を言うのが先だろうが!」


「わ、私のレベルを受け取ってくださり、誠にありがとうございます!!!」


「よかったわね、気持ちいい思いができて」


「こっ……光栄であります!!!」


「もう一度気持ちいい思いがしたかったら、またへータイからがんばるのよ」


「れ、レベル1から出直します!!!」


「さっき、誰かが飛んだとか騒いでたわね。ちょうどいいわ。その班に入りなさい」


「はっ? しかし、光が丘公園ダンジョンはBランクで……」


「入りなさい」


「は、はっ!」


「おら、田嶋! 生まれ変わったことをみんなに証明するチャンスだろうが!」


 スーツの一人がビニールに包まれた服のパッケージを持ってくる。

 中身はもちろんスウェットだ。


「これに着替えろ、田嶋!」


 さっきまで上司だったはずの相手を呼び捨てにする。

 そのことの歓喜と、自分が標的にされなくてよかったという安堵。

 「上」がいなくなったから自分が上がれるという計算もあるんだろうな。



 ……それにしても、さっきの凍崎純恋。


 俺は「隠密」で気配を消し、「ステルス」で迷彩し、「窃視」を使って「鑑定」したというのに、俺の存在に気づきかけた。


 誰かが怯えたような気がした……とか言ってたが、嘘だろ?


 でも、この女ならそんなことがあってもおかしくないと思ってしまう。


 たしかに、俺はステータスを見て動揺した。

 ブラックギルドを手のひらの上で転がす手腕と、それを躊躇いもしない冷酷さに怯えた。


 俺のそんな気持ちの揺れを察知したってことなのか?

 特別なスキルではなく、純然たる「感覚」で?


 神様は「異界の手妻ではなくおのれまなこで見よ」と言った。

 凍崎純恋がやったのは、まさにそれだったのかもしれないな。


 ……だとしたら、これ以上ここにいるのは危険だな。


 俺は「隠密」と「ステルス」をかけたまま羅漢の連中の後ろを回り込む。

 さいわい、レベルドレイン騒ぎで連中は一箇所に集まってる。

 その後ろを通ればポータルはすぐそこだ。


 「隠密」「ステルス」があるんだから目の前を横切っても気づかれないはずだが、一応、凍崎純恋からの視線が切れるよう、他の連中の影を伝うように進んでポータルに飛び込んだ。





 ダンジョンに入った。


 正直、動揺は残ってる。


 だが、まずは奥に進むことを優先しよう。

 ぐずぐずしてると羅漢の連中に追い付かれるかもしれないからな。


 最初に出くわしたのは、「ホビットソードマンLv52」「ホビットシールダーLv53」「ホビットアーチャーLv52」「ホビットメイジLv54」の4体編成。

 ステータスが平均的なホビットソードマンを例に取ろう。



Status──────────────────

ホビットソードマン

レベル 52

HP 520/520

MP 364/364

攻撃力 1072

防御力 720

魔 力 364

精神力 564

敏 捷 1024

幸 運 972


・生得スキル

剣技2 パリング1 虚仮の一念1 連携攻撃1


撃破時獲得経験値416

撃破時獲得SP14

撃破時獲得マナコイン(円換算)11440

ドロップアイテム ポーション ブロードソード 力の指輪

────────────────────


Skill──────────────────

虚仮の一念1

自分より大きい(体重が2倍以上)の相手に対し、攻撃力が(S.Lv×10)%上昇する。

────────────────────

Skill──────────────────

連携攻撃1

パーティメンバーが攻撃した直後に同じ対象を攻撃すると、与ダメージが(S.Lv×10)%上昇する。

────────────────────



 攻撃力でいえば天狗峯神社ダンジョンの赤鬼に及ばないが、全体的なバランスはいい。

 赤鬼はまさかの一撃が怖い相手だったが、ホビットソードマンは無難にまとまった前衛だ。


 だが、前衛を務める同レベルの探索者と比べれば、能力値は全体的にやや劣る。

 ホビットは身長120センチほどしかないので、人間と比べてパワーに劣るというのはわかりやすい。


 このことは、他のホビット亜種にも当てはまる。

 それぞれバランスはいいのだが、能力値が同レベル帯の探索者に対して劣るのだ。

 ホビット系が「弱いモンスター」と言われるゆえんである。


 だが、人間より能力値の劣るホビット系でも、亜種同士で連携すると独自の強さを発揮する。

 「連携攻撃」のスキルはホビット系のほとんどが持っている(トレジャーホビットは除く)。

 スキルを別にしても、以心伝心に近いような高度な連携を見せることもあるらしい。


 じゃあ、俺はそれにソロでどう対応するのかって?


 決まってる。



「フレイムランス!」



 一撃で、俺はホビットソードマンを消し炭に変える。


 いくら連携が取れると言っても、仲間を一体ずつ一撃確殺で撃破されてはどうしようもない。

 ホビット側からすれば、シールダーが耐えているあいだにソードマンが側面から、アーチャーやメイジが遠距離から攻撃する……というパターンに持ち込みたいんだろうが、味方が持ち堪えることもできずに一撃でやられる状況では連携の取りようがないだろう。

 それでも、味方がやられるあいだにこちらを健気に攻撃してくるのだが、敏捷にものを言わせて俺はそのすべてを軽々かわす。


 なお、今「健気に」と言ったが、ホビットは名前から想像されるようなファンシーな顔はしておらず、大きな耳と曲がった鼻、吊り上がった真っ赤な目というわりと凶悪な面相をしてる。


 アーチャー、メイジを落とし、シールダーだけを残すと、俺は前に向かって猛然とダッシュ。

 もちろん、「逃げる」のだ。


 一瞬、シールダーからあっけにとられたような気配がしたが、すぐに気を取り直して俺の背後に迫ってくる。


 だが、逃げエリアを斜めに進むことで左右にふらふらスライドする俺に、敏捷の低いシールダーは攻撃を当てられない。


 ほどなくして、俺は「逃げる」に成功する。



《「逃げる」に成功しました。》


《経験値を得られませんでした。》


《SPを294獲得。》***再計算


《18164円を獲得。》


《「ブロードソード」を手に入れた!》


《10022円を落としてしまった!》



「おっ、剣が落ちたか」


 「鑑定」で調べたところでは、ホビット系はそれぞれ種に応じた武器を落とす。

 ドロップ枠の二つ目だからそこそこレアだが、戦っていればそれなりに落ちる。

 まあ、攻撃力の低い俺が剣を使うことはないだろうが、換金用としてはありがたい。


 そうか……換金。


「……ひょっとして、羅漢の連中がこのダンジョンに潜ってる理由の一つはこれか?」


 ドロップで武器が手に入れば、装備を調達するコストが省ける。

 探索のコスト削減になるわけだ。

 潜らされる側からすれば、「武器は現地で調達しろ」と言われてるようなもんだけどな。

 幸運の高い俺と違って二枠目ドロップの確率も低いだろうし。


「レベルを下げれば獲得SPが増える、とも言ってたな」


 「レベルドレイン」――凍崎純恋の固有スキルがあれば、同意を得た相手のレベルを下げられる。

 レベルが低ければ補正がついて獲得SPが高くなるって話は、もういい加減耳タコだよな?

 しかも、ホビット系は若干だが他のモンスターよりSPが高い。


「……つまり、俺と同じところに目をつけたってわけか」


 そう思うと気分が悪くなるな。

 こっちはべつに無理なダンジョンアタックをしてるわけじゃないんだが。


「そんなやり方じゃ、死亡率が高いのも当然だな」


 ある程度の死者が出ることを織り込み済みでやってるとしか思えない。


「仮に死者が出たとしても、死ぬ前にレベルを吸い上げられればそれでいいって発想なんだろう」


 凍崎純恋はレベルランキングにこだわっていた。

 実際、芹香に聞いたところでは凍崎純恋のランキングは「27位」のはずだ。

 だが、さっき「鑑定」で見たステータスでは「24位」になっていた。

 公表されるレベルランキングがどのくらいの間隔で更新されるかは知らないが、前回のランキングから今日までのあいだに順位を3つも上げたということだ。


 さっきは、統括の地位にあった男からも根こそぎレベルを吸い上げていた。

 常識的に考えれば、それだけの地位に上ったからには、レベルも高く、仕事の面でも有能だったはずだ(「有能」の定義はブラック企業のものだが)。

 それをあえて地に落とすような真似をしたのは、それだけレベルアップを急いでるからかもしれないな。

 ……まあ、単に嗜虐心を満たすためにやったとか、自分の力を見せつけて部下を恐怖で縛るためだったとか、べつの可能性もあるけどな。



 俺はホビット部隊を撃破しながら、ダンジョンを奥へと進んでいく。


 「ミニマップ」スキルのおかげでもう自力でマップを作る必要はない。

 「索敵」でモンスターの位置も編成も事前にわかる。

 罠も「罠発見」で問題なく対処できている。

 戦闘だって単調だ。


 となると、どうしても頭に浮かんでくるのはあの女――凍崎純恋のことだった。


「……ああ、くそっ」


 俺にとっては思い出したくもない、高校時代の記憶が蘇る。

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