32 突撃!エルフさん家(ち)の晩ごはん
天狗峯神社ダンジョンの探索は思った以上にあっけなく済んでしまった。
とはいえ、昼前に潜り始めて七層まで踏破する頃には、とっくに日が落ちている。
宿泊施設を押さえておいてよかったな。
温泉で探索の汗を流して出ると、
「あ、お疲れさまです、悠人さん」
キャスケット帽の少女がそこにいた。
時間帯的に、さすがにサングラスはかけてない。
いやがおうにも目立ってしまう美少女だが、宿泊施設は閑古鳥が鳴いていて、こっちを見てる人はいない。
「ほのかちゃんか。はるかさんの様子は?」
「おかげさまで落ち着いています」
「それはよかった」
「母が、もしよければお食事を一緒に、と申しておりまして」
「はるかさんが無理してないならいいけど」
「すぐに無理をする人ですけど、今日は本当に調子がよさそうです」
「そういうことなら喜んで」
どうせ、今日は宿の部屋に引っ込んで寝るしかやることがない。
入手したスキルの使い方や今後のスキルレベル上げの方針を模索したい気持ちはあるが、量が量だし、急いでやる必要もない。
それに、はるかさんはベテランの探索者だ。何か参考になる話が聞けるかもしれないよな。
もちろん、探索の話を抜きにしても、美人エルフ母娘からの食事の誘いを断る理由などあるはずがない。
……なぜか芹香の怖い笑顔が脳裏をよぎるが、恋人じゃないんだから何も問題はない……はずだ。
「こちらです」
昨日はるかさんと会った屋敷のほうに案内される。
畳敷の和室には、さながら懐石料理のような手の込んだ品々が並んでいた。
「お疲れさまです、悠人さん」
と、奇しくも同じようなセリフではるかさんが出迎えてくれる。
昨日は巫女装束だったが、今日は割烹着。
エルフというとスレンダーなイメージだが、はるかさんはとてもスタイルがいい。
絹糸のような金髪と蒼い瞳、エルフ特有の長い耳は割烹着とはミスマッチのはずだが、そのギャップがかえってはるかさんの魅力を際立たせている。
「お招きいただいてありがとうございます」
ほのかちゃんが俺を呼びに来たのはついさっきのことだ。
それ以前に約束をしてたわけじゃない。
だが、目の前の料理が短時間で作れるものじゃないってことくらいは俺にもわかる。
「ふふっ。そう固くならずに。私たちのことはどうか家族のように思ってくださいな」
「こんな綺麗な人が母親だったら気が気じゃないでしょうね」
「あら? 妻のほうがよかったかしら?」
「からかうのはやめてくださいよ」
「からかってはいないのだけれどね。あのお話、あなたさえ望むならいつでもお応えしますわよ? ね、ほのか」
「は、はい……」
ボッと赤くなってほのかちゃんがうなずく。
「い、いや、その話はやめておきましょう」
「そうね。芹香さんがいないときにするのは義理を欠きますから」
「俺と芹香はそういうんじゃないですけどね。あ、あと、こっちが歳下なんで、敬語とかいいですよ」
「あら、そう? それなら悠人さんも敬語は使わなくて結構よ」
「わかりました。……いや、わかったよ、はるかさん」
「うふふ。冷めないうちにいただきましょう」
料理は、鮎の塩焼きや山菜の天ぷら、汁物、茶碗蒸し……と和食で揃えられている。
「おいしい」
「あら、お口に合ったようでよかったわ」
「ひょっとして、はるかさんが?」
「私とこの子で、よ」
「そうなのか。ほのかちゃんも、ありがとうな」
「い、いえ、とんでもない! 悠人さんにいただいた恩を思えばなんでもありません」
エルフであるはるかさんがこんな純和風の料理を作るのは意外……でもないな。
ほのかちゃんがお腹の中にいる頃にこっちにやってきたんだから、こっちの料理を覚えていても不思議じゃない。
…………いや、そうか?
ほのかちゃんが生まれる前なら、俺はまだ小学生だったはず。
それなのに、はるかさんは「気づけばこっちの世界のダンジョンにいた」と言っていた。
その頃にはもう初期のダンジョンが生まれていたということなのか?
でも、俺がひきこもる前の時点では、ダンジョンのダの字も聞かなかった。
はるかさんが嘘をついているとも思えないし……。
これはどうも、神様案件みたいだな。
「……変なこと聞きま……聞くけど、はるかさんは神様に会ったことってある?」
「神様? ううん、ないけれど……」
「いるとは思う?」
「神様はいるわ。元の世界にも、こちらの世界にも」
「この神社にも?」
「神様は特定の場所にいるわけではないから、どこにいるか、というのは意味のない問いだわ。どこにでもいるし、どこにもいない。そうしたものだとエルフのあいだでは考えられていたわね」
「エルフはみんな神を信じてるのか?」
「ええ。信仰心の濃淡はあるけれど、信じないという人はいなかったわ。だって、エルフという存在自体が、神に祝福されているのだもの」
「エルフ自体が?」
「この世界の常識で考えてみて。数百年を不老のまま生きる人間なんてありえないでしょう?」
「それは……そうだよな」
これから先再生医療や遺伝子編集技術が発展すればそういうこともあるかもしれないが、少なくとも現時点ではありえない。
「神は、自らを讃える民を愛おしく思い、彼らから老いと死とを遠ざけた――事実かどうかはともかく、エルフの伝承ではそうなっているわね」
……なんていうか、随分えこひいきな神様だな。
まあ、地球の神様だってえこひいきは大概酷いものがあるけどな。
はるかさん自身は、口ぶりからして、そこまで信心の厚いほうではないのだろう。
ダンジョンの崩壊で愛する夫を失い、異世界に飛ばされたんだ。
神を信じる気持ちが薄らいでも無理はない。
この話をあまり掘り下げるのもどうかと思ったので、俺は気になってたことを聞いてみる。
「はるかさんは、こっちでも探索者をしてたんだよな?」
「ええ。ダンジョンの存在が知れ渡る前からね」
「最古参の探索者だな」
しかも元の世界でのキャリアもある。
「ちょっと、その言い方だと私が年寄りみたいじゃない」
「エルフは年齢は気にしないんじゃなかったのか?」
「エルフは年齢を気にしないけど、私はあなたと釣り合っていたいと思うわよ?」
「そ、そうか」
「……お母様。悠人さんのこと、本気で取ろうとしてませんか?」
「そんなことないわ。ほのかちゃんの大事な背の君ですからね。でも、若い人間の男性は性欲が強いものだから。一人じゃ満足できないかもしれないでしょ?」
「……性欲が強いのはお母様なんじゃ……」
「何か言ったかしら、ほのか?」
「い、いえ、なんでもありません」
けふんと咳払いしてそっぽを向くほのかちゃん。
俺は不穏な気配に冷や汗を流しつつ、
「ちょっと特殊な条件のダンジョンを探してるんだ。具体的には、道中にホビット系のモンスターがなるべく多く出現して、ダンジョンボスもホビット系のダンジョンなんだけど」
「ずいぶん変わった条件ね」
はるかさんはしばし考えて、
「……ごめんなさい、条件ぴったりのダンジョンは知らないわね」
「そうか……」
「道中にホビット系が出るダンジョンはいくつか思いつくけど、それだけではダメなのよね?」
「ああ。道中は最悪いなくてもやりようはあるんだけど、ボスだけは必ずホビット系じゃないとダメなんだ」
「ホビット系のボスというのが珍しいのよね。すくなくとも私は見たことがないわ」
はるかさんの言葉に、内心で落胆する。
俺がホビット系にこだわってるのはなぜかって?
もちろん、同種のモンスター400体(うち一体以上はボス)を連続で撃破する特殊条件のためだ。
黒鳥の森水上公園ダンジョンで稼ぎの対象にした「トレジャーホビット」は、「盗む」というスキルを持っていた。
もし、ホビット系連続撃破の特殊条件が達成できれば、その報酬として「盗む」のスキルが手に入るかもしれない。
前からドロップアイテムの三枠目が落ちないことに疑問を持っていた。
高い幸運のおかげか二枠目はそこそこ落ちるのに、三枠目は一個も落ちたことがない。
単純に確率がものすごく低いという可能性もあるが、そもそも普通の方法ではドロップしないということかもしれないよな。
たとえば、ドロップアイテムのグレードが上がるようなスキルがないと手に入らないとか。
あるいは、それこそ「盗む」のようなスキルを使わないと取れないだとか。
その疑問を神社で神様に訊いた答えが、「これまでの知識を振り返れ」だった。
探索者になりたての俺の知識なんて知れている。
その中に答えにつながる情報があるのだとすれば、心当たりはこれしかない。
「お役に立てなくてごめんなさいね」
「ああ、いえ、気にしないでください」
「あら、口調が戻ってるわ」
「おっと、すまん、気にしないでくれ」
「うふふ。そのしゃべりかたのほうが素敵よ」
「生意気に聞こえないか?」
「探索者だもの。この世界では時代錯誤かもしれないけれど、堂々と構えることも仕事のうちだわ」
「……なるほどな」
丁寧にするのはいいが、馬鹿丁寧にしては舐められる。
こちらが下手に出るとどこまでも図に乗って無理な要求を通そうとするやつはざらにいる。
威張りちらすのは嫌いだが、ある程度の威儀は必要だってことだろう。
「さっきのダンジョンの話だけれど……芹香さんには訊いてみた?」
「いや、まだだ」
「せっかく身近に詳しい人がいるんだから、知恵を借りてもいいんじゃないかしら? 悠人さんは迷惑をかけたくないと思ってるのかも知れないけど、芹香さんは頼られて悪い気はしないはずよ」
「そうだな……」
さっき思いついたことだから聞く暇がなかった……というのもあるが、実際、俺は芹香に頼ることを避けがちだ。
わからないことがあれば聞けばいいし、力を貸してほしければ頼めばいい。
自分の問題から逃げちゃダメだ、みたいなのは、勘違いした真面目さだ。
人を頼ったほうが早くて確実ならそうすればいい。
一人で抱え込んで潰れるのが最悪だな。
逃げるまいと思って抱え込み、どうしようもなくなった挙句、逃げるしかなくなってしまう。
俺に「逃げる」なんて固有スキルがついたのはなんの嫌がらせかと思ったが、案外それは逆なのかもしれない。
――戦う際にはまず「逃げる」選択肢から検討しろ。
この固有スキルは俺をそう戒めてるのかもしれないな。
「ありがとう、はるかさん。ちょっとすっきりしたよ」
「私は何も言ってないわ。悠人さんの力よ」
と、やわらかく微笑むはるかさんに胸を撃ち抜かれ、俺は鮎の塩焼きへと逃げるのだった。
「では、おやすみなさい、悠人さん」
俺の部屋まで見送ってくれて、ほのかちゃんがそう言った。
はるかさんとは別の意味でどきっとする微笑みだ。
……この母娘は、自分たちの魅力をわかってて使ってるんだろうか?
はるかさんは絶対確信犯だが、ほのかちゃんはまだ違うだろう。
悔しいが、確信犯でやられてもどきっとするし、天然でやられてもどきっとする。ずるい。
「あ、そうだ」
まだ中二の女の子から苦労して視線をはがしたところで、俺はあるアイテムのことを思いだす。
俺はアイテムボックスからそれを取り出すと、
「これ、あげるよ」
蒼い石の嵌まった指輪をほのかちゃんに差し出した。
「指輪、ですか?」
「ああ。今日手に入れたものなんだが、俺は使う予定がなくてね」
俺が出したのは「守りの指輪」だ。
水上公園のギガントロックゴーレムのドロップで既に一つ持ってるので、今日宝箱で引いた分はアイテムボックスの肥やしになっていた。
売ればそれなりの値段になるんだろうが、宝箱から初めて入手したアイテムだ。
誰かに使ってもらえるならそのほうがいい。
「ほのかちゃんに合うと思ってさ」
ほのかちゃんがクズ探索者にからまれてたのはつい先日のことだ。
この指輪は防御力を高めるだけのものだが、いざというときにその差が生きることもあるかもしれない。
「私に
「ああ。ほのかちゃんの瞳と同系色だから合わせやすいだろうし」
「……わ、私の瞳に合わせて……」
「この指輪が守ってくれることもあるかもしれないだろ。よかったら使ってくれないか? あ、もちろん、好みに合わなかったら無理にとは言わないけど」
「そ、そんなことありません! すっごく気に入りました!」
「そ、そう……」
「ありがとうございます! 宝物にします! 絶対なくしませんから!」
「い、いや、そこまで思ってくれなくてもいいんだが……」
ほのかちゃんは熱に浮かされたような様子で、ふらふらと廊下を去っていった。
……もちろん、このときの俺は知らなかったさ。
エルフには、男性が女性にプロポーズするときに、相手の瞳と同じ色の宝石を使った装身具を贈る習慣がある……なんてことはな。
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