27 このようにしてかせぐのだ

 昼食を済ませた俺と芹香は、ほのかと別れて天狗峯神社の境内にあるダンジョンを目指す。


 簡単なやしろの中に、黒い水鏡みずかがみのようなポータルが浮いている。

 社の入口には入場者の名前を書くための帳面が置かれてるが、係員のような人はいない。

 俺と芹香は帳面に氏名を記すと、さっそくダンジョンの中に転移する。


 Bランクダンジョンだけあって、Cランクの水上公園ダンジョンよりも壁の色が黒に近くなっている。

 ただ、このダンジョンの壁は石ではなく、土が剥き出しになっている。


「悠人、気をつけてね。泥河童どろがっぱは土の中を移動できるから」


「ああ」


 wikiでここに出現するモンスターは把握している。

 今のところ俺の「索敵」に引っかかる気配はないな。


 しばらく進むと、ダンジョンの闇の奥にモンスターの気配を感じた。


「いるな」


「だね。っていうか、よくわかったね」


「『索敵』のスキルがあるからな」


「『索敵』!? なんで駆け出し探索者がそんな上位スキルを持ってるの?」


「それは今から説明するよ。芹香はくれぐれも手を出さないでくれよ?」


 「Dungeons Go Pro」でのパーティ編成を行なっていないから、俺と芹香は現在パーティを組んでいない。

 二つのソロパーティが一緒にいるだけという状態だ。


「うん、いいけど、危なかったらその限りじゃないよ?」


「いや、少々危なくても何もしないでくれ。一度だけならスキルでHP1で踏ん張れるから」


「えっ、まさか『サバイブ』持ってるの!?」


「よく知ってるな」


 wikiには載ってなかったスキルだが、芹香は知っていたらしい。


「私のギルドに持ってる人がいるからね。そこまで言うなら、助けを求められるまで手出しはしないよ」


「頼むよ。いろいろ制約が多いんだ」


 会話しながら「索敵」でモンスターの位置を特定する。

 気配は……知らないものだな。

 「索敵」では、出会ったことのないモンスターの種類まではわからない。


 俺は「隠密」を使って気配を消す。


「うわ、『隠密』まで……」


 さすがに声を落として、芹香が驚く。


「じゃあ、見ててくれ」


 俺は気配を消したままモンスターの群れに近づいていく。

 群れは三体で、それぞれ別のモンスターらしい。

 未知のモンスターなので種類はわからないが、気配の違いで種類が違うということは判別できる。


 「鑑定」を使うと、



Status──────────────────

鴉天狗

レベル 47

HP 376/376

MP 614/614

攻撃力 723

防御力 482

魔 力 627

精神力 470

敏 捷 557

幸 運 470


・生得スキル

剣技2 風魔法1 飛行(魔法)1


撃破時獲得経験値423

撃破時獲得SP13

撃破時獲得マナコイン(円換算)9870

ドロップアイテム 兵糧丸 鴉天狗のお面 天狗の団扇

────────────────────

Status──────────────────

泥河童

レベル 48

HP 432/432

MP 0/0

攻撃力 482

防御力 730

魔 力 338

精神力 586

敏 捷 192

幸 運 192


・生得スキル

液状化2 泥投げ1


撃破時獲得経験値432

撃破時獲得SP11

撃破時獲得マナコイン(円換算)9120

ドロップアイテム 回復の丸薬 金泥 ミスリル泥

────────────────────

Status──────────────────

赤鬼

レベル 50

HP 950/950

MP 0/0

攻撃力 1150

防御力 950

魔 力 0

精神力 300

敏 捷 350

幸 運 450


・生得スキル

体術2 渾身の一撃1 凶暴化1


撃破時獲得経験値600

撃破時獲得SP14

撃破時獲得マナコイン(円換算)12500

ドロップアイテム 回復の丸薬 激怒の辛子 鬼の金棒

────────────────────



 羽の生えた、子どもくらいの背丈で脇差を持ってるのが鴉天狗。

 泥沼と化した地面から上半身を生やしてる河童が泥河童。

 赤鬼は……見たまんまだな。桃太郎の絵本から抜け出してきたようないかにもな鬼だ。


 三体の情報は、wikiに載ってた通りのものだ。


 なら、考えてきた作戦がそのまま使えるな。


 まず最初に考えるべきは、「どの敵を稼ぎの標的にするか?」だ。


 単純に獲得SPだけを比較するなら、赤鬼の14がいちばん高い。

 だが、赤鬼はHPが高く、今の俺でも一撃必殺とはいかないだろう。

 人型だから「暗殺術」「致命クリティカル」のコンボが有効だが、成功率が数%では稼ぎとしては安定しない。


 それに、赤鬼を倒して鴉天狗を残した場合、敏捷の高い鴉天狗に追いつかれ、剣技や風魔法の攻撃にさらされる。

 「剣技2」で底上げされた鴉天狗の攻撃力は、赤鬼ほどではないものの、侮っていいものじゃない。


 泥河童はSPも三体中最低だし、敏捷が低いから残す一択だな。

 ただし、「泥投げ」はまれに状態異常の鈍足を付与することがあるらしい。

 まあ、俺の場合は敏捷の値が高いから、鈍足で移動速度が低下したところで、十メートル逃げる分には問題ない。



 というわけで、



「――サンダースピア!」



 俺の放った雷撃の槍が、鴉天狗に突き刺さる。

 「奇襲」「先制攻撃」「先手必勝」「先陣の心得」に、「強撃魔法」「古式詠唱」、そして「天誅」。

 手応えからして「魔法クリティカル」も発生したな。


 4.968倍に増幅されたサンダースピアのクリティカル。

 クリティカルには「天誅」の効果(ボスモンスター、レッドネーム、自分の倍以上のレベルを持つモンスターに対し、クリティカルヒット時の与ダメージが上昇)も乗って、与ダメがさらに1.1倍。

 「奇襲」の効果で敵編成の全能力値が5%ダウンするというおまけまで付いている。


 鴉天狗は一撃で消し飛んだ。

 あとに残されたマナコインが、すぐに俺のスマホへと吸い込まれる。


 当然、残る二体のモンスターが俺に気づく。


 そのときには既に、俺は敵に背を向け逃げている。

 一瞬で十メートル先の逃げエリアに到達、見えないバリアにぶつかった。

 そこからは逃げタイマーとの戦いだ。


 残り23秒。

 泥河童は、周囲の地面を沼に変えながら滑るように。

 赤鬼は、腹に響く足音を立てながら脅すように。

 二体のモンスターが俺に向かって迫ってくる。


 残り17秒。

 泥河童の「泥投げ」。

 俺の膝がかくんと折れて、泥が俺の頭上を通過する。

 幸運回避だ。


 残り10秒。

 赤鬼がついに追いつき、手にした金棒を振り下ろす。


「ぐあっ!」


 当たった!

 しかもクリティカルだ、これ。

 衝撃によろめくが、「逃げる」体勢だけは崩さない。


「悠人っ!」


「まだだ!」


 今にも飛び出してきそうな芹香を制止し、俺は「逃げる」を継続する。


 赤鬼の二撃目は空を切る。

 幸運回避ではなく、赤鬼側の空振りだな。

 地面にクレーターを穿ったあたり、通常攻撃ではなく「渾身の一撃」のスキルだろう。


 飛んできた「泥投げ」は幸運回避。

 赤鬼の三撃目も幸運回避だ。


 残り5秒。

 泥河童が俺の足元に近づき、泥の手で俺の足を掴もうとする。

 つかまれば、泥沼の中にひきずりこまれてしまうだろう。

 足が止まれば逃げタイマーがリセットされかねない。


「ちっ!」


 俺はとっさに「逃げる」方向を斜めにずらした。

 ゲームとかで、通れない壁に向かって斜めに走ると横に滑っていく現象があるが、今俺がやったのはまさにそれだ。

 泥河童の手が空を切り、直後に振り下ろされた赤鬼の金棒もついでに回避。

 見切ってかわした感覚があったから、これは「敏捷回避」に当たるんだろう。


 ……斜め逃げ、使えるな。


 そんな発見をしているうちに、逃げタイマーの針が振り切れた。


 俺は一瞬の暗転ののちに、少し離れた地点に現れる。



《「逃げる」に成功しました。》


《経験値を得られませんでした。》


《SPを65獲得。》


《5209円を獲得。》


《「兵糧丸」を手に入れた!》


《2598円を落としてしまった!》



 よし、成功だな。


 鴉天狗とのレベル差は46だ。

 レベル差40以上の格上補正がかかって、獲得SPが5倍になっている。

 水上公園ダンジョンでレベル差20で獲得SPが3倍になることは確かめていたが、補正の上限が3倍という可能性もなくはなかった。

 この分だと、レベル差の10刻みで1倍ずつ上がっていくにちがいない。


 俺は、口をあんぐり開いたままの芹香の元に戻ると、



「というわけだ」



「…………いや、というわけだ、じゃないんだけど?」


 おっと、さすがに説明不足だったよな。


「『逃げる』を使うと経験値は手に入らないが、 SPは手に入るんだよ。だから、敵編成を全滅させずに残して『逃げ』て、レベルを上げずに SPだけ稼ぐことが可能なんだ」


「ちょっと待って。意味がわからないよ」


 シワの寄った眉間を押さえて芹香が言う。


「……なんでレベルを上げないの? 見た感じじゃ、普通に戦っても勝てたよね?」


「獲得SPには、敵とのレベル差でボーナスがつくんだ。こちらのレベルが低ければ低いほど獲得SPは多くなる」


「それは知ってるけど……1.5倍とかだよね? リスクに見合うとは思えないんだけど」


「レベル差が9までの場合にはそうだな。でも、レベル差が10以上になると獲得SPは2倍になる。その後、10刻みで3倍、4倍……と増えていくらしい。今の鴉天狗はレベル差46で獲得SPが5倍になった」


「そ、そんな仕組みになってたんだ。知らなかったよ」


「まあ、普通はレベルが20以上も違う敵とは戦わないだろうからな」


 wikiにもレベル差10以上で獲得SP2倍とまでしか書いてなかった。


「って、ちょっと待って! あの『鴉天狗Lv47』とレベル差46ってことは……ゆうくんはまだレベル1なの!?」


「そうだぞ」


 驚きのあまり呼び方が「ゆうくん」になってるな。


「どうやってレベル1でBランクダンジョンのモンスターを……! って、そうか、SPが稼げるなら当然、スキルがたくさんあるってことなんだね!?」


「そうそう」


「スキルは内容と取得SPに応じて能力値にボーナスがつく……。悠人はそのボーナスだけで能力値を上げてるってこと!?」


「正解だ。さすが芹香」


「な、なるほど……それは盲点だったな。悠人はレベル1のときの基本能力値に恵まれてなかったから、下手にレベルを上げるよりスキルを増やしたほうが強くなれるんだね。

 はー、すごい……。よくそんなことに気づいたね」


「芹香のおかげだよ」


「へっ、私の?」


「芹香が言ってくれたんだ。俺がこのスキルを授かったことには必ず意味があるって。その言葉があったから、『逃げる』に賭けてみようと思えたんだよ」


「悠人……」


 俺を見上げる芹香の目が潤んでいた。


「と、とにかく、今の俺はそれなりに強い。ただ、『逃げる』の特性のせいで探索はソロでやるしかない」


「そうだよね。パーティを組んで他の人が敵を全滅させちゃったら経験値が入っちゃう」


「俺が一体倒してから『逃げ』て、そのあとに残りのメンバーだけで全滅させたらどうなるか、とかはあるけどな」


 その場合、俺だけが「逃げ」た状態では、各種精算がされないという可能性もある。

 パーティ全体の戦闘が終わってからの精算だと、俺にも経験値が入ってしまうおそれがある。


 一度入った経験値はなくせないし、レベルを下げる手段もない。

 まちがってもレベルを上げてしまわないように、俺は基本的にソロで行動したほうがいい。

 この秘密を明かせる相手なんて、それこそ芹香くらいだろうしな。


 ……それにしても、「全滅させちゃったら困る」とか「経験値が入ってしまうおそれがある」とか「まちがってもレベルを上げてしまわないように」とか、こんなことを考えてる探索者は俺だけだろうな。


「……これは納得するしかないね。戦いにも余裕があったから、このダンジョンならソロでも大丈夫だと思うよ」


「そうなのか? 他の探索者の戦いを見たことがなくてな」


「普通は、モンスターを魔法で一撃確殺なんて、よほど格下相手じゃないとできないんだよ……。悠人は自分が規格外だってことを認識したほうがいいよ?」


「そんなもんか」


 俺も最初に雑木林ダンジョンでスライムと戦ったときには、魔法を五発も撃ち込んでようやく撃破したものだ。

 そう考えると、スキルのシナジーを生かした俺の魔法はけっこうありえない火力を出してるのかもな。


「ちなみに、このダンジョンを攻略する普通の探索者パーティってどんな感じなんだ?」


「このダンジョンには詳しくないから、一般的にBランクダンジョンの話をするね?」


「頼む」


「Bランクダンジョンになると、出現モンスターのスキルも強力になってくるから、Cランクダンジョンのときよりもレベルに余裕を見るべきだ、というのが協会の公式見解だね。具体的には、『パーティ構成員のレベルは、そのダンジョンの入口に出現するモンスターより最低でも10以上高い水準を確保すること』」


「10以上? モンスターのレベルが10以上低かったら、獲得SPが0になるだろ?」


 モンスターのレベルが探索者のレベルより1〜9低い場合には、獲得SPが1/2になる。

 10以下になると0――つまり、SPがもらえない。


「たしかにそうだけど、パーティの安全度、モンスターの殲滅速度なんかを考えると、経験値を・・・・効率よく稼ぐにはそのくらいのレベル差がちょうどいいことになるんだって」


「ああ、なるほど。その場合、SPの稼ぎ効率は考慮しないわけか」


「スキルがそんなにたくさんあっても全部は使えないからね。メインとなるスキルを見つけたら、中途半端なスキルはとらずにSPをそのスキルに集中投下するのが基本だよ」


「じゃあ、Bランク以上のダンジョンを攻略してる連中は、SPがろくに稼げないってことなのか」


「レベルを上げるのが優先だね。能力値が上がればその分スキルの効果も上がるから。それと、レベルランキングををモチベにしてる人も多いみたいだし」


「そういう発想か。となると、俺はなおさらパーティを組めないな」


「そうだね…………はぁ。悠人が探索者になったら一緒に探索できると思ったのになぁ……」


「……ん? なんでため息ついてるんだ?」


「なんでもないっ! 悠人ってば、都合の悪いことは聞こえなくなるような変なスキルでも持ってるんじゃないの?」


「そんなスキルがあるならぜひほしいな」


 そんなスキルがあれば、元ひきこもりの俺でも世の中を図太く渡っていけるかもしれない。

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