26 落とし所と次なる目標
その後、はるかさんは具合が優れないとのことで下がり、俺、芹香、ほのかの三人で昼食をとることになった。
この天狗峯神社はちょっとした観光地にもなっている。
テレビや雑誌でパワースポットとして紹介され、スピリチュアル好きの人たちが訪れるらしい。
実際、霧の立ち込める深山の神社は、霊感なんてない俺にも十分神秘的に思える空間だ。
境内には、昔は修験者の宿坊だったという宿泊施設もあり、いま俺たちがいるのはその食堂だ。
「しまったなぁ。やっぱり、はるかさんの具合が悪くなったのって私のせいだよね? 私ったら、病気だって知ってたのについかっとなってあんなことを……」
芹香がお膳を食べながらそうこぼす。
芹香が気にしてるのは、俺を利用するなとはるかさんに詰め寄った件だ。
あれはたしかに怖かった。
ギガントロックゴーレムなんかよりよほど威圧感があったからな。
「そんなことはないと思いますよ。お母様はきっと、お客様が見えてはりきりすぎてしまったのではないかと……。お母様は人をもてなすのがお好きなんです」
と、フォローするほのか。
ちなみに、本来の用件だったエリクサーについては、
『エリクサーは先に渡し、代金は工面が出来次第無理のないペースで支払う。支払者の誠意を信用し、支払いの期限はとくに設けない』
……という内容の書面を用意することになった。
この書面は、法的に有効な契約書というだけでなく、はるかさんが「精霊契約」のスキルをかける予定だ。
法的にいえば、期限を切らないのは甘く見えるかもしれないな。
でも、「精霊契約」の場合、「返済者の誠意を信用」するという部分は飾りじゃない。
もしこれに反することがあったら、十分な弁済を行うまで精霊からの信用をも失ってしまう。
「精霊魔法」のような精霊の力を借りるスキルが使えなくなるのはもちろんのこと、エルフにとっては精霊の信用を失うこと自体が大変不面目なことでもあるらしい。
この契約を結んだ以上、エルフであることに誇りを持つはるかさんが約束をたがえることはない。
まあ、契約がなかったとしても、はるかさんなら大丈夫だろうと思うのだが。
……って、この「精霊」っていうのもよくわからないんだけどな。
もっとも、芹香はエリクサーをただであげるつもりでいたし、俺はあとでエリクサーを入手して芹香に返そうと思っていた。
契約なんてあってもなくてもよかったが、はるかさんが「とんでもない!」と言って、この形に落ち着いたというわけだ。
「それより……先ほどは申し訳ありませんでした。お母様がまさかあんなことを言い出すなんて……」
ほのかが言うのはもちろん、ほのかとはるかさんを母娘で俺の嫁にという話のことだろう。
えらく強引だな、とは思ったけど、はるかさんの立場を考えてみると少しだけだが気持ちがわかる。
異世界に転移して、周りには頼りにできる同族が一人もいない。
しかも、自分は病気で満足に動けなくなってしまった。
元は探索者をやってたそうだが、今は静養に専念してるという。
経済的な蓄えも減っていく中で、娘が大人になるまで自分が健康でいられるか――いや、生きていられるかどうかすらわからない。
それなら、ほのかが懐いてるらしい俺と娶せて、後顧の憂いを無くしたい――
そんな気持ちが、あの暴走気味の「母娘とも嫁に」案になったんだろう。
芹香が煽ったせいもあるけどな。
「そこまで信用してもらえて光栄と思っておくよ」
「ふーん。エルフの美人に言い寄られてよかったね、悠人」
「ちゃんと断っただろ」
「そぉ? 微妙に含みを残した感じじゃない? まずはお友達から始めましょう的な返事に聞こえたけど?」
「それは一般的には断りの文句だろ。ああいや、ほのかちゃんが嫌とかそういうんじゃないけどな」
「ほら、そうやって希望を残す。ほのかちゃんやはるかさんに本気で迫られても同じことが言えるの?」
今日の芹香は、怒ったり喜んだりと
どっちかというと感情の起伏が穏やかなタイプのはずなんだけどな。
答えに窮した俺に、ほのかが再び頭を下げる。
「本当に失礼しました。悠人さんと芹香さんはとてもお似合いの恋人同士なのに……」
「こ、恋人なんかじゃないわよ!?」
芹香が、がたんと立ち上がる。
「えっ、違ったんですか?」
「ち、違う違う! こいつとはただの幼なじみだから!」
顔を真っ赤にして否定する芹香。
……いや、そうまで否定されると傷つくんだが。
「本当ですか? 芹香さんの照れ隠しとかじゃなくて?」
「だ、誰が照れ隠しなのよ!?」
「本当だって。正真正銘、ただの幼なじみだぞ」
「……そ、そうよ。ただの幼なじみなんだからね……」
しゅんとした顔で、芹香が椅子に腰を下ろす。
立ち上がったり座ったり忙しいやつだな。
観光客らしきご婦人がこっちを見て笑ってるぞ。
「ですが……それでしたら、芹香さんが悠人さんの結婚に反対なさる理由はなかったのでは?」
と、ほのかがしごくもっともな質問をする。
「そ、それは……そうだけど。そりゃ、私だって、悠人がちゃんとした恋愛の結果として、け、結婚するんだったら…………お、応援……する、わよ?」
「そうなんですね」
なにやら含みのある声音でほのかがうなずく。
なぜか、「言質は取ったぞ」という空気を感じるな。
「では、私やお母様が悠人さんの気持ちを勝ち取ることができた暁には、芹香さんは私たちの門出を祝福してくださるのですね?」
「ぐ、ううっ!? そ、それは……っ」
「お母様は常々おっしゃってるんです。『これという殿方を見つけたら、全力で吸い付いて離れるな』、と」
「はるかさん肉食系すぎんだろ!」
と、おもわずつっこむ俺。
「それはもう。ああ見えて、種族違いの恋に身を賭した女性なのですから。恋に関しては溢れんばかりにアグレッシブです」
……そういえばそうだった。
「私という娘がいるせいで、これまでお母様は恋愛を楽しむ余裕もありませんでした。この世界ではエルフだとバレるわけにもいきませんし」
「よく誤魔化してこれたもんだよな」
「お母様には精霊の加護がありますから。普通の方にはこの世界の西洋人のように見えているはずです。今日はお二方にお会いするために、あえてその術を解いていました」
「ほのかちゃんはその術?っていうのは使えないの?」
と、芹香。
人間とのハーフであるほのかは、はるかさんのように耳が長かったりはしない。
だが、エルフの母親譲りの美貌はトラブルの元になってしまっている。
本人は何も悪くないんだけどな。
ほのかはしゅんと肩を落として、
「……残念ながら」
「そ、そう。ごめんね」
「いえ、私が未熟なせいですから」
少し気まずい空気になってしまい、しばらくのあいだ俺たちは食事に集中する。
「ああ、そうだ、ほのかちゃん」
と、俺が訊く。
「はい、なんでしょうか?」
「天狗峯神社にはダンジョンがあるよな? 潜るのに許可とかいるのか?」
ダンジョンが発生した土地は、多くの場合、国か探索者協会が買い上げる。
ダンジョンは金の卵を産む鶏ではあるが、普通の地権者にその管理は難しい。
下手に管理に手を出してフラッドのようなダンジョン災害が起きてはことだからな。
万一、フラッドの原因が管理のせいだと立証されようものなら、フラッドがもたらした損害の賠償責任を問われかねない。
とはいえ、今のところ、フラッドがなぜ起こるのか、どう進行するのかといったことは、ほとんど解明が進んでない。
損害賠償請求が認められる可能性は低いだろうが、今後そうしたことがまったくないとも言い切れない。
そんなわけで、ダンジョンが発生した土地・物件の権利者は、ほとんどのばあい、ダンジョンごとその物件を国や協会に売り払う。
買取額は周辺の地価相場の数十倍にもなるというから、権利者からすればボロ儲けだ。
しかし、wikiで調べたところによると、この神社の境内にある「天狗峯神社ダンジョン」の権利者は、天狗峯神社自身となっている。
この神社は、どういうわけか、境内に発生したダンジョンを売らずに所有しているということだ。
「いえ、特別な許可は必要ありません。台帳に記名すれば誰でも入れます。このあと潜られるんですか?」
「せっかくここまできたからな」
もともと、天狗峯神社ダンジョンは、次に潜るダンジョンの候補のひとつだった。
アクセスの悪さで最終的には候補から外したんだが、ダンジョンの内容だけなら他のBランクダンジョンよりむしろいい。
通いで来るのは往復時間がもったいないと思ったけど、こんな宿泊施設があるならしばらく泊まりで攻略してもいいかもしれないな。
神社に旅館ばりの宿泊施設(しかも温泉付き)があるとは思わなかったんだよ。
「でも悠人、天狗峯神社ダンジョンはBランクだよ? 昨日までCランクダンジョンに潜ってたのに、ランクを上げて大丈夫?」
「ああ、実力的には問題ないはずだ」
「うわっ、すごい自信。でも、昨日の戦いを見れば納得かな」
「芹香は潜らないのか?」
「うーん。私のレベルだとBランクダンジョンに潜っても……って感じかなぁ。ヘルプが必要ならついてくよ?」
「いや、俺は基本ソロでしか潜らないから」
「ああ、そっか……あのスキルだね」
「そういうこと」
芹香は納得したようだが、俺は以前、急に強くなった理由を説明すると言ったのを思い出した。
「じゃあ、最初だけ一緒に来てくれるか? 今どんな感じで攻略してるか教えるから」
「えっ、いいの?」
「芹香ならいいだろ」
本来、探索者のステータスや攻略法はみだりに他人に話すものではない。
でも、芹香からすれば、つい先日までひきこもりだった幼なじみが無茶してないか、心配するのは当然だ。
高レベル探索者である芹香から見て今の俺の戦い方がどうかを聞いてみるのも、今後の役に立つかもしれないしな。
「うへへ。そこまで言われたらしょうがないね」
と、嬉しそうに芹香。
……それにしても「うへへ」はないと思うが。
ほのかはそんな芹香に恨めしげな目を向けてから、
「私もお手伝いしたいのですが、お母様についていてあげないと……」
エリクサーはもう渡してあるので、調子のいいときを見計らって少しずつ試すと言っていた。
俺と芹香にできることはないが、ほのかはそばに付いててあげられるからな。
「その気持ちだけで十分だよ」
というわけで、午後からはBランクダンジョン「天狗峯神社ダンジョン」の攻略だ。
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