24 爆弾発言

「そういえば、はるかというのはこちらでの偽名なんですか?」


 重い空気を払おうと、気になってたことを聞いてみる。


「そういう面もありますが、私の元の名前もハルカフィア。愛称のようなものですね」


「なるほど」


 俺がうなずいていると、


「はるかさん。私たちは、はるかさんがご病気で、エリクサーが必要だと聞いてやってきました」


 と、芹香が今日の本題を投げかける。


「娘よりうかがっております。本当に有り難いお話ですが……よろしいのですか? 私には恩を返せるようなあてなどないのですが」


「私にとっては、貴重ではあってもたまになら手に入るものにすぎません。ご病気というのは?」


「こちらの世界は、元の世界より魔力が薄いのです。これまではダンジョンに潜るなどしてなんとかやりくりしてきましたが……長年の無理が祟ったのでしょうか、魔力を維持するのが難しくなってきました」


「探索者をされていたんですか?」


「はい。向こうでも夫と一緒にダンジョンに潜ることはありましたから。それに、ダンジョン内は外より魔力が濃いですので、魔力を蓄えるにはいいのです」


「……たしかに、ダンジョン内ではMPが自然回復するよな」


 ダンジョンの外でMPの回復量を計ったことはなかったが、感覚的にはダンジョン内より遅い気がする。


「ただ、ダンジョンの魔力には問題もあります。モンスターのせいでダンジョン内の魔力は穢れていて、取り込むには浄化する必要があるのです」


「えっ、そうなんですか?」


「理由は分かりませんが、この世界の探索者なら大丈夫なようです。ただ、エルフはとくに自然の中にある清浄な魔力を必要としますので……」


「ああ、それで、この神社にいるんですか?」


「ええ。神主さんと住職さんのご厚意で住まわせてもらっています。お二方とも元探索者で、こちらに来て間もない頃からの知り合いなのです」


「神主さんと住職さんが両方いるのか」


「この神社は神仏習合を教義とする修験道の一派が開山したものなのだそうです。古いゆかりのある霊場で、この世界の中では魔力に富んだ土地なのです」


 俺の関係ない疑問に、はるかさんが丁寧に答えてくれる。


「エリクサーで根治するんですか?」


 と訊いたのは芹香だ。


「わかりません。当面の症状はよくなるはずですが、完全に治ることはないでしょう。エルフの体質とこの世界の相性の問題ですから」


「そ、そんな!」


 とほのかが叫ぶ。


「この境内にある天狗峯神社ダンジョンでエリクサーを拾ったという話が一時あったのですが……。何度も潜ってみたものの、結局手に入れることはできませんでした」


「エルフの体質的な問題だとしたら、ほのかちゃんはどうなんですか?」


 芹香が訊く。


「さいわい、人間の血が半分混じっているおかげで、体調を崩すほどの影響はないようです」


「よかった」


 芹香は自分のことのように胸を撫で下ろす。


「ただ、私が言うのも口はばったいですが、エルフは基本的に端正な顔立ちをしています。その上、人を魅了する独特の霊気を発しているようなのです。

 この世界の人はエルフの霊気に免疫がないようで、容姿を見られただけでも危険な目に遭わないとも限りません」


 実際、その通りの事態になったわけだ。


「年齢的にまだ早いかと思っていましたが、ほのかももうエルフの女性としての身の守り方を覚えなければなりませんね。本当は離れて暮らしたくなどないのですが……」


 そこで、はるかさんが俺を見る。


「悠人さん」


「はい?」


「悠人さんは、ほのかの生命と魂を救ってくださいました」


「まあ、結果的には」


「エルフの掟では、生命の恩は生命で、魂の恩は魂で返せ、と言われております」


「……いや、そんな気負われても困るんだが」


「見たところ、悠人さんにはエルフの霊力に耐性があるご様子。かといって、この子に魅力を感じないわけでもないでしょう?」


「そりゃ、綺麗だと思いますよ。この世のものじゃないくらいに」


 話の進む方向がわからず、俺は率直なところを答えてしまった。


 隣の芹香がギロリと俺を睨んでくる。

 ……いや、芹香だって、一般的にはかなりの美人だからな。昔っからモテてたろ。

 なぜか恋人を作る様子はなかったが。


 俺の言葉に満足そうにうなずくと、はるかさんは爆弾発言を投下した。



「もし悠人さんさえよろしければ――ほのかを、あなたに嫁がせてはいただけませんか?」

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