23 はるかが語る、「ダンジョンとは?」

「そ、それより、ダンジョンの話でしたよね? たしか、はるかさんのいた世界でダンジョンが『崩壊』したとか」


 芹香が赤い顔のまま話を元に戻そうとする。


「そうでした。崩壊は、氾濫フラッドとは似て非なる現象です。ダンジョンが極限まで成長し切った結果、その『重さ』が極大となり、世界そのものに『穴』を開けてしまうのです」


「世界に、穴を?」


「ええ。世界というものを三次元で捉えるとわかりづらいですので、次元を一つ落として、二次元の平面的な世界を想像してみてください」


「……ええと?」


「そうですね。とても大きなゴムの膜を、ピンと張っているところをイメージできますか?」


「それならなんとか」


「その膜の上に、砂粒のようなものがたくさん散っています。この砂の一粒一粒が、人間の魂だと思ってください」


「……はい」


「ゴムの膜には弾力があり、砂粒にはわずかながら重力があります。そのため、時間と共に膜はたわみ、その斜面を砂粒が転がっていくことになります」


「でしょうね」


「とはいえ、膜の大きさに比べて砂粒ひとつひとつの重さはわずかなものです。たわむといってもごくわずかな凹凸を描くにすぎません。その凹凸に沿って、無数の砂粒がランダムに動くということです」


「わかると思います」


「粒と粒が、適度に距離をとりながら関わっている、この状態が人間社会です。ですが、粒と粒が激しくぶつかることもときにはあります。その結果、片方が、あるいは双方がひしゃげてしまうこともあるでしょう」


 俺がひきこもりになったように、かな。


「ひしゃげたということは、大きなエネルギーが加えられたということです。ひしゃげた魂は、大きな力をその内に溜め込んでいるのです」


「世の中を怨んでいたり、ということですか?」


「はい。物質とは異なり、魂は生きています。たとえひしゃげたとしてもその内部からは常にエネルギーが溢れ出しています。しかし、外形がひしゃげてしまったことで、そのエネルギーを放出することができなくなります」


「……生きていれば怨みが膨らんでいくってわけですね。その怨みが暴発しないのは、周囲に押し潰されてるからですか」


「ええ。放出されないエネルギーがひしゃげた魂の内部に押し込められているわけです。その内圧が高まると、エネルギーが一種の重さを持つようになります。魂がその重力を増すということです」


「重力……さっきの喩えでいうなら、ゴム膜がさらに下へと引っ張られるってことですか?」


「その通りです。ひしゃげた魂を中心に漏斗状に窪んだ膜は、周囲にある魂を呑み込んでいきます」


「ひょっとして、それが……?」


「はい。ひしゃげた魂の造り出す蟻地獄。それが、ダンジョンと呼ばれるものの正体です」


「……にわかには信じがたい話ですね」


 と、芹香。


「そうですね。証拠を示すことはできませんので、エルフの研究ではそのような結論になった、と思っていただければ」


「大丈夫です。続きをお願いします」


「ダンジョンには探索者が潜ります。残念ながら、その中には命を落とすものも多いでしょう。ダンジョン内で死した探索者の魂は、ダンジョンに取り込まれ、ダンジョンの『重力』をさらに増します。これが一定程度蓄積すると、ダンジョンがランクアップし、それに伴ってフラッドが起こるというわけです」


「そんな仕組みだったのか……」


 と、俺は感心し、


「それでは、ダンジョンの『崩壊』というのは?」


 芹香がさらに掘り下げる。


「『重力』というのはあくまでも比喩です。しかし実際、こちらの世界の宇宙科学における重力と、とてもよく似た性質を持っています。こちらの世界では、ブラックホールというものが知られていますね?」


「光すらも逃れられない、極大の重力を持った天体だよな」


 宇宙に詳しいわけじゃないが、男の子にとってブラックホールはロマンだからな。

 そのくらいの予備知識ならなんとかある。


「それと同じことが、ダンジョンにも起こるのです。あまりにも多くの魂を呑み込んだダンジョンは、『重力』が極大化します。

 そうなると、もはやランクアップなどという生やさしい話ではなくなります。

 ダンジョンのランクは短期間で猛烈なインフレを起こし、Sランク、SSランク、SSSランク、S4ランク……はては、S10000ランク、S1億ランク、S1京ランクといった天文学的なランクにまで到達するのです」


「「なっ……」」


 俺と芹香は絶句した。


 現在確認されているダンジョンのランクは、SからCの四つだ(探索者協会が認定するDランクは除く)。

 そのSの上にも、SS、SSS、はてはその上の上が再現なく存在するというのだ。


「そうなってはもはや、ダンジョンは通常イメージする『ダンジョン』とは似ても似つかない姿になってきます。

 外側から内部の状況を推し測るのはもう不可能。どんな高ランク探索者であっても、一度入ったが最後二度と出てくることはかないません。

 それどころか、ダンジョンは外界を蝕み、おのれの一部へと造り変えてしまいます。

 人の魂を際限なく吸い込み、重力を増し――ついにダンジョンは、世界そのものにも『穴』を開けてしまいます。

 私とあの人は、その穴に落ちました」


「落ちて……無事で済んだんですか?」


「普通なら無理でしょうね。

 でも……あの人が生かしてくれたんです。私を守るという想いが強い『重力』となり、私を守るためだけの小さなダンジョンを生み出したのです。

 私はあの人のダンジョンに守られて穴を潜り抜け――気づけば、この世界のダンジョンの中にいました」



「「………………」」



 あまりに壮絶な話に、俺と芹香は言葉をなくす。


「私のお腹の中には、そのとき既に新たな命が宿っていました。それが……」


「ほのかちゃんなんですね」


「その通りです」


 はるかさんがうなずく。


「私にとって、ほのかはあの人の大切な忘れ形見。それを失うくらいなら、私の命などどうなっても構いません。

 悠人さん、芹香さん。あなたはほのかとともに、私の魂をも救ってくださったのです。本当にありがとうございます」

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