22 みんなの事情、ちょっとずつ
「様付けはやめてくださいよ。俺よりは歳上なんでしょう?」
事情から高校を中退し、大検を目指しながらアルバイト、しかしアルバイト先でも「逃げて」、大学受験も失敗した。
その後就職するもメンタルヘルスを病んで、半年、一年、二年と月日が過ぎた。
その間、大学生、社会人となって大人びていく芹香の噂話を聞きながら、俺はただ薄暗い部屋にこもってた。
はるかさんは見た目二十歳前後にしか見えないが、ほのかが中二なら見た目通りの年齢のはずがない。
若くても三十前後ではあるはずだ。
エルフがこの世界の創作物通りに不老長命なら、もっと上でもおかしくないな。
「あら、女性に年齢を訊くものではありませんよ?」
「それって、エルフにも有効なんですか?」
「いえ、あまり。長老クラスになると、どちらが歳上かで主導権の取り合いが起きたりもいたします」
エルフの長老は年齢でマウントを取り合うのかよ。
年の功でもっと落ち着いてほしいもんだよな。
「私は当年で124歳です。ふふっ、悠人様……悠人さんから見たら、おばあちゃんですよね」
「124!」
それは、おばあちゃんですらなく、ひいおばあちゃんかひいひいおばあちゃんくらいだろう。
「エルフの中では、まだ若いほうだったのですよ。長老の中には400歳、500歳という方もいましたから。もっとも、生き証人がいないほど長生きされている方は、何歳とでも言い張れるわけですが」
「す、すごい世界ですね」
と、言いかけて気づく。
「あの、さっきから『この世界』とか『地球』とか言ってますよね。ということは、はるかさんは……」
「ええ。お察しの通り、別の世界からやってきました。……その、はずです」
「はず、というのは?」
「私はエルフの森で狩人をやっておりました。もとは長老の一人の娘なのですが、その、人間の男性と恋に落ちまして」
頬を手で押さえ、恥ずかしそうにはるかさん。
これには芹香が食いついた。
「種族違いの恋ですか! 素敵です!」
「ふふっ。そうだったらよかったのですが。人間と
ありがちだな、と思ったが、もちろん口にはしなかった。
「まさか、里から追放とか?」
「いえ、そこまでは。ただ、村八分にされ、すみかは村の柵の外側にすること、と言われてしまいました」
「それは……」
「でも、悪くない生活でした。彼は探索者でしたし、私も狩人です。森に棲むモンスターを倒したり、ダンジョンに潜ったりして生計を立てていました。危険はありますが、好きな人と一緒にいられる、満ち足りた毎日だったのです」
夢を語るような口調で、はるかさんが話す。
「ところが――ある日、ダンジョンが崩壊したのです」
「崩壊、ですか? フラッドではなく?」
と、訊いたのは俺ではなく芹香だ。
「
「それは、協会でも有力な仮説の一つです。ダンジョンのランクアップ後に、モンスターの増殖速度がダンジョン内空間の拡張速度を上回ってしまうことがあって、その場合にダンジョン内で生存空間を失ったモンスターが『外』に押し出されるのではないか、と」
「その通りです。ダンジョンが広くなるより先にモンスターのほうが増えてしまい、収まりきらなくなった分が、ポータルにかけられた神の力すら押し破って溢れ出る――それがダンジョンフラッドと呼ばれる現象です」
「フラッドの場合、外に出てくるモンスターはそのダンジョンの低階層のモンスターが中心なんだったよな」
「そうだけど、油断はできないよ。溢れたモンスターは、ダンジョン内と違って『編成』を無視できる。葛沢南ダンジョンなら、スライムが数の制限なく群れて地上の人間を襲うことになるね」
「弱いモンスターとはいえ一般人には脅威だし、探索者にとっても、際限なく群れると手がつけられなくなる、か」
「ただ、地上に出たモンスターには、地上の兵器が効くから。自衛隊の対モンスター部隊が出動すれば……Aランクダンジョンのフラッドまでならなんとか押さえられるんじゃないかな」
「ああ、ダンジョン内のモンスターに地上の兵器が効かないってのはやっぱり本当だったんだ」
だからこそ、警察や自衛隊も、ダンジョンの内部を「制圧」することができないのだ。
「Aランクのフラッドを自衛隊が攻撃したばあい、周辺への被害も大きいけどね」
「Sランクダンジョンのフラッドは?」
「自衛隊の通常兵器だと荷が重くなってくるね。そりゃ、戦術核でも使えば倒せるだろうけど」
「狭い日本でそんなもんは使えないよな」
「だから、Sランクダンジョンのフラッド対策には、探索者協会認定Sランク以上の探索者か、国内レベルランキング上位の高レベル探索者、国所属の高レベル探索者なんかが駆り出されるってわけ」
「芹香はどれなんだ?」
「……全部該当してるんだよね」
「全部ぅ!?」
「……悠人さん、知らないんですか?」
意外そうに、ほのかが訊いてくる。
「何を?」
「
「……えっ、おまえそんなすごかったの?」
いや、すごいんだろうとは思ってたが、俺の予想を軽々と超えていた。
「あー、うん、まあ。人が言ってることだけどね」
と、芹香は妙に歯切れ悪い。
「その、ね。怒らないでほしいんだけど」
「なんだ?」
「……怖かったの」
「なにが?」
「せっかく悠人が探索者になってくれる気になったのに、すぐそばにSランクの私がいたら、萎縮しちゃうんじゃないかって」
「ああ……」
たしかに、最初の段階で聞かされていたら、どうしても引け目を感じてしまっただろうな。
こちとら、ひきこもり生活で自信や自尊心といったものが底辺まで落ちてるんだ。
自分が無為に過ごした数年のあいだに幼馴染が国内トップレベルの探索者になっていたと知ったら、やはりショックを受けたろうな。
そんなふうに気を遣われてしまったことは、正直言ってちょっと悔しいし、情けない。
でも、ひきこもりからようやく立ち直ろうとしてた俺に対しては、たぶん適切な配慮だったんだと思う。
「ごめん、ね。悠人を傷つけようとしたんじゃなくて……」
「わかってる。ありがとう。それから、すまない。ずっと心配をかけてしまって」
「ううん!? いいんだよ! 悠人はずっとどんなことにも立ち向かってきたのに、それが認められないのが、私は悔しくて……。私がここまでなれたのも、悠人がいてくれたおかげだし」
「いや、それは無理筋だろ。俺はなにもできてないよ」
「そんなことない! んだけど、今言っても信じてもらえないかも。いつか、聞いてね」
「芹香が聞いてくれと言うなら、いつでも聞くよ」
「ゆ、悠人……」
「……芹香」
「そ、そのう、悠人さん、芹香さん? ここにはお二人以外にも見ているものがいるんですけど」
「あらあら。若いっていいですわねぇ」
ほのかとはるかさんにからかわれ、俺と芹香は真っ赤になった。
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