21 ほのかの母のお見舞いに行く

 翌日。

 俺と芹香はほのかの母親に会いにいくことになった。

 病気だというからてっきりどこかに入院しているのかと思っていたが、


「……どう見ても神社だよね」


「ああ、どう見ても神社だな」


 納得いかなげに言う芹香に俺もうなずく。


 ほのかが俺たちを案内したのは、山奥――というか、ほとんど山の頂上付近にある大きな神社だ。


 ――天狗峯てんぐみね神社。


 俺たちの地元からローカル線で終着駅まで一時間。

 その終着駅からバスでさらに一時間。


 境内に立ち込めた霧の中の神社は、パワースポットと呼ばれるのも納得の静かで厳かな雰囲気がある。


 ほのかの案内で社殿に上がり、奥のほうに通される。


 今どきなかなか見ない純和風の平屋建ての屋敷だ。


 俺と芹香は囲炉裏ばたで火鉢に当たりながら、母親を呼びに行ったほのかを待つ。


「私たち、すっごい場違いじゃない?」


 と、女騎士風の装備の芹香が言う。


「俺には芹香が西洋風の鎧を着てるだけで十分違和感があるぞ」


「ダンジョンが出来てもう何年も経ってるんだよ? 私はもう違和感とかはないかな」


「適応しすぎだろ」


 まあ、世間に適応できずにひきこもってた男に言われてもって感じだろうけどな。


「探索者になってほんの数日でCランクダンジョンを楽々ソロ踏破した悠人に言われたくないよ」


「いや、そういうことじゃなくてだな……」


 世界中にダンジョンが出来るなんていうわけのわからん現象が起きたにしては、芹香を含む世間一般があまりにもあっさり受け入れすぎてるように思うんだよな。


 そもそも、いくらひきこもってたとはいえ、俺だってネットくらいは見てたんだ。

 にもかかわらず、ほんの数日前まで俺はダンジョンの存在すら知らなかった。


 どう考えてもおかしい。

 なのに、それを気にしてるやつが誰もいない。


「――お母様をお連れしました」


 と、障子戸の奥からほのかの声。


「どうぞ。……って、俺が言うのもおかしいか」


「では、失礼します」


 しずしずと戸が開かれた。


 「索敵」の反応で、ほのかともう一人、よく似た気配の女性がいることはわかってた。


 芹香もまた、障子戸の奥の気配には気付いていただろう。


 それなのに、戸の奥から現れた女性を見て、俺も芹香も息を呑んだ。


 包容力のありそうな、しかしどこか儚げな女性。


 単に恐ろしいほどに美形ってだけなら、ほのかを見れば予想はつく。

 西洋人にしても珍しいほどの見事な金髪と湖面のように透き通った蒼の瞳も、ほのかの親ならおかしくない。


 見た目が二十歳はたちほどにしか見えないことも、ほのかの年齢を考えればありえないような気もするが、それでも、絶対にないとは言い切れない。


 しかし、それでもなお、にわかには信じられない特徴が彼女にはあった。


 それは、



「その耳って……」



 目を見開いた芹香が、おもわずといった感じで言葉をこぼす。

 が、すぐに我に返って、


「あ、ごめんなさい。初対面の人に」


「いえ、かまいませんよ。この世界の方が驚くのは当然ですから」


 やわらかに微笑んで、女性が言った。


 女性は自分の耳に指先で触れながら、


「地球には長い耳を持つ種族はいませんからね」


「あの、悠人さん、芹香さん。こちらが私のお母様です。その、見てお分かりかも知れませんが……」


 ほのかの言葉に、俺はかすれた声でつぶやいた。



「……エルフ」



 俺の言葉に、ほのかとほのかの母親は小さくこくりとうなずいた。





 囲炉裏にかけられた鉄瓶で立てたお茶を、ほのかの母親――はるかさんが俺の前に差し出した。

 芹香の分はほのかが出してくれてるな。


「不調法で、飲み方とかわからないですけど」


「どうぞお好きなように。私もこの世界の作法には疎いですから」


「は、はあ」


 俺と芹香は目を見合わせてからお抹茶をいただく。


 ……うん、抹茶だな。


「美味しいです」


「それはようございました。やることもないので住職さんが茶道の手解きをしてくださったのですが、まだ学ぶことばかりです。正座も長くやっていると痺れてしまいます」


 そう言って微笑むはるかさんに、


「それならどうぞ楽にしてください」


 と、芹香が気を利かせる。


「お言葉に甘えさせてもらいますね」


 はるかさんが正座を崩して横座りになる。

 緋袴ひばかまから覗いたふくらはぎの白さに、俺は慌てて目を逸らす。


 ……って、緋袴?


 かなり今さらだけど、はるかさんは白衣びゃくえに緋袴の巫女装束に身を包んでいた。

 ほのかと同様金髪と蒼い瞳の西洋人――いや、「エルフ」が巫女の格好をしている。

 もっと早く気づいてもよさそうなものだったが、はるかさんの浮世離れした美しさと凜とした佇まい、そして何よりピンと尖った長い耳に注意が行って、服装のことにまで気が回ってなかったのだ。


 巫女さんといえばやっぱり黒髪だろう……というのは偏見かもしれないが、異色の取り合わせのはずなのにものすごくよく似合ってる。


 エルフというとスレンダーなイメージだけど、はるかさんはスタイルがいい。

 こう、白衣を盛り上げる膨らみがなんとも艶かしくて……


「悠人……いつまで見てるの?」


「はっ!」


 隣から芹香にジト目を向けられ、俺はようやく我に返る。


 ほのかがわずかに頬を膨らませながら、


「悠人さんはお母様のような女性が好みなんですか?」


「い、いや、そういうわけでは」


「あら。私には魅力がないでしょうか?」


「そ、そんなこと、あるわけないですよ! ほのかちゃんもびっくりするほど綺麗だと思ったけど、はるかさんはそれに大人の色香まで加わって……」


 って、俺は何を力説してるのか。

 俺を見る芹香の視線が冷たくなり、ほのかは真っ赤になってうつむいてしまった。


「ふふっ。私もまだ捨てたものではありませんね。これでもだいぶいい歳なのですが」


「……本当にエルフなんですか?」


「はい」


「ええと……どこから聞いたものか……」


「私たち親娘の置かれている状況についてはのちほどお話いたしますわ。その前に、まずはお礼を申し上げさせてください」


 はるかさんは娘のほのかを促すと、


昨日さくじつは娘の危ないところをお救いいただき、誠にありがとうございました」


「ありがとうございました」


 と言って、二人で俺と芹香に頭を下げる。


「よ、よしてくださいよ。たまたま居合わせただけなんですから」


「いえ、探索者は自衛が原則です。愚かにも罠にはまった者を、危険を冒してまで助けてくださる方は少ないでしょう。それも、なんの見返りも要求しなかったと聞いています」


「……見返りか。考えもしなかったな」


 俺としては、あのクズ探索者を利用して特殊条件が達成できたから、危険を冒しただけのリターンはあった。

 でも、それを話すわけにもいかないしな。

 話したところで、それとこれとは別だから、改めてこちらからも礼をする、と返されそうだ。


 ……古風な家柄なのかと思ってたが、まさか、エルフだったとはな。


 空想の産物でない現実の「エルフ」がどんな存在なのかはわからないが、受けた恩は必ず返せみたいな掟や戒律があったりするのかもしれないな。


 そこで、芹香がなぜか不機嫌そうに、


「……どうせ、ほのかちゃんがかわいいから助けようと思ったんでしょ? よかったわね、かわいい女子中学生に慕ってもらえて」


「いや、さすがにあんな状況だったらほのかちゃんじゃなくても助けたぞ」


「ほんとかなぁ」


「なんで疑うんだよ。それこそ、からまれてるのが芹香だったらなにがなんでも助けてるって」


 俺の実力で芹香の助けになるようなことがあるなら、だけどな。


「ふ、ふーん。そうなんだ。ふふっ」


 一転、機嫌をよくした芹香が、照れ隠しのように茶碗に口をつけて顔を隠す。


「ほのかには、あのような危険な真似はしないよう、厳しく叱っておきました」


 にっこり笑ってはるかさんが言うが、ほのかに向けたその目はまったく笑っていなかった。


「う、は、はい……。その、この度は私の愚かな行いで悠人さんたちを危険にさらしてしまい、申し訳ありませんでした……」


 よほど厳しく叱られたのだろう、怯えすら見えるほどにしょげた様子で、ほのかが俺に言ってくる。


「気にするな……というのもあれかな。お母さんを助けたい一心だったのはわかってるから、反省してるなら俺から言うことは何もないよ」


「私は、悠人があいつらを全員のした・・・あとで駆けつけただけだし。同じく、反省してるなら怒る理由はないかな」


「寛大なお言葉、この子の親として感謝いたしますわ、悠人様、芹香様」


 はるかさんはそう言ってもう一度深々と頭を下げるのだった。

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