20 エリクサー? あるよ?
芹香が配車アプリでタクシーを呼んでるあいだに、俺は駐輪場に止めてあった自分の自転車を「アイテムボックス」に回収する。
タクシーがやってくるのを待ちながら、
「なあ、芹香。エリクサーを手に入れる伝手があったりしないか?」
俺が聞くと、
「え? エリクサーならいくつか持ってるけど」
芹香はあっさりとそう言った。
「ほ、本当ですか!?」
食いついたのはもちろん少女だ。
さっき聞いたところでは、彼女の名前は篠崎ほのか。
俺や芹香が卒業した葛沢中学の二年生で、俺たちの実家からさほど離れてないところに住んでるらしい。
「ほのかはエリクサーを探してたんだよな」
「は、はい。でも、なんでご存知なんですか?」
「実は、ちょっと前にファムズの探索者ショップで見かけたんだ」
ファムズっていうのはいつものショッピングモールの名前な。
「う……ひょっとして、店員さんにエリクサーがないか聞いて迷惑をかけたときですか?」
「べつに迷惑ってほどじゃないと思うけど。何かの事情で必要だったんじゃないのか?」
「そ、そうなんです。母が病気で、治すためにはどうしてもエリクサーがいるんです」
顔を伏せて、ほのかが言う。
その言葉に芹香が、
「……ちょっと待って。病気にエリクサーが必要ってどういうこと?」
怪訝そうな顔でそう聞いた。
「えっ、エリクサーなら病気も治せるんじゃないのか?」
「そりゃ、たいていの病気や怪我は治るけど……。がんとか糖尿病とかは無理だね。心疾患や脳血管障害は治るよ」
「じゃあ……」
「でも、そういう病気は現代医学と治癒魔法の組み合わせでずっと安価に治療できるんだよ。エリクサーなんていう貴重品を使う必要はないはず」
「……どういうことだ?」
首を傾げる俺に、
「……母はその……少し珍しい生まれでして……」
歯切れ悪くほのかが言う。
「……絶対に口外するなと言われてるんです。言っても信じてもらえないかもしれませんし……」
と、ためらうほのか。
「あのね、ほのかちゃん」
芹香が少しかがみ、ほのかに目線を合わせる。
「ほのかちゃんのお母さんが病気で、本当にエリクサーが必要なら、私はあげてもいいと思ってる。でも、エリクサーは貴重品で、そう簡単に人に渡していいものじゃないんだよね」
「そうなのか?」
「もう、悠人はもうちょっと勉強したほうがいいよ? エリクサーは国の指定戦略探索物で、国外への持ち出しにも許可がいるくらいなんだから」
そうなのか、とくりかえすのもあれだったので黙っておく。
エリクサーは、HPとMPを全快させ、あらゆる状態異常を一瞬で解除するばかりか、切断された身体の一部すら復元すると聞いている。
その効果が最も求められるのは、やはり戦場だろう。
国が指定戦略探索物にするのも当然か。
「はい……。悠人さんと芹香さんには命を助けられましたから……事情をお話しても、お母様もお許しくださると思います。いえ、助けられたことをお母様に隠したりしたら、きっと叱られてしまいます」
なんていうか、ずいぶん古風な家なんだな。
キャスケット帽に隠した髪は金色で、サングラスの奥の瞳は透けるような蒼。
西洋人っぽい見た目だけど、両親のどちらかが日本の古い家に嫁いだとかだろうか。
近所にそんな家はなかったと思うが。
「よろしければ、お母様に会ってはいただけないでしょうか?」
「そうね……。エリクサーを渡すなら、使う相手も知らずにってわけにはいかないかな。悠人は?」
「俺か? 俺が行ってもしょうがないと思うが……」
「そんなことはありません。お母様ならきっと、娘である私を助けていただいたお礼を直接会って申し上げたいとおっしゃるはずです。ことによると、無理をしてでも自分から悠人さんのもとに出向くと言い出しそうで……」
「病気なんだろ? そんなことされても困るよ」
べつに礼を言われたくて助けたわけじゃないし。
「ちょっと悠人、そんな言い方!」
「も、申し訳ありません……」
「い、いや、ほのかちゃんを責めてるわけじゃないって。言い出したのは俺なんだし、一緒に行こう」
断るわけにもいかなくなってしまったな。
芹香はなんのためらいもなくエリクサーをあげると言った。
でも、元はと言えば俺が言い始めたことだ。
負担を芹香に押し付けるのは気が引ける。
最低でも、なるべく早くエリクサーを芹香に返せるようにしないとな。
芹香は気にするなと言いそうだが、それに甘えてしまうのはどうかと思う。
――あとでギガントロックゴーレムのレアドロ枠を狙うか?
でも、ボスがエリクサーが落とすまで水上公園ダンジョンを周回するのはいくらなんでも効率が悪い。
トレホビ狩りと並行できるから時間の無駄にはならないが、他にも攻略したいダンジョンはあるし……。
それに、他のダンジョンに行けば、もう少し高い確率でエリクサーをドロップするモンスターがいるかもしれないよな。
あるいは、アイテムのドロップ率を上げるようなボーナススキルが手に入るかもしれない。
まあ、さすがにそれは希望的観測が過ぎるだろうが。
タクシーがやってくるまでの数分間、俺は今後の方針に悩むのだった。
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