17 人間稼ぎ

 俺はチャラ男を一人残した状態で、男に背を向け、逃げ出した。


「はぁっ?」


 戸惑った声を漏らす男。

 そりゃそうだ。

 男たちのパーティは六人中五人が殺され、壊滅状態。

 ものの数秒で五人を始末した俺が、今さら最後の一人から逃げる理由がない。


 本気で「逃げる」俺の姿を見て、ようやく男は警戒を解き、俺に向かって斬りかかってくる。


 が、逃げタイマーはもう切れた。


 俺は一瞬の暗転ののちに数メートル先に現れる。



《「逃げる」に成功しました。》


《経験値を得られませんでした。》


《SPを得られませんでした。》


《マナコインを得られませんでした。》


《5971円を落としてしまった!》



「それでも金は落とすんかい!」


 って、大事なのはそこじゃなかった。


 振り返って見ると、



「――そんな! じゃあ、エリクサーが手に入るというのは嘘だったんですか!?」



 少女が聞き覚えのあるセリフを発していた。

 対して、男たちも前回と同じセリフを吐き、流れはさっきと同じ方向へ。


 俺は思わずスマホを見た。

 画面に映った時刻は…………戻ってはいなかった。

 ちゃんと、時間は進んでる。


 ということは、時間が戻ったわけではなく、彼らの状態だけがリセットされ、戦闘のちょっと前から「再上演」になったということだ。


 その演目を、最後まで見る必要はないだろう。


 俺は今度は不意打ちで、


「紫電地走りの術」


 を放ち、六名中三名を倒した。

 が、今回は殺してはいない。


 「ノックアウト」。

 HPが0になる攻撃を当てたときに、対象のHPを1だけ残し、行動不能状態にするというスキルだ。


 これで、HPの低い後衛三人をまずは抑えた。


 残りの前衛三人の体力も残り半分もないだろう。


 もう一発「ノックアウト」付きの「紫電地走り」を放つと、前衛三人のうち二人がダウン、一人が残る。


 ちっ、綺麗に二発とはいかなかったか。



「って、待てよ?」



 ……さっきも同じようなことを言った気がするが。


 でも、思いついてしまったものはしかたがない。


 モンスターとちがって、こいつらを「逃げる」でリスポーンさせて狩っても、SPもお金もドロップアイテムも手に入らない。


 だから、「逃げる」による稼ぎに意味はない。


 と、最初は思ったのだが、ひとつだけ、稼ぎになりうる要素があった。


「特殊条件があるかもしれない」


 「人間を連続で○○体撃破」のような特殊条件があるかもしれないよな。

 モンスターと違って、人間の撃破数を稼ぐ機会なんて滅多にないはずだ。

 というか、しょっちゅうあるようでは俺が困る。


 「ノックアウト」でのHP1残しでは撃破扱いにはならないだろうから、最初のようにきちんと「殺す」必要があるだろう。

 スライムの撃破数の特殊条件がそうだったように、「逃げる」でリセットをかけても撃破数のカウントは戻らないことがわかってる。

 つまり、「逃げる」でリセット→五人を撃破(殺害)→「逃げる」でリセット→……をくりかえせば、人間の撃破数を稼ぐことができる。


 もっとも、「逃げる」のリセット効果は時間にまでは及ばないので、くりかえした分だけ時間は進む。

 さっき探索者協会に通報を入れてしまったので、あまり時間をかけすぎると、通報時刻と少女の証言が矛盾してしまうおそれはある。


 だが、ついさっきチャラ男の一人が言ってたように、通報を受けて探索者協会の監察員が送り込まれてくるまでに、短くても数時間はかかるはずだ。



「――悪く思うなよ。稼ぎに利用させてもらうぜ、クズ野郎」


 

 俺は邪悪に笑みを浮かべてつぶやくと、背中を向けて逃げ出した。





 一回あたり5人ずつ、きっかり20セットこなしたところで、



《特殊条件の達成を確認。スキルセット「一人殺せば百人殺すも同じこと」を手に入れました。》



「よっし!」


 ガッツポーズを決めつつ、「逃げる」俺。



Congratulations !!! ────────────

特殊条件達成:「種族:人間を100体連続で撃破する。」

報酬:スキルセット「一人殺せば百人殺すも同じこと」

「一人殺せば百人殺すも同じこと」を入手したことにより、セットに含まれる以下のスキルを獲得します。

「暗殺術」

「思考加速」

「偽装」

────────────────────


Skill──────────────────

暗殺術1

人体の構造と人間の心理を利用して効率よく人を殺害する特殊技術。

種族:人間に近い形態を取る対象に対する与ダメージとクリティカル率が(S.Lv×5)%上昇する。また、急所を突いた場合に(S.Lv×3)%で対象を即死させる。

────────────────────

Skill──────────────────

思考加速1

危険が迫った時に(S.Lv×3)秒間思考速度を加速する。

────────────────────

Skill──────────────────

偽装

他者が自分のステータスを読み取るスキルを使用した際に、ダミーの情報を読み取らせる。ダミー情報は事前に設定しておく必要がある。

────────────────────



 連続撃破の要求数が100で済んでよかったな。

 これがスライムのときみたいに400だったら達成するのは難しかった。


 さて、すっかり頭が稼ぎモードになってしまったが、目の前の状況を忘れてはいけない。


 以前ショップで見かけた少女が、クズ探索者どもに騙され、乱暴されそうになっていた。


 チャラ男――いや、この言葉で呼ぶのは、善良なチャラ男たちに失礼だな。

 改めてクズと呼ぶことにするが、このクズどもを20セットに渡って殺しまくったせいで、俺のほうでは溜飲がそれなりに下がってきた。


 リスポーンしたクズどもを「紫電地走り」で地に這わせる。

 紫電の範囲の調整と「先制攻撃」「先手必勝」「奇襲」の相乗効果で、全員をワンパン圏内に収められるようになった。今覚えたばかりの「暗殺術」の効果も乗ってるはずだ。

 念のため「鑑定」で全員のHPが1になっていることを確認する。

 行動不能状態になると口も利けなくなるらしく、不快な雑音を垂れ流されるおそれもない。


 こいつらのおかげで有用なスキルを得ることができたが、それはそれ、これはこれ。

 凶悪な犯罪者を見逃してやる理由はない。

 むしろ、正当防衛の権利が認められたのに生かしておいたことを感謝してほしいくらいだな。

 地上に連れ帰るのもめんどうなので、殺してしまったほうが危険も後腐れもないのだが……今重視すべきは、被害に遭っていた少女の気持ちだろう。


「君、大丈夫か?」


 呆然とたたずむ少女に、俺はなるべく優しく聞こえるように声をかけた。

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