18 助けた少女と救援に来た監察員

「あ、はい……その、危ないところを助けていただき、ありがとうございます」


 そう言ってぺこりと頭を下げた拍子に、ぶかぶかのキャスケット帽が地面に落ちた。

 金の絹糸のような髪が宙に広がる。

 腰まで届くようなストレートヘア。

 風をはらむように広がった髪は、これだけ長いのに重たさを感じさせない。


「わっ……」


 少女は慌てて髪をまとめ、キャスケット帽の中に押し込んだ。

 サングラスをかけてることといい、お忍びの芸能人か何かみたいだよな。


「ひょっとして、アイドルか何かなのか? そういうの、疎くて悪いな」


「あ、アイドル!? そ、そんな、とんでもないです!」


 少女はぶんぶんと手を振って否定する。


「その、目立つ髪と瞳をしているので……す、すみません。失礼ですよね」


「いや、事情があるんだろ」


 見た目がよすぎるというだけでも、妙な男にからまれないとも限らない。

 というか、実際にからまれてたわけだが。


「その制服、葛沢中のだよな。俺も卒業生なんだ」


「えっ、そうなんですか! すごい偶然ですね」


「いや、まあ、地元だし……。それより、どうして中学生がダンジョンに?」


 と、話しつつ、ノックアウトしたクズどもが気になるが……まあ、起きたらまた倒せばいいだけだ。

 スキルの説明によれば、回復するまでHP1のまま行動不能だってことだけどな。

 縛り上げようにもロープなんて持ってないし。


 ……と、待てよ?


 俺はクズの一人が持っていたスポーツバッグを漁ってみる。

 はたして、中からはガムテープと結束バンド、針金の束が現れた。

 どう見ても、準備を整えた上での計画的な犯行だ。

 その悪意に吐き気がする。


「やっぱり、ここで殺しておくか? 『天の声』の許可があったから、正当防衛は成り立つぞ」


「そ、そんな、とんでもないです! 悪い人でも簡単に生命を奪ってはいけません!」


「そう言うと思ったよ」


 俺は念のために、クズどもの口をガムテで塞ぎ、両手を後ろに回して親指同士を結束バンドで固く結ぶ。


「だけど、これは覚えておいたほうがいい。君に害をなそうとした連中に情けをかけても、連中が改心することはありえない」


「そう、ですね」


「ついでに言うと、探索者を殺さずに無力化するのは、単に殺すよりもずっと難しい。危険でもある」


「でも、あなたは……」


「君がいかにも気にしそうだったからね。でも、これが普通だと思ってはいけないよ。俺だって、相手がもっと強かったら手加減なんてできなかった」


「その、ご配慮……ありがとうございます」


「そういうことじゃない。もとはといえば、君が原因だ。何か事情があるようだが、こんな見るからに怪しい連中についていってどうする?」


「うう……どうしても、必要だったんです。お母様が、病気で……」


「だからって無謀すぎる。こういう言い方は卑怯かもしれないが、君に何かあったらお母様はどう思う?」


「そ、それは……ぐすっ」


 少女も目に涙が溜まる。


 俺は慌てて、


「あ、ああ、いや。その、注意してくれって話だよ。あまりに必死に見えたから、また危ない目に遭うんじゃないかと思ってな……」


 ぐすっぐすっと泣く少女と、どうしていいかわからない俺。

 泣いてる女の子への接し方なんて知らないぞ!


 その気まずい時間を破ったのは、「索敵」の反応だった。


 といっても、敵じゃない。

 青い光点が、ものすごい速さで四層をこっちに向かって移動してくる。


 しかも、この反応って……



「ゆうくん! 無事!?」



 角を曲がってくるなり、見覚えのありすぎる女騎士がそう言った。


「芹香! どうしてここに」


「どうしてって、悠人が通報したんじゃない」


「通報は探索者協会に行くはずだよな?」


「私、探索者協会の地区監察員もやってるから」


「監察員って……危なくないのか?」


 ダンジョン内で発生した凶悪犯罪に対して緊急出動するのが監察員だ。

 危険なダンジョンを最速で抜けて現場に急行するだけでも危険だが、その先に待ち受けているのは凶悪犯罪をおこなったばかりの探索者。

 生半可な実力では命がいくつあっても足りないだろう。


「ちゃんとレベルに見合った仕事を受けてるから、大丈夫。それより、悠人だよ!」


「お、俺?」


「探索者になってまだ一週間も経ってないのに、どうしてCランクダンジョンの四層なんかにいるの!?」


「あ、いや……」


 しまったな。

 協会の監査員なら「偽装」で誤魔化そうと思ったのだが、よりによって芹香が来てしまうとは。


「そ、それより、彼女のことを頼むよ」


「話を逸ら――! って、そうだった。今はそっちの話を聞かないと」


「そうそう」


「悠人の話も後で聞くけどね」


「……まあ、あとでな」


 少女はその場にへたりこんでうつむいている。

 芹香が来たことでようやく安心できたんだろうな。

 男である俺だけだと、まだ気が抜けなかったんじゃないだろうか。

 さっきあんなことがあったばかりだし。


 少女の様子を見て、芹香の眉間が険しくなった。


 芹香には、俺から事情を説明する。

 少女の手前、生々しいところは省いたが、芹香には十分にわかったらしい。


「録音データもある」


 「逃げる」でリセットしたあとで、連中の会話をスマホに録音しておいたのだ。


 俺の話を聞き終えた芹香は、


「ひどいっ……人をなんだと思ってるの」


 怒りに歯を噛み締めた。


「怖かったね。もう大丈夫だから」


「う、うええ……」


 怒りを脇に置いて、少女を安心させようとする芹香。

 こうしてみると、立派に監察員をやっている。


 芹香はアイテムボックスから温かい飲み物を出して彼女に渡している。


 俺は一応「索敵」で周囲のモンスターを警戒しておく。

 多分、同じようなことを芹香もやってるんだろうけどな。


 少女が落ち着いた頃合いを見計らって、


「それより、帰りはどうする?」


「普通に戻ればいいんじゃない?」


「四層から上まで逆戻りするのは大変だろ。俺がボスを倒すから、奥のポータルから外に出よう」


「悠人が倒すって……一人で!?」


「ああ」


「……できるの?」


「問題ない」


「私が一人で倒すんじゃダメなの?」


「いろいろ事情があってな」


 もしここから上まで歩いて戻る場合、途中で出くわしたモンスターは俺と芹香で倒すことになる。

 だが、そうなると、俺には経験値が入ってしまう。

 俺と芹香を別パーティにし、芹香だけに戦ってもらえば、俺は経験値を得ずに済むが……さすがにかっこ悪すぎるよな。


 一方、芹香とパーティを組んでボスを倒す場合、特殊条件の達成に支障が出るかもしれない。

 雑木林ダンジョンのときはなかったが、もし「初見かつソロで倒す」のような条件があった場合、俺はその条件の達成を逃すことになってしまう。


「うーん……。その事情は、あとで教えてくれるのかな?」


「誰にも話さないなら、いいぞ」


「当然だよ」


 俺がある程度戦えるということを示しておくのも今後のためにはいいだろう。

 ダンジョンに行くたびに芹香を心配させるのも申し訳ないしな。


「じゃあ、さっそく行くぞ」


 ダンジョンボスの部屋の扉はすぐそばにある。

 ダンジョンボスは一度倒されるとしばらくのあいだ復活しない。

 俺が倒した直後なら、芹香、少女、それからクズ六人を連れて地上に戻れる。


「うん、がんばって」


 芹香にうなずき、俺はボス部屋の扉を押し開いた。



Status──────────────────

蔵式悠人

レベル 1

HP 1063/1063

MP 974/974

攻撃力 464

防御力 357

魔 力 2995

精神力 1864

敏 捷 8049

幸 運 6865


・固有スキル

逃げる S.Lv1


・取得スキル

【魔法】火魔法2 風魔法1 水魔法1 氷魔法1 雷魔法1

【特殊能力】忍術1 暗殺術1 毒噴射1

【戦闘補助】MP回復速度アップ1 強撃魔法1 高速詠唱1 古式詠唱1 魔法クリティカル1 回避アップ1 ノックアウト 自己再生1 分裂1 サバイブ 奇襲1 先制攻撃1 先手必勝1 先陣の心得1 思考加速1 追い払う

【能力値強化】HP強化2 防御力強化2 魔力強化2 MP強化1 精神力強化1 敏捷強化1 幸運強化1 身体能力強化1

【耐性】麻痺耐性1 石化耐性1 睡眠耐性1 即死耐性1 混乱耐性1 沈黙耐性1

【探索補助】鑑定 簡易鑑定 偽装 アイテムボックス1 索敵1 隠密1


・装備

防毒のイヤリング

旅人のマント


SP 1353

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