15 無法地帯

「なんだここ……?」


 戸惑う俺の前には、時の経過を感じさせる古ぼけた朱塗の鳥居があった。

 石段に沿って無数の鳥居がトンネルのように続いてる。

 京都にそんなような神社があると聞いたことはあるが……


 鳥居の脇には石碑があり、そこには「断時世於神社」と彫られていた。

 ……なんて読むんだ、これ?


「そういえば、wikiの未確認情報にあったな。ダンジョンの階層移動の際に、神社のようなところに飛ばされた、と」


 wikiではデマ扱いされていたが、まさか本当にあったとは。


「ダンジョンの中にある以外は普通の神社で、出口のポータルは奥にある……だっけか」


 こうしててもしかたないので、俺は石段を上っていく。


 鳥居の回廊を進むこと、どれくらいだろうか。

 何百段も登らされた気がするが、探索者のステータスを持つ俺がこの程度でバテることはない。


 石段を上り切ると、そこには古びた神社があった。

 千本鳥居もどきの仰々しい石段とは裏腹に、社殿はむしろこじんまりとしてる。

 だが、華美さのないその古風なたたずまいには、かえって人の心を打つものがある。


「よくわからんが……お参りくらいしておくか」


 俺は社殿に近づくと、「Dungeon Go Pro」から「マナコインの現金化」を選択する。


 モンスターを倒すと落ちるマナコインは、現代では現金同等物とみなされる。

 マナコインに蓄えられたマナを解放することで、原子力発電よりも手軽かつ安全に、エネルギーを得られることがわかったからだ。


 DGPは、どういう仕組みでか、マナコインの相場を把握しており、ダンジョン内で回収したマナコインは現地通貨(日本では円)に換算されてアプリ内のウォレットに計上される。

 そのウォレットから、マナコインを円にして取り出すことも可能だ。


 ……考えれば考えるほど奇妙なことだらけだが、その仕組みはいまだブラックボックスのままだった。


「賽銭といえば、五円か? いや、せっかくだ。派手に行こうじゃないか」


 俺はウォレットにあったマナコインを、すべて現金化した。

 そして、その有り金すべてを賽銭箱に投げ込んだ。


 鈴を鳴らして、二礼二拍手一礼。


 ……って、何を祈ればいいんだ?


 まあ、いいか。


「こんな世の中にしてくれてありがとう」


 不謹慎かもしれないが、知ったことか。

 実際、俺は感謝してる。

 ダンジョンなんてものができなかったら、俺はまだひきこもりだったろう。

 そしてそのまま、取り返しのつかない時間を無駄にしてしまうところだった。

 周囲の人たちの、俺への想いにも気付かぬままに――。


 しん、とした神社で祈りを捧げてみると、なんとなく心がすっきりとした。


 でも、ご利益はそれだけだ。


 参拝したからといって、とくに何かが起こるわけではなかったらしい。


 ま、もともとご利益を期待して祈ったわけじゃない。

 有り金を突っ込んだのだって、なにも信心からじゃない。

 「逃げる」を使っている限り、毎回所持金を50%前後落とすことになるからな。

 どうせ落とす金なら、賽銭にしてしまっても惜しくはない。


 社殿の裏側に回ってみると、そこには次の階層へのポータルがあった。





 神社への寄り道を済ませた俺は第四層を進んでいく。


 出現モンスターは、「トレジャーホビットLv29」「ロックゴーレムLv30」「インプLv27」の三種になった。


 だが、いずれも今の俺の問題になるような相手じゃない。


 トレホビは狩る、他は「逃げる」。

 それだけだ。


 途中で、インプ対策に「混乱耐性」と「沈黙耐性」を取得した。

 普通は状態異常には専用アクセサリで対処するものらしいが、俺の場合はSP100でスキルが取れる。

 俺は精神も十分高いから、耐性がなくてもインプくらいの状態異常ならまずかからないだろうが、そんな賭けを毎度毎度やりたくはない。


 四層を問題なく進んでいると、「索敵」にこれまでにない気配がひっかかった。


「赤い光点と、青い光点……?」


 赤が六つ、青がひとつ。

 赤は、青を取り囲み、逃げ場を潰してるように見えた。


 しかも、


「……全部、人間の気配だな」


 赤いが、モンスターの気配ではない。

 青のほうの気配は、どこか覚えがあるような……?


 現代の日本において、ダンジョンの内部は無法地帯である。


 それは、比喩的な意味だけで言ってるんじゃない。


 かつて、政府が探索者の収入に税をかけようとしたことがあった。

 ダンジョンへの出入りを届け出制にし、収入を把握。

 ダンジョン災害対策の目的税とすることで、世論を味方につけながら、探索者たちの動向を政府の監視下に置こうともくろんだのだ。


 だが、これに反発した探索者たちが、国会議事堂に押しかけた。

 探索者たちは、機動隊の制止を押し切り、自衛隊の装甲車をスクラップに。

 その勢いのまま議場を占拠し、探索者への課税を廃案へと追い込んだ。


 むちゃくちゃなようだが、探索者側にも言い分はある。


 警察権をはじめとする国の実効支配は、ダンジョンの内部には及んでいない。

 法的にはもちろん、ダンジョンの中だろうとこの国の中であることに変わりはなく、警察は犯罪者を捕らえることができる。


 だが、ダンジョン内での犯罪は露見しがたく、露見しても立証が難しい。

 また、犯罪を犯した探索者がダンジョンに逃げ込んだ場合、警察にはそれを捕縛する手段がない。

 だから、犯罪の被害にあった探索者が警察に保護や捜査を求めても、警察には実効ある対策が打てなかった。

 結局、ダンジョン内での出来事については、探索者自身が解決するしかないのである。


 これを探索者側から見れば、「国は探索者のことを守ってくれないのに、税金だけは払えというのか!」ということにもなってくる。


 そんな経緯から、ダンジョン内の治安維持は探索者協会が主体となり、警察との連携をはかるという形に落ち着いている。

 しかし、人員不足に悩む探索者協会が、ダンジョン内犯罪に適切に対処できているとはいいがたい。

 ダンジョン内犯罪の多くは暗数となっており、その数は露見した事件数の数十倍とも数百倍ともいわれている。


「日本の法律が及ばない、まさに無法地帯ってわけだな」


 この「索敵」の反応がそうした事件のひとつだったとしても、俺がそこに首を突っ込む理由はない。

 探索者は自衛が原則だ。

 自衛に失敗した者を助けるために、自分の自衛をおろそかにするのは愚か者のすることだ。


 しかし俺は、「隠密」を使って七つの光点のほうに向かっていく。


 「索敵」で位置がわかるとはいえ、そのあいだにはダンジョンの入り組んだ壁があり、一直線には向かえない。

 それでも、三層までの攻略経験で、このダンジョンの通路形成の傾向がなんとなくだがわかってきた。


 数分ほどで、俺は光点から少し離れた角までたどり着く。

 しゃがみこみ、「隠密」を維持したまま、角から顔を覗かせた。



「――そんな! じゃあ、エリクサーが手に入るというのは嘘だったんですか!?」



 聞こえてきた一言に、俺は思わずため息をついた。


 ……そうじゃないかと思ったんだ。


 そこにいたのは、俺の出身中学の制服を着た、キャスケット帽をかぶった女子生徒。

 昨日、ショッピングモールのアイテムショップで見かけた女の子だ。


 それを取り囲んでいるのは、


「嘘じゃねえぜ? ここのダンジョンボスがごく稀にエリクサーを落とすって情報はある」


「そうそう。俺ら『アルティメットフリーダム』の内部情報じゃな」


「でもよ、エリクサーの入手なんて、数千万、下手すりゃ億の仕事だぜ。当然、見返りってもんが必要だろ?」


「なんも心配するなって。優しくしてやるからさ」


「そうだぜ、たぁ~っぷりかわいがってやるからよ」


「ま、全部録画して、知り合いのヤクザに買い取ってもらうけどな。嬢ちゃんはべっぴんだから数千万くらいなら余裕で回収できるっしょ」


 髪を思い思いの色に染めたチャラい感じの男たちが、少女に好色な目を向けた。


「そ、そんなこと、できるわけがありません! お母様に叱られてしまいます!」


「知るか、んなこと。そのお母様を助けるためになんでもするって言ったのは嬢ちゃんだぜ?」


「そうそう。なんでもするって言うから、こんなとこまで付き合ってやってんだよ」


「なあ、さっさとやっちまおうぜ。ぎゃーぴー騒ぐところも動画の見所になるからよ」


 ギャハハハッ、と笑い合う男たち。


 そんな男たちを少女は思い詰めた顔で睨むと、


「…………そ、それを、我慢、すれば……エリクサーを手に入れてくれるんですか?」


 唇を噛み、言った少女に、男たちがあんぐりと口を開けた。


 男たちは顔を見合わせ――爆笑した。


「んなわけねーだろ! まだわかんねーのか? 嬢ちゃんはハメられたんだよ!」


「おいおい、ハメるのはこれからだろ?」


「ぎゃはははっ、ちげえねえ!」


「ど、どういうことですか!?」


「俺たちみたいな悪い大人が、ほんとのことを言うとでも思ったのか?」


「全部嘘に決まってるだろ!」


「おまえが今から何をしたって、エリクサーどころかポーション一本やらねえよ!」


 ぎゃはははっ! と再び笑う男たち。



 ――たしかに。


 これは、他人事だ。


 一度見かけただけの少女のために、そこそこ腕の立つ探索者パーティと戦えるか?


 常識的に考えて、それはない。

 少女は酷い目に遭うだろうが、それに俺まで付き合う義理はない。


 だけど……だけどよ。


 こんなものを見せられて逃げたりしたら、今後一生、俺は自分のことを大事なところで逃げ出すやつだと非難し続けるはめになる。


 助けられるなら助けたい。

 今の俺にはそれだけの力もあるはずだ。


 とはいえ、男たちの強さは現状不明。

 「鑑定」すれば見えるが、「鑑定」や「簡易鑑定」は使ったことが相手にバレる。

 このダンジョンを足手まといの少女をかばいながらここまでやってきたんだから、この六人の実力はそれなりに高いと言っていい。


 なにより、こいつらは人相手の戦いに慣れていそうだ。

 暴力を振るうことにためらいがない。

 ステータスの大小なんかより、そっちのほうがよっぽど怖い。

 「索敵」の光点も赤いしな。


「う、訴えますっ! 絶対、泣き寝入りなんてしませんから!」


「馬っ鹿だな、おまえ。ここはダンジョンの中だ。人が一人消えたくらいで気にする奴はいねえよ」


「そうそう。被害者がいなけりゃバレっこねえ」


「で、ですが、人を殺せばレッドネームになるはずでは……」


 レッドネーム。

 ダンジョン内で他の探索者を殺害した探索者の名前は、「簡易鑑定」「鑑定」時に赤い文字で表示される。

 最近では裁判でもレッドネームを有罪の証拠として扱うことが増えたという。

 なかには、ダンジョン内で死体が発見できなかったにもかかわらず、状況証拠とレッドネームによって死刑判決が確定した事例もある。


 だが、このレッドネームにはいくつかの抜け道が存在する。


「直接殺せば、な。でもよ、おまえを散々楽しんだあとで、素っ裸のままモンスターの前に放り出してったらどうなると思う?」


「なっ……!」


 少女が絶句する。


「レッドネームなんざどうとでもなるんだよ。さ、種明かしはこのくらいにして、お楽しみタイムといこうじゃねえか……!」


「い、いや……っ!」


 少女の腕を、チャラ男の一人がねじり上げる。


 覚悟なんて、もうとっくに固まった。


 こういう、他人を踏み躙ってなんとも思わないクズが、俺は昔から大嫌いなんだ。


「――そこで何をしてるんだ?」


 ダンジョンに響いた俺の声に、チャラ男たちがぎくりと振り返った。

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