13 水上公園ダンジョン

 翌日。

 俺は新しいダンジョンの前にいた。


 Cランクダンジョン、黒鳥の森水上公園ダンジョンだ。


 家から自転車で三十分ほどの距離にあるこの公園には、ガキの頃、親に連れられてよく遊びにきたものだ。


 公園の中央に大きな池があって、その真ん中に島がある。

 その島に、黒い鏡のようなダンジョンの入口が浮かんでいる。

 島への橋はないので、船着場に置いてあるボートを漕いで島に渡る。

 ダンジョンができて以来ボート乗り場は放置されてるようで、乗り場の壁に「ご自由にお使いください」と張り紙がある。


 ここは近所の高校生御用達のデートスポットだったはずだが、ダンジョンができた今、見かけるのは探索者らしき集団の姿だけ。

 髪をハデな色に染めたチャラ男っぽい集団で……ちょっとお近づきにはなりたくないな。

 近くの大学の探索者サークルだろうか。


 ……もちろん、俺にガールフレンドとボートに乗って水上デートを楽しんだ思い出などあるはずもない。

 感慨のようなものはとくになく、さっさとダンジョンの入口に飛び込んだ。


 ダンジョンの内部は、雑木林ダンジョンと大差なかった。

 ちがいといえば、ダンジョンの壁があっちよりわずかに黒ずんでいるくらいか。

 ダンジョンは出現モンスターのレベルが上がるほどに、壁の色が黒くなると言われている。

 雑木林ダンジョンの壁は、塗り立てのコンクリートくらいの薄いグレー。

 対して、この水上公園ダンジョンの壁は、そのコンクリートが雨で湿ったくらいの色合いだ。



 余談になるが、ダンジョンのランクについて説明しよう。


 ダンジョンのランクには、S、A、B、Cの4つが確認されている。

 これは、「天の声」のもたらす情報で確認が取れているらしい。

 実際、俺が達成した特殊条件の中には、「Cランク以上のダンジョンをレベル5以下で踏破する」というものがあった。


 一方、探索者協会の公表しているダンジョンのランクには、SからCまでに加えてDがある。

 これは、Cランクダンジョンの中でもとくに難易度が低いダンジョンを、駆け出しの探索者の目安になるように、特別にDランクとしたものだ。

 「天の声」の基準では、探索者協会のD認定ダンジョンもCランクダンジョンの一種となる。

 最近は、Dランクの中でもさらに危険度の低いダンジョンを選んでEランクに認定する試みも始まっているらしい。

 俺の踏破した雑木林ダンジョンなんかは、その基準だとEランクになるだろうな。


 というわけで、雑木林ダンジョンもこの水上公園ダンジョンも、「天の声」基準では同じCランクだ。

 だが、探索者協会の基準では、CとEということになる。


 一応、他の認定Dダンジョンも探してはみたのだが、ちょっと遠くにあって不便だったり、出現するモンスターがいまいちだったりで、これはというダンジョンが見つからなかった。


 それくらいなら、家から近くて「美味しい」モンスターも出るこの水上公園ダンジョンのほうがいいーー

 そう判断したってわけだ。

 EからCへ一段飛ばしになるのはちょっと不安だけどな。




 で、その「美味しい」モンスターだが……


「お、いたいた。あれだ」


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トレジャーホビット Lv21

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 両隣に「ロックゴーレムLv23」が並んでるのがうっとうしいが、今ならなんとでもなるだろう。

 タフで硬いモンスターだが、動きが遅い分、「逃げる」で残すモンスターとしては悪くない。


 トレジャーホビットは、高い敏捷のせいで攻撃が当たりにくい。


 それだけでも探索者に嫌われるには十分だが、こいつのばあい、嫌われる最大の理由は他にある。


 トレジャーホビットは、探索者の所持品を盗むスキルを持ってるのだ。


 その上、盗むことに成功すると、脇目も振らずに逃げてしまう。


 ……まるで誰かさんを彷彿とさせるようなモンスターだよな。


 探索者から蛇蝎の如く嫌われているのも納得だ。


 だが、一点だけ、このモンスターには他にはない長所がある。


 撃破時の獲得SPが多いのだ。


 獲得SP11というのは、ポイズンスライムの4と比べるとほぼ3倍。

 隣にいるロックゴーレムの5と比べても倍以上だ。


 その上、レベル1の俺とは20ものレベル差があるから、格上補正で獲得SPは2倍になるはずだ。


 ……いや、まだ仮説でしかないのだが、ひょっとすると、獲得SPは2倍ではなく「3倍」になる可能性もある。


 wikiに掲載されていた調査では、モンスターのレベルが1〜9高いと獲得SPは1.5倍、10以上高いと2倍となっていた。


 だが、調査では、レベルが20以上高い場合のデータはない。


 これは、考えてみれば当然だ。

 レベルが20以上高いモンスターを倒すのは不可能に近い。

 高レベルのパーティに寄生したところで限界はある。

 むしろ、レベルが10高い場合を調べ上げただけでもがんばったというべきだ。


 さっそく稼ぎにかかりたいところだが、


「ダンジョンの入口でそんなことしてたら目立つからな」


 雑木林ダンジョンとは違い、この水上公園ダンジョンはそれなりに人の出入りがある。

 人気ダンジョンというほどじゃないが、近隣には認定Cランクダンジョンが少ないからな。


 俺は「索敵」を使って、他から離れた場所にいるトレジャーホビットを探す。

 たいていの敵は「隠密」でやりすごせるし、どうしても邪魔になる敵は前に「逃げる」で素通りだ。


 「索敵」は脳内にレーダー画面のようなものが浮かんで、敵の反応が赤い光点で認識できる。

 目で見てるわけじゃないんだが、直観的に「視える」感じだな。


 人の通らなそうな一画におあつらえむきの相手を見つけた。

 トレジャーホビット一体とロックゴーレム二体。

 ロックゴーレムは一体のほうが望ましいが、ここまで見た限りだとトレジャーホビットを含むモンスターの編成は必ず三体一セットになっていた。


 タフなゴーレムに手こずってるあいだにトレジャーホビットがアイテムを盗む。

 なんとも嫌な編成だよな。

 このダンジョンが不人気な理由がわかろうというものだ。


 だが、俺にとって、足の遅いゴーレムはむしろ格好の相手となる。


 ……じゃ、さっそくやりますか。



「増し増し増し増し増し増し増し――フレイムランス!」



 俺の稼ぎが始まった。

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