12 休日

 雑木林ダンジョンを踏破した翌日。

 俺は丸一日休みを取ることにした。

 昨日はポイズンスライム狩りとボス戦で帰りが遅くなってしまったからな。

 芹香とだべりながら家に帰って、心配をかけた母に謝り、風呂に入って飯を食って、倒れ込むようにベッドに伏せた。

 目が覚めたのは翌日の昼近く。

 今日の探索はお休みだな。


「……まあ、ちょうどいい機会かな」


 昨日のダンジョン踏破で驚くほどにスキルが増えた。

 さらに、特殊条件報酬でもらった「秘伝書・序の巻」のこともある。

 使えばSPが4000も獲得できるというアイテムだ。


 貴重品だけに、換金するという手も考えた。

 ただ、オークションサイトでの取り引きを調べても、秘伝書なんていうアイテムが売り買いされた履歴はない。

 値段をつけるなら何百万、下手をすれば何千万かもしれないが、その分販売経路を見つけるのは難しそうだ。


 腐らせておいてももったいないので、結局秘伝書は自分で使うことにした。

 SPが4000あれば、「逃げる」のS.Lvを上げられるかもしれないからな。


 これで保有SPは4191。


 しかし、残念ながら「逃げる」のS.Lvアップはできなかった。

 前にも言った気がするが、次のS.Lvアップに必要なSPは、必要額を貯めてみるまでわからない。

 もし必要なSPが10000なら10000貯まった時点で初めてレベルアップが選べるようになるということだ。


 が、「逃げる」のレベルアップこそできなかったものの、SPが4000も貯まるとこれまで視野に入ってこなかった強力なスキルが取得可能になってくる。



Skill──────────────────

アイテムボックス1

亜空間にものを収納することができる。

亜空間のサイズは一辺が(S.Lv×1.5)メートルの立方体。

────────────────────

Skill──────────────────

先陣の心得1

戦闘開始後(S.Lv×10)秒間攻撃力・魔力が1.5倍になる。効果時間経過後、(S.Lv×10)秒間攻撃力・魔力が2/3になる。

────────────────────

Skill──────────────────

高速詠唱1

詠唱時間が(S.Lv×10)%短くなる。

──────────────────── 



 「アイテムボックス」の取得SPは400。

 「先陣の心得」は800。

 「高速詠唱」は1600。


 コストは高いが、その価値は十分にあるスキルだろう。

 俺は悩んだ挙句、この三つのスキルを取得した。


 残るSPは1391だ。

 これは、これまでに取得したスキルのレベルアップに使いたい。

 取得SPが100のスキルは、SP400を使うことでスキルレベルを2にできる。

 ちなみに、その後はSP1600でスキルレベル3、SP6400でスキルレベル4になるらしい。

 その先のことは、wikiには何も載ってない。


 取得SPが400だったり、800だったり、1600だったりするスキルの場合は、スキルレベルアップにもべらぼうなSPが必要だ。

 今回覚えた「高速詠唱」なんかは、スキルレベル2に上げるだけでも6400ものSPが必要らしい。


 ともあれ、今回はSPを400ずつ使って3つのスキルをレベル2に上げる。

 具体的には、「HP強化」「防御力強化」「魔力強化」の3つだな。


 前にも話した通り、スキル取得時の能力値ボーナスは、取得に要したSPと同じ分だけ付与される。

 取得SP100の「火魔法」なら、MPと魔力に50ずつ、計100のボーナスがつく。


 ただし、能力値強化スキルだけは、消費したSPの1.2倍のボーナスがつく。

 SP100で「魔力強化」を取ると、魔力が120上がるといった具合だな。


 もっとも、ボーナスがお得な分、他のスキルのような「スキルとしての効果」がない。

 「火魔法」を取得すれば火の魔法が使えるようになるが、「魔力強化」だけでは魔法が使えるようにはならないということだ。


 一般的には、能力値強化系スキルは不人気だ。

 何もできないスキルを取るくらいなら、もっと直接役に立つようなスキルを取ったほうがいい。

 SPが余ってたとしても、能力値強化系スキルはとらずに、将来のスキルレベルアップに備えて貯めておくべきだとされている。

 普通なら、それが正しいと俺も思う。



《スキル「HP強化」のレベルが2になりました。》

《スキル「防御力強化」のレベルが2になりました。》

《スキル「魔力強化」のレベルが2になりました。》



 これで、HP、防御力、魔力にそれぞれ400×1.2=480ものボーナスが加算された。

 レベルアップのない俺にとっては生命線だ。

 もっとも、「逃げる」の補正のせいで、HPはその8割、防御力に至ってはその4割しか能力値が増えないんだけどな。



Status──────────────────

蔵式悠人

レベル 1

HP 1063/1063

MP 974/974

攻撃力 364

防御力 319

魔 力 2915

精神力 1144

敏 捷 5679

幸 運 5865


・固有スキル

逃げる S.Lv1


・取得スキル

【魔法】火魔法2 風魔法1 水魔法1 氷魔法1 雷魔法1

【特殊能力】忍術1 毒噴射1

【戦闘補助】MP回復速度アップ1 強撃魔法1 高速詠唱1 古式詠唱1 魔法クリティカル1 回避アップ1 ノックアウト 自己再生1 分裂1 サバイブ 先制攻撃1 先手必勝1 先陣の心得1 追い払う

【能力値強化】HP強化2 防御力強化2 魔力強化2 MP強化1 精神力強化1 敏捷強化1 幸運強化1 身体能力強化1

【耐性】麻痺耐性1 石化耐性1 睡眠耐性1 即死耐性1

【探索補助】簡易鑑定 アイテムボックス1 索敵1 隠密1


・装備

防毒のイヤリング

旅人のマント


SP 191

────────────────────



 基礎能力値がオール10の「平均的な探索者」を基準にすれば、最も数値の低い防御力でもレベル31相当ってことになる。

 敏捷と幸運に至っては……うん、ヤバいな。


 とはいえ、探索者としての経験はまだ数日。

 いきなり高ランクダンジョンに挑むのはやめたほうがいい。


 それに、無理に高ランクのダンジョンに挑まなくても、特殊条件を満たせれば、それ以上に美味しいボーナスを得ることができる。


 特殊条件の詳細は不明だが、昨日達成した条件から考えるに、「×ランク以上のダンジョンをレベル×以下でクリアする」とか、「種族:××を400体連続で撃破する」とかいった条件はあるはずだ。



 実のところ、次に行くダンジョンはもう決まってる。


 そのために必要なスキルも既に揃った。


 金欠で装備に回すお金がないのは痛いが、能力値がこれだけブーストされていれば、装備による補正は誤差みたいなものだ。

 誤差じゃないちゃんとした装備を買おうと思ったら、それこそ家が建つくらいの額になってしまう。

 ダンジョン内でいい装備を拾えることを祈ろうか。


「そうだ、グミを売ってくるか」


 「逃げる」のおかげで金欠だが、ポーショングミなどドロップアイテムの在庫はたっぷりある。


 こういう消耗品なら、オークションサイトで売るよりアイテムショップで売ったほうが手っ取り早い。

 最下級のアイテムだから、売って目立つということもないはずだ。



 俺は昼飯がてら、ショッピングモールにやってきた。


 モール内にある探索者ショップに入ってみると、狭い店内には先客がいた。

 先客は、カウンターの向こうにいる店員さんに、なにやら食ってかかっているようだ。


「お客様。申し訳ありませんが、当店では入手しかねます」


 言葉こそ丁寧だが、浮かべた営業スマイルの奥に迷惑そうな色が見える。


「そこをどうにかなりませんか!?」


 と、食い下がってるのは制服姿の小柄な少女。


 ……俺の卒業した中学の制服だな。


 でも、近所で見かける地元の中学生って感じじゃない。


 少女は、ぶかっとしたキャスケット帽を頭にかぶり、薄い色のサングラスをかけている。

 どうも見た目を隠してるらしい。


 それが自意識過剰じゃないのは、見ればわかる。

 帽子からはみ出る髪は、さらさらとした金の糸。

 肌は驚くほど白く、顔かたちも整ってる。

 サングラス越しにも相当な美貌の持ち主だとわかってしまう。

 地元中学の野暮ったい紺のセーラー服すら、少女が着ると清純派アイドルの撮影用衣装のように見えてくる。


 俺もいい大人だから地元の中学生を見てかわいいだのきれいだのと騒いだりはしないが、それでも目をみはってしまうほどの美少女なのだ。


「失礼ですが、探す先を間違っておられるかと。エリクサーのような貴重なアイテムは、探索者ショップには卸されてこないのです」


「そんな……っ! じゃあ、どうすれば……」


「有名ギルドに依頼を出されるか、既にお持ちの探索者に譲ってもらうしかないでしょう」


「依頼を出したら、取ってきてもらえるんですか?」


「依頼料次第ですが、入手に成功したとしても、数ヶ月はかかるかと」


「す、数ヶ月……っ!」


「譲ってもらうにしても、エリクサーをお持ちの探索者は高レベルのはずです。いざというときのための切り札でもありますので、かなりの額を要求されることになると思います」


「い、いくらくらいでしょうか……?」


「そうですね。以前オークションサイトにエリクサーが出品されたときの落札額が、たしか五千万円を超えていたと思います」


「ご、五千万、ですか!?」


「それだけ入手困難なアイテムだということです」


「ううっ……わかりました。無理を言ってすみませんでした……」


「い、いえ……その、お役に立てなくてごめんなさいね」


 頭を下げて謝られ、かえってバツが悪そうな店員さん。

 少女は見るからにしょんぼりした様子で、俺の脇を抜けて店から出て行った。


 そこで、俺に気づいた店員さんが、


「すみません、お待たせいたしました。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「ああ、買い取りをお願いしたいんですが……」


 少女のことが気になりつつも、俺はドロップアイテムの売却を済ませたのだった。

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