10 ダンジョンボスはたいてい噛ませ
ぎいいいいっ……と、軋んだ音を立てて、ボス部屋の扉が開いていく。
だだっ広くて天井の高いドーム型の部屋は、格闘マンガに出てくる地下の秘密闘技場みたいな雰囲気だ。
もちろん、観客席はないけどな。
その真ん中に、一体のスライムが佇んでいる。
距離があるから、一見すると普通のスライムのように見えてしまう。
だが、彼我の距離を冷静に見れば、そのスライムがかなり大きいことはすぐわかる。
そうだな……近所でヤンキーっぽい家族が乗り回してるデカいミニバン。
あれを丸呑みできるくらいの大きさか。
――ぷぎゅるるるるるおおおおおっっっ!!!!
「うおっ!?」
スライムがいきなり上げた雄叫びにのけぞる俺。
――俺のかわいい手下を死ぬほど殺しやがって、しばくぞワレ!
……といったふうに聞こえたのは気のせいか?
それはさておき、「簡易鑑定」だ。
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ヒュージスライム Lv7(レベルレイズなし)
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《チュートリアル:ダンジョンボスについて。》
《ダンジョンボスのレベルが探索者のレベルより低い場合、ダンジョンボスのレベルは探索者と同じレベルまで引き上げられます。レベルレイズの有無はボスのステータスを見ることで確認できます。》
《ダンジョンボスからは経験値を獲得できません。ただし、通常のモンスターよりもはるかに多くのSPを得ることができます。》
「簡易鑑定」と同時に、「天の声」からも解説が入った。
ダンジョンボスには「レベルレイズ」が働く。
しかも、ダンジョンボスを倒しても経験値は得られない。
まるで俺のためにあつらえたかのような設定だが、もちろんそんなわけがない。
ボスから得られるSPは、通常のモンスターとは桁が違う。
もしレベルレイズがなかったら、低ランクダンジョンのボスをくりかえし倒すことで、効率よくSPを稼げることになってしまう。
だが、レベルレイズによって、この稼ぎは成り立たないようになっている。
自分と同レベルのボスとの戦いには、十分な事前準備が必要だ。
いや、事前準備を怠らなかったとしても、どんなアクシデントが起こらないとも限らない。
とくにボスモンスターは、レベルが上がるとスキルが増えていることもある。
低レベルのときに勝てたからといって、同じように勝てるとは限らないのだ。
このボスに関する仕様は、高レベル探索者が低ランクダンジョンに居座って低レベル探索者の成長を阻害することがないようにするための「配慮」だと言われている。
誰が、どうして、どうやってそんな「配慮」をするのか? というあたりについては、誰もまともに説明できないらしいけどな。
さて、ひるがえって目の前のヒュージスライム君である。
wikiによれば、ヒュージスライムは低ランクダンジョンのボスの中では最もありふれたモンスターのひとつだという。
弾力のある巨体を生かしたハイジャンプと、その質量による押し潰しが基本的な行動パターンだ。
早い話が、デカくなっただけのスライムである。
しかし、ヒュージスライムは、Lv10になると「分裂」というスキルを使うようになる。
文字通りヒュージスライムが二つに分裂するわけだが、この分裂した二つは、最大HPが半分になる以外は、もとのヒュージスライムと同じ能力を持っている。
ボスが事実上二体になるわけで、このスキルがあるとないとでは難易度がかなり変わってくる。
だから、ヒュージスライムに挑むのなら、レベルが一桁のうちにしたほうがいいとwikiにはあった。
あるいは、もっとレベルを上げ、スキルも充実させてから挑むべきだと。
最悪なのは、レベル10ぴったりでヒュージスライムと戦うことだ。
さて、ここまで長々と解説してしまったが、これはどう考えても――
ぴゅぎいいい、と鳴いて、ヒュージスライムが飛び跳ねる。
ヒュージスライムは天井近くまで跳び上がった。
あの質量があの高さから落ちてきたら、人間なんて一発で潰される。
能力値やスキルで強化された探索者であっても大ダメージは免れない。
もうダメだぁ! おしまいだぁ!
……なんてことはもちろんなくて。
「――悪いな。どうも、苦戦する余地がないらしい」
俺の思い描いたイメージに従い、宙に掲げた手の前に、赤く輝く炎の槍が出現する。
「フレイムランス!」
一条の火箭がスライムを貫き――
ぴうぎゃっ……
中途半端な悲鳴とともに、ヒュージスライムが弾け散った。
《ダンジョンボスを倒した!》
《ダンジョンボスに経験値はありません。》
《SPを46獲得。》
《7700円を獲得。》
《「マジカルグミ」を手に入れた!》
「よし、終わったか」
いや、どうやら終わってなかったらしい。
《特殊条件の達成を確認。スキルセット「魔法一閃」を手に入れました。》
「……なんだって?」
俺は慌てて「Dungeons Go Pro」を開く。
Congratulations !!! ────────────
特殊条件達成:「魔法を用いて自分と同じレベル以上のダンジョンボスを一撃で倒す」
報酬:スキルセット「魔法一閃」
「魔法一閃」を入手したことにより、セットに含まれる以下のスキルを獲得します。
「強撃魔法」
「魔法クリティカル」
「古式詠唱」
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Skill──────────────────
強撃魔法1
消費MPが(S.Lv×10)%増える代わりに魔法の威力が(S.Lv×15)%上がり、ノックバックが発生する。
────────────────────
Skill──────────────────
古式詠唱1
特殊な呪文を唱えることで、(50-S.Lv×10)%詠唱時間が伸びる代わりに魔法の威力が2倍になる。
────────────────────
Skill──────────────────
魔法クリティカル1
魔法攻撃にクリティカルヒットが発生するようになる。
────────────────────
「うぉっ!? なんだこれ!?」
どれも強力なスキルだよな。
しかも、「魔法一閃」の名にふさわしく、相乗効果まで期待できる。
「このスキルセットを手に入れたやつってどのくらいいるんだ?」
レベルレイズのかかるダンジョンボスを一撃で、となると、達成はかなり難しいだろう。
魔法系の固有スキル持ちがバフをかけまくって強力な魔法を使っても、なかなか一撃とはいかないんじゃないか?
「こんな隠し条件があったのか……」
俺にとっては嬉しい誤算だ。
これだけでもすごいのだが、「天の声」はまだ続く。
《
《特殊条件の達成を確認。「秘伝書・序の巻」を手に入れました。》
Congratulations !!! ────────────
特殊条件達成:「Cランク以上のダンジョンをレベル5以下で踏破する」(初回のみ)
報酬:「秘伝書・序の巻」
────────────────────
────────────────────
秘伝書・序の巻
使用するとSPを4000獲得。
────────────────────
「うおう!」
4000も!?
俺なら時間さえかければ稼げるが、普通ならそんなに稼ぐ前にレベルのほうが上がってしまう。
《特殊条件の達成を確認。スキルセット「なりきり忍者キット」を手に入れました。》
Congratulations !!! ────────────
特殊条件達成:「Cランク以上のダンジョンをレベル5以下かつソロで踏破する」(初回のみ)
報酬:スキルセット「なりきり忍者キット」
「なりきり忍者キット」を入手したことにより、セットに含まれる以下のスキルを獲得します。
「索敵」
「隠密」
「忍術」
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Skill────────────────
索敵1
周囲に存在するものを直観的に把握する。範囲・対象等はS.Lv他、複合的な要素によって変化する。
────────────────────
Skill──────────────────
隠密1
自分の気配が周囲に漏れるのを防ぐ。
S.Lvに応じて気配の漏洩率が低下する。「警戒」「索敵」「敵意察知」「気配探知」などのスキルに対しては効果が弱くなる。
────────────────────
Skill──────────────────
忍術1
忍者が修めていたとされる独自の擬似魔法
忍術の効果は魔力の他に敏捷にも影響される。
────────────────────
「『索敵』に『隠密』!? 上位スキルじゃないか!」
「索敵」も「隠密」も、スキルの存在自体は知られている。
だが、所持者が少なく、その有用性もあいまって、取得条件は一部の者しか知らないという。
唯一知られているのは、何らかの条件を満たさないとSPが足りていても取得できないということだけだ。
いずれ「警戒」や「忍び足」を取るつもりだったが、先に上位スキルが手に入るとはありがたい。
「さすがにもう打ち止めか?」
と思ったが、俺が消化するのを待ってたかのように、「天の声」がさらに響く。
《特殊条件の達成を確認。スキルセット「平和を愛するあなたに」を獲得しました。》
Congratulations !!! ────────────
特殊条件達成:「任意のダンジョンをダンジョンボス以外のモンスターを倒さずに踏破する」
報酬:スキルセット「平和を愛するあなたに」
「平和を愛するあなたに」を入手したことにより、セットに含まれる以下のスキルを獲得します。
「ノックアウト」
「サバイブ」
「追い払う」
────────────────────
Skill──────────────────
ノックアウト
対象のHPが0になる攻撃を行ったとき、対象のHPを1だけ残し、対象を行動不能状態にする。行動不能状態は対象のHPが回復されるまで継続する。
────────────────────
Skill──────────────────
サバイブ
自分のHPが0になる攻撃を受けたとき、HP1で生き残る。1戦闘中に1回のみ有効。
────────────────────
Skill──────────────────
追い払う
自分よりレベルの低いモンスターを追い払うことができる。
────────────────────
「おお、最後の以外は使えるな」
「ノックアウト」を使えば、敵を倒さずに無力化し、安全に「逃げる」ことができるだろう。
逃げるときの不慮の事故も、「サバイブ」があれば減らせるな。
「追い払う」は、残念ながらレベル1の俺には使い道がない。
「いやぁ、いくらなんでも今ので打ち止めだよな? これ以上スキルがもらえるなんて、そんな都合のいい話あるわけが……?」
と、言葉とは裏腹に期待含みで待つ俺に、
《特殊条件の達成を確認。スキルセット「貪食者を喰らう者」を手に入れました。》
Congratulations !!! ────────────
特殊条件達成:「種族:スライムを400体連続で倒す。うち1体以上ボスモンスターを含む。」
報酬:スキルセット「貪食者を喰らう者」
「貪食者を喰らう者」を入手したことにより、セットに含まれる以下のスキルを獲得します。
「自己再生」
「毒噴射」
「分裂」
────────────────────
Skill──────────────────
自己再生1(モンスター専用スキル)
細胞分裂を活性化し、傷を急速に治癒させる。体細胞が残っていればHPが0になっても発動するが、失われた魂は戻らない。
回復量:1秒ごとに最大HPのS.Lv%
────────────────────
Skill ──────────────────
毒噴射1(モンスター専用スキル)
状態異常「毒」を起こす霧を噴射する。
散布範囲:自分を中心に半径(S.Lv×1.5)メートルの空間
────────────────────
Skill ──────────────────
分裂1(モンスター専用スキル)
自分の身体を二つに分ける。分裂後の個体はHPが1/2になるが、他の能力値・スキルはそのまま受け継ぐ。
S.Lvに応じて、分裂後にさらに分裂することができる。
【注意】不定形のモンスター以外が使用した場合、正常に動作する保証はない。
────────────────────
「なるほど。モンスター専用スキルがもらえるのか」
「自己再生」は便利そうだが、他はどうだろう?
「毒噴射」は使いどころが少なそうだよな。
一撃離脱で戦う俺にとって、敵を毒にするメリットはあまりない。
持続ダメージは長期戦でこそ生きるからな。
「分裂」……論外だろ。
最後の一文が怖すぎる。
人間が使った場合、いったいどんなことが起こるのか?
興味はなくもないが、自分の身で試したいとは思わない。
しかし、同種だけで400体連続か。
普通に戦ってたらまず満たせない条件だよな。
「……さすがにもう終わったよな?」
《チュートリアル:ダンジョンを踏破しました。ダンジョンの奥に帰還用ポータルがあります。》
それは知ってる。
俺はボス部屋を横切って奥にある扉を開く。
そこには、白い光を湛える鏡のようなものが浮いている。
ダンジョンの入口のダンジョン側にある脱出口と同じものだ。
緊張してたつもりはなかったが、やっぱり出口を見るとほっとするな。
「さ、帰るか」
望外にも程がある成果を得た俺は、ほくほく顔で出口のポータルに飛び込むのだった。
Status──────────────────
蔵式悠人
レベル 1
HP 743/743
MP 574/574
攻撃力 264
防御力 159
魔 力 1715
精神力 1144
敏 捷 2679
幸 運 5865
・固有スキル
逃げる S.Lv1
・取得スキル
火魔法2 魔力強化1 HP強化1 MP回復速度アップ1 MP強化1 簡易鑑定 防御力強化1 身体能力強化1 精神力強化1 幸運強化1 回避アップ1 敏捷強化1 麻痺耐性1 石化耐性1 即死耐性1 睡眠耐性1 先制攻撃1 先手必勝1 雷魔法1 風魔法1 水魔法1 氷魔法1 強撃魔法1 古式詠唱1 魔法クリティカル1 索敵1 隠密1 忍術1 ノックアウト サバイブ 追い払う 自己再生1 毒噴射1 分裂1
・装備
防毒のイヤリング
旅人のマント
SP 51
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