09 解決策は「前に」

 「逃げる」で経験値を獲得せず、レベルを低く保ったままでSPを稼ぐ――


 革命的な稼ぎだと思ったが、ひとつ致命的な弱点もあった。


 モンスターを倒さなければ前に進めず、ダンジョンを踏破することができないのだ。


 もちろん、wikiを見ても解決策は見つからない。

 当たり前だ。こんな稼ぎ方、俺以外の探索者は気づかない。


 モニターを睨み続けたせいで目が痛む。

 目頭をもみながらベッドに寝転がると、耳元に硬いものが押し付けられる感覚があった。

 思わず手を伸ばし、すぐに気づく。


「芹香がくれたやつか」


 芹香がくれたのは「防毒のイヤリング」。

 あの雑木林ダンジョンにはポイズンスライムも出る。

 それを見越して渡してくれたのだろう。


「そこまでたどり着けてないのが申し訳ないな」


 ちょっと奥に行けば遭遇するはずなんだけどな。


「スライムより美味おいしいから積極的に狙いたいんだが……」


 ポイズンスライムの撃破時獲得SPは4。

 スライムの倍だ。

 俺の場合はレベル差補正で、獲得SPは6になる。


 入口のスライムを全滅させて奥のポイズンスライムを狙ったほうが稼ぎの効率は高くなる。

 だが、そのためには、スライム撃破分の経験値を獲得するしかなくなってしまう。


「やっぱり、逃げてばっかじゃダメなのか? いや、でもこの優位性を手放すわけには……」


 俺は「Dungeons Go Pro」を開いて、あらためて「逃げる」の詳細を眺めてみる。

 

 しばらくして、気づく。


「そうか! この記述なら……!」




 翌日、俺は再び雑木林ダンジョンの中にいた。


 昨日と同じスライム二体。


 先頭のスライムにファイアアロー。


 もちろん一撃。


 で、昨日までなら後ろを向いて「逃げる」ところだが――



 そこで俺は、前に・・向かってダッシュする。



 飛びかかってきたスライムを敏捷でかわし、その脇をすり抜ける。


 そこからダンジョンの奥へとさらに駆ける。


 十メートル。


 その地点で、俺はいつもの感覚に襲われた。


 走っても走っても進まない。


 目の前に、見えないバリアがあるようだ。


 進めなくなった俺の視界に、見慣れた金の時計が現れる。


「よしっ! やっぱりな!」


 昨日まで、俺はやってきた方向に戻る形で逃げていた。


 だが、今のはちがう。


 敵の脇を抜けて、その向こう側へと逃げたのだ。


 「逃げる」という言葉から、俺はつい、後ろに逃げるものと思い込んでいた。


 しかし、「逃げる」の使用条件をよく見ると、


Skill────────────────

使用条件:

……

戦闘エリアの範囲は、敵の初期位置の中心から半径(10×S.Lv)メートルの空間。

────────────────────


 とあるだけで、逃げる方向の指定はない。


 左右に逃げようが前後に逃げようが、距離さえ取れれば問題ないということだ。


 逃げタイマーが0になり、俺は少し離れた地点にワープした。

 ワープといっても、逃げエリアから五、六メートル離れたあたりで、転移したような感覚はない。

 RPGで、逃げた後に画面が暗転し、ちょっと離れた地点に現れる、あれと同じ感覚だ。


 で、その地点は、


「やった! ちゃんと奥側に進んでる!」


 「逃げる」の成功後に、戦闘前の位置に戻される可能性もなくはなかった。

 でも、「逃げる」後の短い転移は、逃げた方向の延長線上に働くようだ。


「前に逃げれば、モンスターをすり抜けたのと同じ結果になるってことだな」


 さっき戦ったスライム二体は、最初の位置にリスポーンしてる。

 倒したはずの一体まで「復活」してるのは、現実というよりゲームっぽい。


「倒したはずのモンスターまで復活って……」


 なぜそんなことが可能なのか?

 いや、それを考え出したらキリがないか。

 それを言い出したら、なぜ現実世界にダンジョンなんてものが生まれたのかって話に行き着くからな。


「同じ編成のモンスターと連戦したいなら、後ろに逃げたほうがいいだろうな。逆に、ダンジョンの攻略が目的なら、前に逃げる」


 今は一体を倒したが、場合によっては敵を攻撃せずに抜けてもいい。

 敵が三体以上なら一体を残して他を倒したほうが安全か?

 そのあたりは「逃げる」あいだにどのくらい攻撃を受けるか次第だな。


 ともあれこれで、俺は敵を全滅させずに前に進む方法を編み出した。


 短絡的に、「しかたないから全滅させる、スライムならどうせ経験値も少ないだろう」なんて安易な妥協をしなくてよかったな。




 解決策を見出した俺は、ダンジョンを奥へと進んでいく。


 何度かスライム二体、三体の編成に出くわした。

 一体を残してファイアアローで殲滅し、前に「逃げる」。


 そんなことを何度かくりかえすと、ついにそいつと遭遇した。



Status──────────────────

ポイズンスライム Lv4

────────────────────



「こいつがそうか」


 毒々しい紫色のスライムは、スライムの溶解液に似た泡を全身からぶくぶくと立てている。


 道中のスライムは、「簡易鑑定」によればレベル3。

 それより1レベルだけ高いことになるが、


「ファイアアロー!」


 炎の矢の一撃で、ポイズンスライムは蒸発した。


「問題ないな」


 ポイズンスライムの相方は普通のスライムだったので、「逃げる」のにとくに支障はない。


 今回は、後ろに「逃げた」。


 もちろん、同じ編成を利用して稼ぐためだ。


「ほしいスキルは星の数ほどあるからな」


 俺はにっと笑って、再びファイアアローを解き放つ――





 1時間半で、1004SP。

 初めて1000の大台に到達した。


「……ふむ。『逃げる』のS.Lv2はまだ無理か」


 スキルレベルを上げるのに必要なSPは、事前にはわからない。

 所持SPが必要なSPを超えたときに選べるようになるらしい。


 一般的なスキルについては種類も必要なSPも特定されてるが、固有スキルは個人ごとに大きく異なる。

 だから今回はSPが1000になるまで様子を見てみたのだが、「逃げる」のスキルレベルを上げることはできなかった。


 で、その1000を一気に使ってスキルを取得。



《スキル「麻痺耐性1」を取得しました。》

《スキル「石化耐性1」を取得しました。》

《スキル「即死耐性1」を取得しました。》

《スキル「睡眠耐性1」を取得しました。》

《スキル「先制攻撃1」を取得しました。》

《スキル「先手必勝1」を取得しました。》

《スキル「雷魔法1」を取得しました。》

《スキル「風魔法1」を取得しました。》

《スキル「水魔法1」を取得しました。》

《スキル「氷魔法1」を取得しました。》



 FOOOOOOOOOO!!!

 気持ちいい!!!


 普通の探索者なら、SPが100貯まる頃にはレベルが上がってる。

 スキルをまとめて取得するなんて贅沢ができるやつはまずいない。


 ……もちろん、普通にレベルを上げたほうが能力値は上げやすい。

 スキルだって、たくさんあっても全部は使いきれないともいえる。

 パーティを組んで探索する普通の探索者なら、素直にレベルを上げたほうがいいに決まってる。

 貴重なSPは得意分野のスキルに重点的に投じるべきだ。

 パーティで大事なのは役割分担だから、器用貧乏よりも一芸特化のほうが歓迎されるはずだしな。


 でも、俺は密な人間関係が苦手だ。

 できることならソロでいたい。

 固有スキルが「逃げる」だなんて馬鹿にされそうだし、理解されたらされたで秘密漏洩のリスクがある。


 ……というわけで、俺はソロ上等!器用貧乏上等!で進めたい。


 レベルを上げるのが「縦」の成長なら、スキル取得は「横」の成長だ。

 高さではなく広さを目指す。

 それが当面の方針になるだろう。


 ただ、


「どこかで狩り場のランクを上げたほうが効率はいいんだよな」


 一セットでSP6を稼げるポイズンスライム狩りも、安全さを考えると悪くない。

 いや、美味しすぎると言っていい。


 だが、より高レベルのモンスターを狩れれば稼ぎの効率が上がるのも間違いない。


 とはいえ、探索者になりたてなのに、あまり調子に乗って狩り場のランクを上げるのも考えものだ。


 モンスターは、レベルが上がるほどに知能も上がり、スキルも増える。

 能力値やスキルの数だけで判断するのは危険なのだ。


「とりあえず、このダンジョンを一回踏破してみるか。その感触で考えよう」


 この雑木林ダンジョンは一階層しかないことがわかってる。

 ボスはいるが、そんなに危険なモンスターではない。


 ただ、俺のステータスは偏りが大きすぎて、どのくらい強いのか自分でもわかりにくいのが難点だ。


 とはいえ、ステータスの弱い部分だけを考えても、ここのボス相手に苦戦するとは思いにくい。


 しかも、あらゆるダンジョンのボスには「とある特性」があって、これがまた、俺には有利に働くはずだ。

 今のうちにそれを確かめておくのも悪くはない。


 ……油断しまくり、フラグ立てまくりのような気もするが、改めて考え直してみても至る結論は変わらない。


「じゃ、行ってみるか」


 手始めに、さっき後ろに逃げたポイズンスライムとスライムの編成を、ポイズン撃破ノーマル残し前逃げで華麗にスルー。


 これだけでSP6。

 やっぱり美味しい。


 最大のネックは逃げタイマーが25秒もあることだな。

 この時間が減れば狩りの効率が上がるのだが、早めに取っておきたいスキルはまだあるし。

 どれだけのSPが必要なのかもわからない「逃げる」のスキルレベルを上げるのはまだ先のことになりそうだ。



 その後も、ポイズン撃破ノーマル残し前逃げやポイズン撃破ポイズン残し前逃げ、ポイズン2撃破ノーマル残し前逃げなど、要するにグループでいちばん弱いモンスターを一体だけ残して「逃げる」やり口で、ダンジョンを奥へと進んでいく。



 戦闘続きで疲れそうなものだが、今のところ支障は感じてない。

 ステータスを得た探索者はそのあたりも都合よくタフになるとwikiにはあった。


 自分でやってみると、まさにその通り。

 つい先日までひきこもりだった体力皆無の俺なのに、数時間に及ぶダンジョン探索でも、疲れはしても参るというほどではない。


 RPGの主人公って、街から街までモンスターとエンカしながら走り通しで移動してるよな。

 冷静になってみるとやべーなと思うけど、現代の探索者にはそれに準じる独自のスタミナがあるようだ。

 ただし、ダンジョンの外では普段通りの疲れ方をするらしい。


 ちなみに、探索者として得たスキルや能力値は、ダンジョンの外でも普通に使える。

 しかし、戦闘中の能力値のまま日常生活を送ろうとすると支障が出ることもある。

 攻撃力の高いやつが外で一般人を小突いたらどうなるか……とかな。

 そのため、探索者としての能力は、意識的にオンオフを切り替えることができる。



 ……で、なんでこんなことをぐだぐだしゃべってるのかというと……暇だからだ。

 ポイズン倒す、前に「逃げる」、以上。

 ダンジョンの内部構造は単純でマッピングしなくてもいけそうだし(一応している)、戦闘は一撃して即離脱という単調なものだ。


 もし芹香がくれた防毒のイヤリングがなかったら、ポイズンスライムの「毒噴射」は厄介だったのかもしれないな。

 帰ったら芹香には何かお礼をしないといけないだろう。

 探索者としては俺のずっと前を行ってるみたいだから、礼になるようなことなんて思いつかないが。



《「逃げる」に成功しました。》


《経験値を得られませんでした。》


《SPを6獲得。》


《680円を獲得。》


《「解毒の実」を手に入れた!》


《475円を落としてしまった!》



 金は泣けるほど貯まらないが、SPは笑えるほど貯まってる。


 ダンジョンの奥に、何やら物騒な気配のする、重厚な金属の扉が現れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る