08 稼ぎ開始
「待て待て。そんな都合のいい話があるもんか? これまでの人生だってそうだったろ……」
世界中にダンジョンが溢れたこのぶっ壊れた現代において、ダンジョンの研究は人類の最優先事項といっても過言ではない。
そんな中で、俺だけ?
……そんな都合のいい話があるんだろうか?
でも、経験値だけを入手しない手段なんて、普通はない。
あったとしても、わざわざそんなことをする理由がない。
「……いやいや。世界で俺だけかどうかなんてどっちでもいいな。べつに世界のてっぺんを取らなきゃいけないわけでもないんだし」
俺は深呼吸して頭を冷やす。
「大事なのは、俺にもチャンスがあるかもしれないってことだ。それも、特大の……」
普通に考えて、高レベルを目指す競争には果てがない。
世界中に探索者がいるんだからな。
中には経験値を稼ぎやすいスキルの持ち主もいるだろう。
努力すれば報われる、なんていうが、あれは嘘だ。
そう煽って散々努力させておいて、「他のやつの方が優秀だからおまえイラネ」といって切り捨てるのが、この社会の常套手段だ。
努力で報われるのはもともと才能のあるやつだけ。
探索でいえば、初期能力値に恵まれたやつや、強力な固有スキルを持ったやつだろう。
成長性に問題のある俺がいくら心身をすり減らしたところで、恵まれたやつにレベリング競争で勝つのは難しい。
……でも、この方法なら?
探索者は高レベルを目指すもの、その常識に対する逆張りにもなっている。
「これは、ひょっとしたらひょっとするぞ」
俺はノートの上でいくつかの計算をし、スマホでwikiを調べて必要な情報を整理する。
「よし! 行くか」
……といっても、やることは変わらない。
スライムを一体倒す。
「逃げる」。
回復する。
以上をくりかえす。
「逃げる」の不思議な点の一つは、逃げたあとの状況だ。
こっちは走っていた地点から少し先にワープ。
モンスターは戦闘開始時の初期位置に戻される。
そのとき、倒したはずのモンスターも復活する。
かなり気持ちの悪い現象だが、俺にとっては都合がいい。
逃げたあとに別のモンスターを探す手間がいらないからな。
30分で、SPが102になった。
《スキル「魔力強化」を取得しました。》
Skill──────────────────
魔力強化1
魔力を120高める。
────────────────────
このスキル自体は、戦いのための直接的な効果を持たない。
ただ、SP100で取得できるにもかかわらず、能力値へのボーナスは120。
普通なら魔法系のスキルを取ったほうが攻撃手段が増えて得だろうが、レベル1の俺には能力値の上昇幅が大きいことにも意味がある。
これによって俺の魔力は185に。
「これで行けるか? ……ファイアアロー!」
あきらかに勢いを増した炎の矢が、スライムを一撃で葬った。
「逃げ――ようとして迷う。
――一撃でスライムを倒せるなら、二体とも倒してしまえばいいのではないか?
「いや、ちがうだろ!」
俺はためらいを振り払うように後ろにダッシュ。
たしかに、今の威力ならスライム二体を倒すことはできる。
でも、そうなったら経験値が手に入ってしまう。
……「手に入ってしまう」という表現もおかしいが。
スライム二体を倒して経験値を獲得しました!なんてのは普通の探索者のやることだ。
普通というか、俺以外のすべての探索者がやることだな。
それと同じことをしては、俺にしかない強みをみすみす手放すことになってしまう。
だから、「逃げる」。
幸運回避の調子が悪くて体当たりを三発くらったが、これまで通り逃げ切れた。
《「逃げる」に成功しました。》
《経験値を得られませんでした。》
《420円を獲得。》
《「ポーショングミ」を手に入れた!》
《214円を落としてしまった!》
俺は手の中に現れたグミを口に放り込む。
「……いや、稼げたのはいいけど、これだと前に進めないな」
前に進もうとすれば、スライムを全滅させなければならない。
スライムを全滅させれば、経験値が入ってしまう。
ジレンマだ。
「スライム二体の経験値ならまだレベルは上がらないだろうが……」
それでも、倒し続ければすぐに上がる。
「ここで稼げるだけ稼いで他のダンジョンに行くか? いや……」
ダンジョンの入口でしか稼げないのは、いくらなんでも効率が悪すぎる。
それに、入口付近でこんな不審なことをしてたら目立つよな。
このダンジョンは人が来ないからいいとしても、そこそこ人のいるダンジョンでこんなことをやってたら、秘密がバレないとも限らない。
先のことまで考えれば、前に進む必要がいずれは出る。
俺はしばし考え、
「よし、決定から逃げよう」
一度レベルを上げてしまえば、あとから下げる手段はない。
レベルを上げるにしても、基本能力値の低い俺はSPを稼いでスキルを取り、能力値にボーナスをつけないことには戦えない。
いずれにせよSP稼ぎが必要なら、まずはここで稼いでおくべきだ。
レベルを上げてでも奥に進むか、それとも他のダンジョンに移動してそこでも入口で稼ぎを続けるか。
それは、ある程度戦力が整ってから判断すればいい。
……と、えらそうに言ったが、「そのうちいい案が思いつくだろう」という逃げである。
なんなら、「逃げる」のS.Lvが上がるまで粘ってもいいかもな。
さいわい、この雑木林ダンジョンでは、昨日も今日も出入りする探索者を見ていない。
アクセスがいいわけでもない、スライムしか出ないDランクダンジョンなんて、見向きするやつはいないのだ。
一度そうと決まれば、やることは単純だ。
「SPを……稼ぐ!」
20分で102。
Skill──────────────────
HP強化1
HPを120高める。
────────────────────
まずは安全を買うためにこのスキル。
さらに20分後に、
Skill──────────────────
MP回復速度アップ1
MPの自然回復速度を(S.LV×10)%向上させる。
────────────────────
これで稼ぎのインターバルが一割短縮される。
今度は18分で、
Skill──────────────────
MP強化1
MPを120高める。
────────────────────
MPの自然回復速度は最大MPにも依存する。
これで「ファイアアロー」分のMPを回復するのにほとんど休みがいらなくなった。
15分。
Skill──────────────────
簡易鑑定
対象の名前とレベルを見ることができる。
────────────────────
やっぱりこれは必要だろう。
簡易じゃない正式な「鑑定」は必要SPが10000とべらぼうに高いが、簡易版のほうは100で済む。
ただし、このスキルには能力値ボーナスが付いてない。
それから15分ずつかけて、
Skill──────────────────
防御力強化1
防御力を120高める。
────────────────────
Skill──────────────────
身体能力強化1
攻撃力と防御力を60ずつ高める。
────────────────────
Skill──────────────────
精神力強化1
精神力を120高める。
────────────────────
Skill──────────────────
幸運強化1
幸運を120高める。
────────────────────
Skill──────────────────
回避アップ1
回避が発生しやすくなる。
────────────────────
Skill──────────────────
敏捷強化1
敏捷を120高める。
────────────────────
と、スキルで能力値を補強する。
他の属性の魔法や武器スキルなんかは後回しでいいだろう。
どうせこのダンジョンにはスライム系しか出ないからな。
で、ステータスはどうなったというと……
「ステータスオープン」
Status──────────────────
蔵式悠人
レベル 1
HP 103/103
MP 174/174
攻撃力 34
防御力 85
魔 力 155
精神力 184
敏 捷 609
幸 運 865
・固有スキル
逃げる S.Lv1
・取得スキル
火魔法1 MP回復速度アップ1 MP強化1 簡易鑑定 防御力強化1 身体能力強化1 精神力強化1 幸運強化1 回避アップ1 敏捷強化1
・装備
防毒のイヤリング
旅人のマント
SP 7
────────────────────
「うん、見違えたな」
攻撃力が低いのは、魔法で戦うからと割り切ろう。
防御力の85は、他とくらべれば低いが、それでも基本能力値が10の探索者に換算してレベル8相当の値である。
せっかく「防御力強化」を取得しても「逃げる」のマイナス補正(-60%)で上昇分を削られるのが悲しいところだ。
しかし逆に、+200%、+400%もの補正がかかる敏捷と幸運の値は既にインフレの兆しがある。
幸運回避のおかげで、スライムの攻撃がさっきからほとんど当たってない。
ドロップアイテムのポーショングミも余る一方だ。
幸運のおかげか、ドロップ率も目に見えて高いしな。
金のほうは、まったくといっていいほど貯まらない。
もちろん、「逃げる」たびに所持金の50%前後を落とすという仕様のせいだ。
余ったグミを売って金にするしかないな……。
「今日はこんなとこにしとくか?」
入口から先に進めないという問題が未解決だが、十分な成果はあっただろう。
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