04 あれ
アクションRPGなんかでよくあるよな。
バトルエリアの外側に向かって走っていると、「ESCAPING!」なんて文字が出て、ゲージが貯まると逃げられるやつ。
ふざけたことに、俺の固有スキル「逃げる」は、あれを忠実に再現した仕様らしい。
「ふ、ざ、けん、なよおおおおおっ!」
それでも、走るしかない。
ゲームの仕様と同じなら、逃げる動作をやめたらゲージがリセットされるおそれがある。
そうなったら最初からやり直し。
魔法でこのスライムを仕留めきれない以上、やり直しはほぼ確実に死を意味する。
――でも、これで逃げ切れるのか!?
秒針は20を示している。
残り20秒。
スライムが真後ろに迫る中で、20秒、逃げ続ける必要がある。
――こんなことなら、魔法五発に賭けたほうがマシだったか!?
だが、今から「逃げる」をやめて魔法を撃つというのはありえない。
最初から魔法を撃っていればともかく、もう距離が縮まった状態で魔法を撃ち始めたのでは間に合わない。
このまま「逃げる」を続けても死ぬ可能性は高いが、だからといって「逃げる」のをやめたらより危険な状況に陥ってしまう。
「くっそがあああああっ!」
必死の形相で叫びながら、その場から動かずに走り続けるという俺の図は、はたから見ればシュールだろう。
でも、必死だ。
マジで、必死だ。
さいわい、ステータスが付与されたからか、もう十数秒ダッシュしてるにもかかわらず、息が上がる気配はない。
もうひとつ、俺には運のいいことがあった。
文字通り、運のいいことだ。
「うぉっ!?」
俺は突然、足首がかくんとなって体勢を崩した。
なにもないところで躓くという、ドジっ子も真っ青のアンラッキー。
……かと思いきや、体勢を崩した頭の横を、緑色の液がかすめて過ぎた。
俺の前にあるはずの透明な壁を、毒々しい液は邪魔されることなく通り過ぎる。
液がダンジョンの床に散らばって、嫌な発泡音を立てて蒸発する。
これがスライムの溶解液か!
こんなのをまともに浴びてたらと思うとぞっとする。
俺にしては運のいい展開だな、と思ったところで思い出す。
「幸運」の数値が高いと、偶然による回避が発生しやすいと。
wikiでは、敏捷による回避と区別して、「幸運回避」と呼ばれていた。
「運がよければ当たらないってことか……!」
残りは16……15秒。
そのあいだに何回攻撃が来て、そのうちの何回を避けられるのか?
確率は低そうだが、完全に「詰んだ」わけではないってことだ!
「まだなのかよ!」
俺は焦るが、逃げタイマーの秒針は憎らしいほどに一定のペースでしか進まない。
正確に残り12秒だとわかってしまう。
12秒は12秒。俺がいくら焦ったところで短くはならない。
溶解液を外したスライムが、うしろでぶるぶると震えている。
なにかの予備動作か!? と思ったが、どうもただ震えてるだけだったらしい。
そういえば、知能が最低クラスのスライムは、なにもせずぼーっとしてることもあると書いてあった。
「なら、ずっとぼーっとしててくれよな!」
と、願ったのがいけなかったのだろう。
スライムはその場で跳ねて弾みをつけると、着地の反動を利用して俺の背中に飛びかかる。
「ぐあっ!」
見えない壁に向かって突き飛ばされ、俺は苦悶の声を漏らす。
このサイズ、この重さのゲルが全力でぶつかってきたんだ。
その衝撃は軽くない。
中学の頃に後ろから自転車にぶつかられたときのような衝撃だ。
HPがだいぶ持っていかれたんじゃないだろうか。
「あと5、4、3……」
スライムが再び飛びかかってくる。
が、俺の膝が笑ってかくんと折れ、スライムの体当たりは空を切る。
幸運回避だ!
「2、1……!」
透明な壁の圧力が消えた!
俺は勢い余って十メートルほどを走り続け、その先にあった白い光の渦――ダンジョンの出口に突っ込んだ。
「うがっ、ぐ、が、おお……おっ!」
雑木林を転がり、出っ張った木の根に躓いて転び、二回転半ほどでんぐり返しをして逆さになり、木の幹に背中からぶつかった。
逆さになったまま見上げると、雑木林の隙間の多い樹冠の上に、青い空が広がっていた。
「は、はは……」
笑えてくる。
本当に、笑えてくる。
また、このざまか。
今回もまた、逃げたのか。
笑いの次にこみ上げてきたのは、やり場のない激しい怒り。
「うがああああああ!!!! くっそおおおおおおおおおっっっ!!!!」
俺は空に向かってファイアアローを連発する。
十数発でMPが尽きて、激しい頭痛に襲われた。
それでも振り絞って無理やり続けようとするが、もう魔法を撃つことはできなかった。
「くそっ、くそう……」
落ち葉を握りしめ、俺は自分の惨めさにむせび泣いた。
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