03 ステータス! 固有スキル! ああくそ、やっぱりハズレだ!

 目の前に現れた半透明のウインドウに、食い入るように目を凝らす。



Status──────────────────

蔵式悠人

レベル 1

HP 7/7 

MP 14/14

攻撃力 4

防御力 3

魔 力 15

精神力 16

敏 捷 24

幸 運 15


・固有スキル

逃げる S.Lv1


SP 100

────────────────────

 


「う、む、む……?」


 wikiで見た知識に照らしてみるが……なんというか、解釈に困る。

 

 最初に気になったのはやっぱり、


「俺のHPと防御力低すぎ……!?」


 ということだ。

 ついでに、攻撃力も低い。

 

 ステータスの各能力値は、10が基準とされている。

 もし初期能力値が12を超えていれば優秀な部類。

 逆に、8以下だと低い部類だ。


「ま、魔力は高いよな?」


 攻撃力が低くても、魔力が高ければ、魔法特化といえなくもない。

 ただ、その場合でもHP7で防御力3はヤバそうなんだが。

 HPが高くて防御力が低いか、防御力が低くてHPが高いかだったらまだよかった。

 でも、両方とも低いとなると、相乗効果で敵からの被ダメがヤバいことにならないか?

 

「お、落ち着け、俺。まだダメと決まったわけじゃない」


 物理攻撃タイプか魔法タイプかは、比較的探索者ごとに分かれるところだと書いてあった。

 俺は極端な魔法型なのかもしれない。

 敏捷や幸運といった魔法にあまり関係のない能力値が無駄に高いのは気になるが。


 それに、俺が魔法型なのは想定内だ。

 ひきこもりの俺が肉弾戦特化だったら、そっちのほうが不自然だろう。

 ステータスは探索者の個性を色濃く反映すると言われているからな。

 

 不安材料は多々あるが、固有スキルがあったのはよかったと言っていい……はずだ。


 固有スキルの持ち主は十人に一人と書いてあったからな。


 固有スキルがあっただけでも運がいいと言っていい。

 

 でも、固有スキルは、能力値以上に探索者の個性を反映するという。

 

 つまりそれって……



「ぐぬぬ……俺は『逃げる』のがお似合いだと、そういうことかよ」



 しかし、「逃げる」ってだけじゃスキルの詳細がわからないな。

 

 どうしたものかと悩んでると、半透明のウィンドウの奥で何かが光った。

 

 光沢のない、鈍い光。

 光の輪郭は丸くて……そうだな、「人をダメにするソファ」みたいな大きさだ。

 弾力のあるそれが、弾みながらゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

 よく見ると、そのすぐ後ろにも同じものがもうひとつ。

 


「スライムじゃねえか!」



 ヤバい! こっちはレベル1で武器もなく、攻撃力はわずか4。

 いや、それ以前に、HP7&防御力3の、ぺらっぺらの紙装甲だ。

 相手が低レベルのスライムであっても、ワンパンでやられる可能性も十分にある。

 

 ……なんでダンジョンに来るのに武器や防具を持ってこなかったのかって?

 ヒャッハー、ダンジョンキターーー!の勢いでやってきたから準備するのを忘れてたんだよ!

 馬鹿だな俺!?

 攻略情報は徹夜で調べたくせに、まだどっかゲーム感覚だったのか!?

 


「そ、そうだ! 魔法を覚えよう!」



 もともと、魔法型だったら魔法スキルを取得する予定だった。

 このダンジョンがスライムばかりなことはwikiで調べてわかってる。

 スライムに効果的なのは火属性の魔法だ。

 ステータス付与時に得られる初期SPで必要なスキルが取得できることは確認済みだ。



《チュートリアル:スキルの取得は、口頭でのコマンドか、「Dungeons Go Pro」の専用画面で行えます。》



 本当はアプリのほうで確認したかったが、今はとにかく時間がない。


「スキル取得:『火魔法』だ!」



《SP100を消費して「火魔法」を取得します。よろしいですか?》



「よろしいよろしい! 早くしてくれ!」


 

《スキル「火魔法」を取得しました。》



「使い方は自然にわかるって話だったが……ああ、ほんとだ!」


 スキル「火魔法」でできることが頭に浮かぶ。

 知識が流れ込むというよりは、最初からそれを知ってたような感じだな。

 

 俺は身体を弾ませて迫るスライムに向けて両手をかざす。

 数秒間集中してイメージをかたどると、手の先に燃え盛る炎の矢が生まれていた。


「くらえ、ファイアアロー!」


 俺の放った炎の矢が、狙いたがわずスライムに命中する。

 

 ぷぎょお、というようなスライムの悲鳴。

 ゲル状の身体の表面が炎に炙られ蒸発した。

 

 が、決定打にはなってない。

 

 というか、まだ全然余裕そうだ。

 

 攻撃されたことで怒ったのか、さっきよりも激しく弾みながら、俺のほうに迫ってくる。

 

「くそっ…………ファイアアロー!」


 二度目のファイアアローを放つ俺。

 先頭のスライムに命中するが……まだ足りない。

 ゲルの体積がHPに比例するなら、あと四、五発は必要だろう。


「……ファイアアロー! ……ファイアアロー! ……ファイアアロー! ……ファイアアロー!」


 ああ、数秒の集中時間が焦れったい!

 スライムの動きは遅いが、それでも着実に近づいてくる。


「ファイアアロー! やったか!?」


 五発目のファイアアローが突き刺さり、先頭のスライムが蒸発、半透明の核だけがダンジョンの床に転がった。

 その核も風化するように消え、あとには虹色に輝くコインが残された。

 マナコインと呼ばれるそれは、光になって俺のスマホへと吸い込まれる。

 

 しかしそのあいだに、もう一体のスライムが迫ってる。

 もう二、三回跳ねたら俺に届く。


 ――どうすりゃいい!?

 

 MPにはまだ余裕がある。

 ファイアアロー五発で倒せるはずだ。

 

 だが、その前に、スライムの攻撃を食らうはめになるだろう。

 wikiには「スライムの溶解液は見た目に反して痛い」と書かれてたが、単なる体当たりであっても、HP7&防御力3の俺には致命傷になりかねない。

 

 俺の頭に絶望がよぎる。

 

 たかがスライム、それも二体だけ。

 

 そんな相手に絶望する自分に絶望する。

 

 なにが、ダンジョンならワンチャン狙える、だ!

 

 これまでの人生で負け続け、逃げ続けてきた人間が、ダンジョンなら勝てるなんて、考えが甘いにもほどがある!

 

 結局、思い通りにならない人生に、ダンジョンという風穴がいきなり空いて、舞い上がっていただけじゃないか。

 ひきこもりという境涯に逃げ込んだ男は、今度はその境涯からダンジョンへと逃げ込んだ。

 

 逃げた先で、逃げて。

 その先でもまた逃げて。

 

 逃げてばかりの人生だった。

 

 その人生も、これで終わりだ。

 

 もうこれ以上逃げ場はないのだから。

 

 

 

 

 ……って、待てよ。




「そ、そうだ! こいつだ! 『逃げる』!」



 俺は固有スキルのことを思い出す。

 スライムを前に詳しい情報を調べる時間はないが、シンプル極まりないスキル名だ。

 使い方もシンプルであることを祈るしかない。


「くそっ! 逃げればいいんだろ!」


 俺はスライムに背を向け、後ろに向かって駆け出した。

 

 俺の逃げ足は、思った以上に速かった。

 

 どうも敏捷の高さが働いてるらしい。

 

 が、十メートルほどを逃げたところで、俺はいきなり前に進めなくなった。

 

 半透明の何かが俺の前にあって、俺を後ろに押し留める――そうとしか考えられない現象だ。

 

 混乱する俺の鼻先に、今度は半透明のアナログ時計が現れた。

 

 針が一本しかない金の時計。

 チクタクと動くタイプではなく、連続で滑らかに動くタイプの秒針だ。

 その秒針が指してるのは――23。

 

 

「ま、さ、か……」

 

 

 「逃げる」って……そういうことなのか!?

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