01 壊れた世界、新たな日常
逃げてばかりの人生だった。
その行き着いた先は、ひきこもり。
俺は現実から――世界から逃げたんだ。
しかしある日、世界が壊れた。
珍しく父が早く帰宅し、両親と俺で気まずい食卓を囲んでると、
「ねえ、悠人。ずっと家にいるくらいなら、ダンジョンにでも行ってきたら?」
母がいきなりそんなことを言い出した。
俺は含んでいた味噌汁を吹きそうになった。
……だんじょん?
だんじょんって、ダンジョンのことか?
RPGとかでよくある?
なんでゲームをしない母の口からいきなりそんな単語が出てくるんだ?
もしかして、遠回しな嫌味だろうか?
たとえば、ダンジョンと呼ばれる新宿駅に行って就職活動をしてこい、とか、おまえみたいな穀潰しはダンジョンのような青木ヶ原樹海に行って首でも吊れ、とか、そういったような。
……いや、いくら堪忍袋の尾が切れたとしても、さすがにそんなことは言わないだろうと思うのだが。
返事に窮した俺は、母の隣に座る父へと目を向ける。
ところが、
「いいじゃないか。運動にもなるしな。それに、ダンジョン探索は男のロマンだぞ?」
父までもが、あっけらかんとそんなことを言ってくる。
「…………は?」
としか言えない俺。
「は、とはなんだ。まさか、ダンジョンのことを知らないわけじゃないだろう」
「い、いや、ダンジョンって、ダンジョンのことか?」
「他にどんなダンジョンがあるんだ?」
父はそう言って、リビングのテレビに目を向けた。
ちょうどテレビでは、報道特番をやっている。
画面の右上には、
『増え続けるダンジョン。Withダンジョンの時代をどう生きる?』
そんな狂った見出しが踊っていた。
「はぁ?」
呆然とする俺を尻目に、番組は進む。
インタビュアーが、街行く人々にマイクを向ける。
Q:相次ぐダンジョン災害についてどう思いますか?
A:いやあ、大変だけど、もう慣れっこだよ。
と答えたのは、五十代くらいの気さくそうな中年男性。
A:怖いです。でも、避難するしかできないし……
今度は二十代女性がそう答える。
A:政府は何やってんだ! 早く抜本的な対策を!
気負いこんでそう答えたのは、赤ら顔の新橋のサラリーマンだ。
カメラはスタジオに戻って、キャスターがダンジョン研究者を名乗る人物にあれこれと質問を投げかける。
「……ウソだろ?」
あ然として、ぽろっと箸を落としてしまう。
「まさか、本当に知らなかったのか?」
呆れ顔で聞いてくる父に、
「ご、ごめん! ごちそうさま!」
俺は母に言って、家の階段を駆けのぼる。
自室に入って、つけっぱなしだったパソコンで「ダンジョン」と検索。
おそろしいほどの件数がヒットした。
大掛かりな冗談か、新商品のキャンペーンか?
最初はそう疑ったが、大手報道機関までもがダンジョンについての真面目くさった記事を量産してる。
いや、「真面目くさっ」てるんじゃない。
本当に、100%真面目に、ダンジョンについて報道していた。
掲示板も、SNSも。
ダンジョンについての書き込みがあるだけじゃない。
現代日本にダンジョンがあることを自明の前提とした無数の書き込みが溢れている。
こうなっては、認めるしかない。
――いまや、世界にダンジョンが存在するのは
世の中の日常は、俺が知らない間に「日常withダンジョン」へとありえない変貌を遂げていた。
「は、ははっ……」
俺の口から乾いた声が漏れる。
社会から、現実から逃げて、居場所を失って。
俺はこのまま死ぬしかないと思っていた。
それなのに、
「神様も、粋なはからいをしてくれるじゃねえか……!」
思わず俺は両手を組み、神に感謝の祈りを捧げていた。
神なんて信じたこともなかったのに現金なもんだ。
「俺、明日からダンジョンに潜る!」
そう宣言した俺に、両親が泣いて喜んだのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます