ハズレスキル「逃げる」で俺は極限低レベルのまま最強を目指す ~経験値抑制&レベル1でスキルポイントが死ぬほどインフレ、スキルが取り放題になった件~【書籍&コミックス発売中!】

天宮暁

第一章「覚醒」

プロローグ

「いた」


 俺はダンジョンの奥に捉えた気配に向かって「簡易鑑定」を使う。


────────────────────

トレジャーホビット Lv21

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 wikiにあった通りだな。

 「簡易鑑定」ではレベルしか見えないが、基本的な情報は頭に叩き込んできた。

 

 大事なのは、「トレジャーホビットLv21」の撃破時獲得SPが11だということ。

 このレベル帯のモンスターの中では頭一つ抜けている。

 

 しかも、レベル1の俺とは20ものレベル差があるから、獲得SPにはボーナス補正がつく。

 その補正倍率は……なんと3倍。

 一体倒すだけで、33ものSPが手に入る。


 今の俺にとって「美味おいしい」獲物だってことだ。

 

 でも、ここはCランクダンジョン。

 決してうまい話ばかりじゃない。

 

 金色のずた袋を担いだ小人の左右を固めるように、岩でできた巨大なゴーレムが二体、立っている。


 「ロックゴーレム Lv23」。


 岩石でできた身体は見た目通りにタフで頑丈。

 HPも高ければ防御力も高く、さらには攻撃力も侮れない。

 そのくせ、撃破時にもらえるSPは5。

 俺にとっては「不味まずい」敵だ。

 

 しかし、そこまでは情報通り。

 作戦を変える必要はない。

 

「さあ、いくぜ」


 俺はつぶやき、予定通りにスキルを発動する。

 


Skill──────────────────

古式詠唱1

特殊な呪文を唱えることで、(50-S.Lv×10)%詠唱時間が伸びる代わりに魔法の威力が2倍になる。

────────────────────

Skill──────────────────

強撃魔法1

消費MPが(S.Lv×10)%増える代わりに魔法の威力が(S.Lv×15)%上がり、ノックバックが発生する。

────────────────────

Skill──────────────────

先制攻撃1

こちらに気づいていない敵に対する与ダメージが(S.Lv×20)%増加する。

────────────────────

Skill──────────────────

先手必勝1

ファーストアタックの与ダメージが(S.Lv×20)%増加する。

────────────────────

Skill──────────────────

先陣の心得1

戦闘開始後(S.Lv×10)秒間与ダメージが1.5倍になる。効果時間経過後、(S.Lv×10)秒間与ダメージが2/3になる。

────────────────────

 


 これから発動する魔法の威力は、

 

 ×2×1.15×1.2×1.2×1.5。

 

 実に4.968倍にもなる計算だ。



「増し増し増し増し増し増し増し――フレイムランス!」



 カッ! と赤熱した炎の槍が、トレジャーホビットへと放たれる。

 槍はトレホビの小さな胴に着弾、爆裂する。

 的が小さいから当たるかどうか不安だったが、高い幸運値のおかげか、無事標的に命中した。

 トレホビは悲鳴を上げるいとますら無く灰と化し、風に紛れるようにかき消えた。

 

「よしっ!」


 俺はガッツポーズを取ると、即座に反転し、敵から遠ざかる・・・・方へと走り出す。

 

 といっても、逃げ出したんじゃない。

 

 

 ただ、敵に背を向けて全力疾走してるだけだ。

 

 

 ……いや、悪い。

 

 今のは冗談だ。

 

 正真正銘、俺は全力で「逃げ」ている。


 敵に背を向け、なりふり構わず、武器を収めて両手を振って、全身全霊で「逃げ」ている。

 

 いきなり仲間が消し炭と化したことで、残るロックゴーレム二体が遅ればせながら俺に向かって動き出す。

 

 ――が、次の瞬間、二体のロックゴーレムは足を滑らせ転倒した。

 

 その原因は、ダンジョンの床を白く覆った氷の膜だ。

 フレイムランスを放ってから着弾するまでのあいだに、俺は「氷床ひょうしょう」の忍術を使っていた。

 名前の通り、地面を薄い氷で覆うだけの初歩的な術だ。

 重量のあるロックゴーレムは、敏捷の低さもあいまって、氷の床で見事にすっ転んでくれた。

 知能も低いので、起き上がってはまたコケる。

 

 そのあいだにも、俺は全力で「逃げ」ている。

 

 俺の現在の敏捷をもってすれば、十メートルは一瞬だ。

 だが、敵の初期位置から十メートルまで「逃げ」たところで、俺は透明な壁に行く手を阻まれた。

 走っても走っても前に進まない。

 壁というより、見えないバリアで押し返されているような感じだな。

 

 同時に、俺の視界の真ん中に、半透明のアナログ時計が浮かび上がる。

 「逃げタイマー」と呼んでるそれは、俺を焦らすようにじわじわと、しかし着実に針を進めていく。

 

「う、お、おおお……!」


 俺は全力で「逃げ」続ける。

 

 背後でロックゴーレムが起き上がるのがわかったが、「逃げ」ているあいだは他の行動が一切取れない。

 氷の床を重量でぶち抜きながら俺に迫ってくるロックゴーレム。

 最低限のHPは確保してきたが、あんなデカブツの一撃を無防備な背中に食らいたくはない。

 

 永遠のように感じられる時間が過ぎた。

 永遠のように、といったが、正確に25秒だということはわかってる。

 「氷床」による足止めと、ロックゴーレムの鈍重さ。

 いずれが欠けても、痛い一撃を食らっていたことだろう。

 

 だが、俺は「逃げ」切った。

 

 逃げタイマーの針が0を指した瞬間、見えない壁が消滅した。

 勢い余って数歩走ってから振り返ると、俺はロックゴーレムから二十メートルくらい離れた場所にいた。

 ロックゴーレムは、まるで何事もなかったかのように、元の位置へと戻ってる。

 そればかりか、倒したはずのトレジャーホビットすら、最初の位置に「復活」してる。

 

 

 

《「逃げる」に成功しました。》


《経験値を得られませんでした。》


《SPを33獲得。》


《6930円を獲得。》


《3326円を落としてしまった!》




「……ふう。うまくいったか」



 美味しい敵だけを倒し、不味い敵は残して「逃げる」。

 

 これが、俺の編み出した最強効率のSP稼ぎだ。

 

 「逃げる」というハズレスキルを授かったときには神を呪ったが、今では大いに感謝している。

 

 この稼ぎが使えるのは世界でも俺だけかもしれないんだからな。

 

 

「さあ、先は長いぞ」


 といっても、あとは今のパターンをひたすら繰り返すだけだ。

 

 トレホビが一撃確殺で、ロックゴーレムへの足止めも成功。

 この条件が満たせるなら、危険はほとんどないと言っていい。

 

 残るは根気の問題だけだ。

 

 

 

 俺は、さらに「逃げ」続ける。

 

 それはもう、嫌というほど「逃げ」続ける。




《残りSPが10000を超えました。新たなスキルが取得可能です。》




「いよっしゃあああああ!」


 さっそくステータスを開いてみると、



Status──────────────────

蔵式悠人

レベル 1

HP 743/743

MP 574/574

攻撃力 264

防御力 159

魔 力 1715

精神力 1144

敏 捷 2679

幸 運 5865


・固有スキル

逃げる S.Lv1


・取得スキル

火魔法2 魔力強化1 HP強化1 MP回復速度アップ1 MP強化1 簡易鑑定 防御力強化1 身体能力強化1 精神力強化1 幸運強化1 回避アップ1 敏捷強化1 麻痺耐性1 石化耐性1 即死耐性1 睡眠耐性1 先制攻撃1 先手必勝1 雷魔法1 風魔法1 水魔法1 氷魔法1 強撃魔法1 古式詠唱1 魔法クリティカル1 索敵1 隠密1 忍術1 ノックアウト サバイブ 追い払う 自己再生1 毒噴射1 分裂1


・装備

防毒のイヤリング

旅人のマント


SP 10011

────────────────────



「よぉぉぉぉぉし!」



 待ちに待った、SP10000。

 いろんなスキルの取得や強化を後回しにして貯めた貴重なポイントだ。

 

 このポイントを何に使うのかは、当然ながら決めてある。

 

 俺はスマホのアプリを開き、取得可能スキル一覧から目当てのスキルを選択する。

 


《スキル「鑑定」を取得しました。》



「やったぜ!」


 

 さすがに10000は長かったな。

 オンラインゲームで心を虚無にしてレベリングする修行を積んでなかったら、きっと耐えられなかっただろう。

 

 

 俺は、たしかに敵からは「逃げた」。

 

 ああ、「逃げ」たさ。

 「逃げ」まくったさ。

 

 でも、この苦行じみた稼ぎからは逃げなかった。

 

 おめでとう、俺!

 がんばったな、俺!!

 

 今日は近所のスーパーで特上の肉でも買って帰ろうか。

 

 

 

 …………え? さっきから、おまえが何を言ってるかわからないって?

 

 

 

 たしかにな。

 ダンジョンが日常と化したこの狂った現代においても、今の俺のステータスは規格外だ。

 

 普通だったら、「鑑定」取得に必要な10000ものSPを貯める頃には、レベルもかなり上がってる。

 上のレベル帯で戦うには他のスキルも必要だから、「鑑定」のためだけにSPを取っておくのも難しい。

 「鑑定」を取れるのは、SPに余裕のできた高レベルの探索者か、戦闘能力をパーティの他のメンバーに依存した「鑑定」専門の探索者くらいだろう。


 

 レベル1のまま、SP10000を半日で稼ぐ。


 

 ダンジョン探索の常識がひっくり返るような大発見だ。

 

 

 でも、この稼ぎは、今のところたぶん俺にしか使えない。

 

 

 さて、もったいぶるのはいい加減にして、俺がこの稼ぎを見つけた経緯を語らせてもらおうか――

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