清水の舞台から飛び降りるなんて生ぬるい

ちびまるフォイ

リスクと計算

男は崖の上から底を覗き込んでいた。

崖のそばには立て看板が刺さっている。


『落下した高さに応じたお金が生まれる不思議な崖(※先着1名)』


数十メートル落ちたらどれだけのお金が手に入るか。

男はこの崖から大金を持ち帰った人を知ってここへ来た。


「改めて見ると……これ高いなぁ……」


周囲には霧が立ち込めていてよくは見えない。

崖下に石ころを投げてみても音が聞こえない。


落ちて助かるのか、それとも死ぬのか。


ゆっくりゆっくり崖をつたっておりてもお金は出てこない。

あくまでも落下しないといけないのが曲者だ。

聞いた話ではバンジーのように命綱をつけるのもダメらしい。


「どうしよう……これいけるか……?」


尻込みすること数時間。

男は決心した。


「よし、ここまで来たんだ。

 どうせ挑戦せずに戻っても死んだような日々。

 ここで一攫千金を手に入れて、生まれ変わってやる!」


崖へ向かって一歩、一歩と踏み出していく。

びゅうと風が吹いて立ち込めていた霧が一瞬だけ晴れた。


男は霧に覆われて見えていなかった道に気づいた。


「こんな道があったのか」


男は思い立ったように他の道へと進んだ。

道は徐々に坂道になり、別の崖へとたどり着いた。


空気の薄さからも明らかに前より高い崖であることはわかった。


崖下を覗き込んでみる。

濃い霧でやっぱり何も見えない。


「どうしよう、さっきの崖に戻ろうか。

 こっちの崖でチャレンジしてみるか……」


低めの崖を選んで多少なりとも生き残る可能性を上げるか。

高い崖を選んで危険は伴うが大金を得るか。


どちらの崖であっても、生きて帰れる保証はない。


「ああ、俺はどうすればいいんだ……」


男が頭をかかえていると、霧の向こうから砂利を踏みしめる音が聞こえる。

霧の中から別の挑戦者がやってきた。


「こんにちは」

「あ、こ、こんにちは」


男は不意をつかれて噛んでしまった。


「あなたもこのお金のなる崖へ挑戦に?」


「ええそうです。あなたも?」


「はい。僕はあっちの崖から飛び降りましてね。

 落ちたぶんの高度に見合ったお金をもらえたんです。

 今度はちょっと高いこっちに挑戦してみようかなって」


「生きて帰れたんですか!?」

「ええまあ」


別の挑戦者は男が最初に尻込みしていた崖を経験していた。

あの崖から飛び降りれば生還できるのだろう。


といっても崖から得られるお金は先着1名。

いまさら前の崖に戻っても何も得られないだろう。


「崖から落ちた経験者としてどうですか?

 こっちの高い崖は生きて帰れそうですか?」


「うーーん、どうでしょうね。正直わかりません」


「そう、ですか」


挑戦者は崖の下を覗き込みながらなにかチェックしている。


「前の崖の経験から、なにかアドバイスありますか?

 こういうふうに着地すれば助かりやすいとか」


男が質問したものの今度は返答がない。

振り返ると、すでに崖の上からは挑戦者が消えていた。


「ま、まさか! 飛び降りたのか!?」


きっとこの崖も問題ないと目利きしたに違いない。

崖のお金は先着1名。先を越されたら元も子もない。


「ああちくしょう! やるしかない!!」


男は挑戦者の背中を追うようにして崖から飛び降りた。

耳にはびゅうびゅうと風を切る音だけが聞こえる。


「いた!!」


男は先に飛び降りた挑戦者の姿を目で捉えた。

落ちる速度は男のほうがずっと早い。


「先に金を得ようだなんてそうはさせないぞ!!」


男は空中で挑戦者を抜き去った。

誰よりも早く崖下へとまっしぐら。


落ちていく先でキラリと光るものが見えた。


「金だ!! 本当に金がある!!」


男の落ちるほどに金はどんどん生まれている。

地面に近づくほど、増えていく金が視界いっぱいに広がってゆく。


「か、金だーー!」


男は崖の底へにある金に向かってダイブした。

猛スピードで落ちた落下の衝撃で体は粉々になってしまった。


崖の底で血の花を咲かせたのを見た挑戦者はつぶやいた。



「アドバイスは、金だけしか考えられない奴はどんな高さでも死ぬってことですかね」


挑戦者は落ちきる前に、壁へ金具を打ち付けてブレーキをかけていた。


崖に降りた挑戦者はふたりぶんの金を手に入れるとどこかへ去ってしまった。

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