二節:殺人事件と犯人 4

煽ってはみたが流石に音声証拠だけでは相手をねじ伏せられる訳が無く、少しだけ顔を歪ませた王様は僕を説き伏せる為に口を開く。



「その奇怪な異世界の道具が録音の魔導具と同様の物だとして、録音の内容が偽造では無いと言い切る事は不可能だ。貴様が無罪だとする材料の一つにはなれど、決め手には欠ける 」


「あー、認識の違いがありましたね。前提として、僕はあんたら異世界の人間に何を思われ言われようが心底ので無罪を証明する気はないです。が、あんたにやられた事が不快だから足を引っ張りたい 」


「貴様、黙って聞いていれば王に不敬な物言いを!」


「だーかーらー!王だろうが騎士だろうが平民だろうが、僕からすれば全員変わらないんですよ。個人としてはまだしも、身分とかそこら辺の括りは何の意味も無いので 」



衛兵の一人が僕の口調を指摘して来たが、返した言葉の内容が彼にとって衝撃的過ぎたのは硬直して更に何か言い返す事はない。

そもそもの話、ここが異世界である以上どんな地位や権力を持っていようが僕からすれば知った事じゃない。

まぁ生活する上では形だけでも敬っといた方が過ごしやすいだろうけど、冤罪にされてまで敬う気など僕にはない。


この音声の使い方だが、確かに王様の言う通りこれを公開しても殺人事件の犯人が僕である事に対して疑惑が生まれるくらいで、権力と工作でいくらでも握り潰せる。


けれども、クラスメイト達が相手なら話は変わってくる。


この音声を聞けば少なからず王様や国に対して不信感を抱くだろうし、もしかしたら協力を拒み始めるかもしれない。

そうなれば王様からすれば相当厄介だろうし、足をちゃんと引っ張れるので万々歳だ。



「父上、一体どう言う事ですか?色々と出来過ぎているとは思いましたが、まさか異世界人に罪を被せるなど...」


「単純な話だ。侯爵を手助けした方が利があると判断したまで。もっとも、無能と称されていた異世界人は道化を演じていた様だが 」


「いやいや、勝手に侮辱されただけなんですが。それでどうします?場合によっては取引してもいいですよ?」



応じないだろうなぁと、たかを括っているが一応そう聞いてみる。


王様は僕の言葉に答えず、片手を上げて衛兵に指示を出した。

指示を受けた衛兵は武器を構え直し、少しずつ僕を捕縛する為に近寄ってくる。



「父上!」



僕の背後いた第二王子は叫ぶが、王様は指示を変える気はないらしく無言のままだ。



「ありゃりゃ。まぁ確かに、立場的に一度決定した事を簡単に覆す...それも殺人事件の犯人は別人でしたなんて今更言う訳にもいかないのは承知なんですけども、それにしては判断早すぎでは 」


「一瞬の油断が命取りになるのは身をもって経験している。なに、貴様がその手に持った物を差し出せば命は取らん 」


「でた、ストレート脅迫。言っときますけど、無策でこんな大胆な行動はしないですからね?...“ケン” 」



僕は空を指でなぞりながら、火を意味するルーン文字を刻む。

何かを燃やすときに便利な術式だが、今は火を起こすのでは無く『火の概念』で自分の周りの大気を満たす事だった。


さて話は遡るが、僕は侵入し隠れていた時間ずっと黙って話を聞いていた訳では無く、ちゃんと衛兵に囲まれた時のことも考えてこの部屋に多少の仕掛けを施していた。

その一つが、今僕が立っている場所を丁度円形に囲む様に設置した『火の概念に触れると小爆発を起こすお札』だ。


火の概念が僕の周りを満たし、大気が床に隠されたお札に触れる。


ドンッ!とちょっと大きめの音を立てて床が爆発し、僕を取り囲んでいた衛兵達は吹っ飛びはしないが足を掬われて全員体制を崩した。



「“イス” “ソーン” “ニイド” 」



その隙を見逃さず、即座に三つのルーン文字を再び指でなぞって空中に刻む。

氷を意味する文字で少し氷漬けにし衛兵の装備と床をくっつけ、遅延や停滞を意味する文字を使い、氷に拘束の呪いを付与しその場から動けない様にがっちりと固定した。



「そんな短い術式が!?」


「異世界の魔術...。貴様は何故、我が衛兵を片手間にあしらう力を有しながら正体を秘匿し、更には甘んじて侮蔑を受けながら日々を送った?」


「なんか勘違いしてますけど、コレは仕込みありきの賜物ですから。正体を隠してたのは昔からの癖とアンタらが信用出来ないから。侮蔑に関しては別に興味ないからです 」


「...そうか。異界の魔術師よ、私が判断を誤り貴様との関係性が悪い方向に向いた事は確かに悪手だったかもしれん。しかし、今は罪に関わらず貴様を捕縛する事が我が国の力になると判断させて貰おうか 」


「うーん。取引もクソもないなこれ 」



王様の絶対お前を捕まえる宣言に思わずボヤいた時だった。

玉座の間の入り口が勢いよく開き、外から大量の衛兵を引き連れた人物が部屋の中へと入ってきた。


---


「陛下!ご無事ですか! 」



扉を勢いよく開け、私は飛び込む様な形で兵を引き連れ中へと入りました。

そして私が目にしたのは、ご無事な様子の陛下と殿下...そして氷漬けにされて動けずにもがいている衛兵と、恐らくその魔術を行使したと見られるモロボシ様の姿でした。

何故彼が魔術を行使しているのか、そもそも何故この場に彼が居るのかなど疑問は尽きないけれど、そんなものは頭の隅に追いやって警戒を強める。



「殿下、状況のご説明をお願い致します。彼は...外敵でしょうか?」


「いや、違う、違うんだが...」


「丁度いい。ローゼリア、この者を捕らえ、異界の魔術の術式を解明せよ 」


「お待ちください!そもそも、彼は殺人事件の重要参考人として捜索命令が先に出ていた筈です。まずはそちらを優先して...」


「これは王命だ。この者を捕縛する事は、今後のリティシアに影響を与える 」


「...承知しました 」



宮廷魔術師と言えど王命であれば私に逆らう事など出来ない。

モロボシ様には申し訳ないですが、私に出来る事は精々怪我を負わせない様に手加減をし、早急に彼を捕縛する事だった。



「ローゼリアさん、助けて頂けたりは 」


「申し訳ございません。どちらにせよ、ここまで大事になってしまった以上難しいかと 」


「ですよねー 」



彼が誰かを傷つける気が無いのは足元の衛兵達を見れば一目で分かりますし、向こうから仕掛けてくる気配もありません。

罪悪感に苛まれながら、私は魔術を行使する為の詠唱を口にする。



「“我が請うは神秘の雷。遍く理を統べる青き雷鳴を此処に。サンダーショック!”」



詠唱を一部省略し、最後の言葉を変えて手加減をした魔術を行使する。

空中に展開された私の魔方陣は輝くながら回転し、神秘の青き雷を生み出し、標的であるモロボシ様に向かってそれは飛来する。


私の魔術を目の当たりにしてなお微動だにしない彼は、正面から魔術を受け、雷が穿つと同時に当たりが閃光に包まれ、この種類の魔術を行使した後に残る独特な香りが部屋中に充満した。



「...“雷鳥ptarmigan” 」


「なっ、私の魔術を鳥が受け止めた...?」



閃光が収まると、私の視界に入ってきたのは紙で作られた鳥に庇われ、魔術を無力化して平然とそこに佇むモロボシ様の姿でした。



「雷鳥は僕の世界で雷避けの信仰と結びつけられた鳥なんですよ。ま、その結びつけられた時期が割と新しいのでこんな限定的な使い方は珍しいんですけどね 」


「そんなものが...。いいえ、それよりも私に対する魔術を事前に準備していたと言う事は、最初から私と戦闘になる事は予見していたと?」


「予見ってよりか対策と言うか 」


「対策、ですか。先程報告を受け調べましたが、貴方は魔塔に侵入して私の金庫を物色しましたね?方法はこの際置いておきますが、霊脈の地図と勇者に関する情報を盗み出したと言う事はやはり...」


「はい。僕は出来るだけ早く元の世界に帰るつもりです。帰還の魔術式の組み立てるのに召喚の術式が必要だったので 」



言われてみれば当たり前だと思いました。

守護者である皆様は選択肢がなく、中には仕方なく私達に協力してこの世界で生活を送れる様に魔術と剣術の研鑽をする日々を過ごしていました。

しかし、理由は分かりませんが魔術を最初から扱えるモロボシ様ならば帰還方法を見つけると言うアプローチになるのは当然ですし、見つけられて困る側である私達に正体を明かさなかった事は至極当たり前の事でした。



「...陛下、私に彼を捕縛する事は手持ちの術式では不可能です 」


「ローゼリア。その発言が自分の首を絞めている事は自覚しての事か?」


「承知しております 」


「そうか。では異界の魔術師よ、我らに協力すると今誓うのならば全ての罪を不問とし、今まで以上の待遇を確約しよう。だが、ここを去ると言うならば追っ手を差し向け、貴様の目的が果たされる事を拒み続けよう 」


「そうですか。じゃ、さようなら 」



間髪入れず陛下の言葉にそう返したモロボシ様は、踵を返して扉へと歩き始めた。

私は武器を構え扉を塞ぐ衛兵を引かせ、彼が通れる様に道を開けた。



「...ありがとうございます。後でちゃんと部屋を見直して下さい 」



すれ違いざま、私にだけ聞こえる声量で私に対してそう呟いたモロボシ様に、私は謝罪する事すらも出来ずに後ろ姿を見送った。

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