二節:殺人事件と犯人 3
「父上、もしアオヤ・モロボシが捕縛された場合、処遇は私に一任して頂けないでしょうか 」
「それは難しい話だな。此度の一件は我がリティシアの威厳に関わる事例だ。例えお前が異世界召喚に関する責任者と言えど、国が関わる以上私の裁量で裁くまで 」
この国で最も尊い場所と言える玉座の間、そこに俺は父上と謁見する為に訪れ、今朝から王城を騒がせている事件に関する要望を伝えるが予想通り聞き入れてもらえない。
俺はこの人と会話するのが苦手だ。
第十四代リティシア国王レイナス・ワン・リティシア...歴代の王の誰よりも威厳とカリスマ性を兼ね備えている父上だが、息子である俺に対しても王として接するが故に幼い頃からその重圧が苦手で、今でも向かい合って会話すると息苦しく感じる。
「して、お前はアオヤ・モロボシを犯人だとは考えていないようだな 」
「恐れながら、宮廷魔術師のローゼリアから聞いた印象からこのような事件を起こすとは考え難く、行方を探す必要はあれど犯人と断定するのは如何かと 」
「だが専属の使用人が殺害された上で逃亡している。その状況が全てを示しているであろう 」
「しかし...」
確かにアオヤ・モロボシが姿を眩ませている以上、何かしら隠し事があるのだろうとは思える。
だが父上はまるで犯人が彼である事以外認めない様な態度を取り続けており、俺はそこが釈然としない。
(俺が来る前、グレーブ候が父上と謁見していた筈。やはりそちらが絡んでるか...)
思い当たるのはやはり政治的思惑。
トリン・グレーブ侯爵は王家派とは対をなす貴族派の筆頭貴族であり、異世界人召喚をリティシアを主導として行う事を反対していたのは記憶に新しい。
そんな方がわざわざ挨拶だけをしに父上に謁見をし、何も無くこの場を去るとは思えない。
何らかの取引ややり取りがあったと考える方が自然だ。
どうするべきか、そう考えるあぐねていると玉座の扉の方から走る足音が近づいてくるのが聞こえた。
「お話中失礼します、陛下に取り急ぎお伝えしたい事があり、このロイド無礼を承知で報告に参りました 」
「許す。入るがよい 」
主に王城の守備を務める衛兵隊、そのトップである衛兵長のロイド・カロテーナが少し険しい顔をしながら入室してきた。
本来な謁見中に割り込むなど非礼の極みだが、普段礼節を重んじる彼がそれを破ると言う事は何か大事があったのだろうか。
「ケイナス殿下におかれましても失礼致します。急を要する内容故、どうかご容赦を 」
「私は構わないが、そこまで大事なのか?」
「はい。陛下、遡る事五時間前に魔塔に侵入者が現れ、何人かの魔術師が昏睡させられているのが発見されました 」
「な、魔塔に侵入者だと!」
「ケイナス慌てるな。探知結界が張り巡らされているはずだが、まさか侵入に気付けなかったのか? 」
「探知結界による感知に異常は無く、配置されていた衛兵も人影すら見かけなかったとの事です。それに、発覚したのも偶然倉庫に行った魔術師が同僚が部屋の隅に押し込まれていたのを発見したのがきっかけだそうで 」
「ふむ。完全に魔術を無効化した上で侵入を許した訳か 」
話を聞いている限り俺には信じられない内容だった。
王城を含めリティシアの主要施設に施された侵入者探知用の結界は『檻の魔術師』と名高い宮廷魔術師の一人、マーサ殿の夥しい数術式によって構築された世界最高峰の探知結界だ。
よもやそれが無効化されるなど驚きが隠せない。
しかし大変な事件が起こった筈だが、父上は冷静に何か考え込んでいる様で私と比較して明らかに静かだった。
「侵入者の目的は分かっているか?」
「いえ、研究中の魔術式や魔導具は被害に遭ってないようでして今も被害状況を確認出来ておりません 」
「...そうか、ではローゼリアにこう伝えよ。お前の私室を隈なく調べよ、と 」
「承知致しました。ご無礼のほどもう一度お詫びいたします。それでは 」
言伝を受けたロイドはそう言うと一礼し、それを伝える為に部屋から出て行った。
王城内での殺人に加え魔塔への襲撃事件が同じ日に起こるなど、きっとこの国の歴史を遡っても類をみない大事だ。
しかし殺人はまだ分かるが、魔塔へ侵入した犯人の目的が術式や魔導具の強奪でない事に対する疑問が残る。
「父上、魔塔への侵入者の目的がお分かりなのですか?」
「術式や魔導具が目当てでないのは明白だが、金目の物が目当てならばわざわざ魔塔に侵入せず宝物庫を狙うだろう。であれば、侵入者の目的は魔塔にしか無い情報...地下の霊脈の地図だろう 」
「霊脈の地図、ですか。しかしその様な物を盗んでどうすると?確かに、その情報自体は国家機密ですが他国に有益かと言われれば疑問です 」
「そうだ。他国からすれば、霊脈の位置を知った所で得られる事など皆無だろう。だが、そうでない者達がいる 」
そうでない者達...最初に思いつくのは魔術師だが、そもそも王城地下に広がる霊脈は漏れ出すマナが濃く、魔術師一人で扱いきる事など不可能だ。
そう考えると、霊脈自体では無く地下自体に目的がある事になるが...
「まさか...」
「地下神殿に設置された異世界人召喚の術式、それが侵入者の目的であろう 」
「ですが、あれはもう術式として機能する事はない筈です。召喚に成功した事は既に他国にも知らされていて、術式を盗んだ所で使用する事が出来ない事も周知かと 」
「そうだな。だが、目当てが術式ではなく術式そのものに関する情報なら話は別だ。異世界人を召喚する魔術ならば、それに反する魔術のヒントくらいになると考えるのが自然だろうな 」
「待って下さい!つまり、父上は守護者の中に犯人がいるとお考えなのですか!ですが彼らに才はあれど今はまだ半人前。そんな技量で魔塔に侵入など...」
「犯人は守護者では無い。が、守護者でない異世界人がいるだろう 」
「アオヤ・モロボシだと?しかし彼には聖痕が無いと聞いております 」
「何事にも例外は存在する。守護者達ですら、自分らの世界に魔術が存在しないと思い込んでいる可能性もあるだろうな 」
余りにも突拍子な考えかもしれないが、確かに魔術が存在しない世界など存在すると思うか?と聞かれたら、私は否と答える。
だがそれだけではアオヤ・モロボシが犯人と断定し、守護者達の世界にも魔術存在したとは言い切れない...そう発言しようとした時だった。
「王様は随分頭の回転がお早いみたいで、聞いてて少し引きました 」
「...既に潜んでいたか 」
彼は突然姿を表した。
特徴的な上着を羽織り、何食わぬ顔で玉座と俺が立っている場所に気付けばそこに居た。
誰しもが目を疑い、父上を守る衛兵ですら一瞬体を硬直させたが直ぐに仕事を思い出し、父上を守る為に彼の周りを取り囲んだ。
「君はまさか...」
「今日散々話題にされてます諸星蒼夜。以後お見知り置きを 」
わざとらしく芝居じみた態度で一礼したアオヤ・モロボシは、自分を取り囲む衛兵を気にも留めず玉座に鎮座する父上を見上げた。
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やるべき事を急ピッチで終わらせた僕は二時間くらいに玉座の間に隠れ、王様と他の人の会話を堂々と盗み聞きしていた。
だから、第二王子がやってくる前に来ていた貴族の息子が僕の世話をしていた使用人さんに無理に迫った挙句勢い余って殺した事も、その罪を僕に被せる代わりに自分のスパイとして動く事を王様が提案した事も知っている。
殺人事件の真相は予想通りで、噂に聞いていた人物像なら全然やるだろうなと言うのが感想だった。
流石に僕がこの場にいたのは予想外だったみたいだけど、魔塔の侵入者が僕だと思い至れたのはちょっとビックリした。
(さて、こうして姿を現したのには理由があるんだけども...)
当たり前だけど、策と考えが無くこんな行動はしないしちゃんと目的もある。
ただ、目的に含まれる内容が簡単に達成出来そうなやつと割と頭を使うやつがあって厄介と言うだけだった。
それにしてもリアル王様とだけあって、滲み出るオーラと言うか雰囲気は明らかにこちらを呑み込む様なものを醸し出していて、慣れてなかったら間違いなくビビるくらいの威厳がある。
「異世界には魔術が存在しないと聞いていたが、貴様が例外か?」
「例外ってよりか、魔術自体が世界から淘汰されて表舞台から姿を消しただけですね。一般的には存在しない、けど確かにそこ存在するみたいな 」
やはり聖痕も刻印も無い僕はこの世界基準だとイレギュラーな様で、王様はそれ以上言葉は続けないけど半信半疑といった様子だった。
さて、このままお話タイムをするのも結構だけど部屋の外が結構騒がしくなって来たので、早い内に本題を切り出す事にする。
「さてさて、魔術も扱えて数ヶ月間コソコソしていた僕がこうして大胆な行動に出た訳ですが...当然心当たりありますよね?」
「さて、何のことか 」
「...間違いを正しに来ました。異世界に誘拐され、散々馬鹿にされた挙句の冤罪とかちょっと見過ごせないよなぁって 」
「使用人が殺害された件を言うならば、被害者が貴様付きの使用人であり、事件直後に部屋にいなかった時点で明白であろう 」
「甘いですねー。確かに、僕が本来の評判通りの『無能』で『穀潰し』ならこの世界では十分まかり通る理論なんでしょうけど、残念ながら異世界人には文明の利器がある訳で 」
そう言って見せつけるのはスマホ。
少し型落ちで安めに買えたコレだが、標準機能は十分だしスマホゲーもサクサク動くので文句は無い...じゃなくて、当たり前だがスマホにはデフォルトで録音機能が付いている。
指紋を読み込ませアプリを起動した僕は、音量をかなり上げてから録音データを再生する。
『此度の件、犯人をアオヤ・モロボシとする代わりにこちらの要求を呑んでもらおう。無論、拒否しても良いがその場合息子には然るべき処罰が下される事を忘れるなよ 』
大音量で流されるのは正に取引が行われている最中の王様の言葉。
玉座に隠れていた僕はちゃんと証拠としてスマホで会話を全部録音し、証拠として使えるように保存しておいた。
王様の顔が少しだけ歪んだのに気付いた僕は、煽る意味も込めて笑顔を向けてから一度停止ボタンを押した。
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