二節:殺人事件と犯人 2

流石に予想外だった。

いや、式神を使った情報収集で僕に対してあんまり良く無い思惑が働きそうだぁくらいには思っていたけど、まさか殺人事件の罪を被せられるとは思ってなかった。

運と偶然が重なってたまたま朝から部屋を開けていた僕は、認識阻害の術式を施した洋服を纏って身を潜めている。



(まぁ、結果的には良かったんだけど嵌められたのが癪だな...)



今日の目的は、魔塔と呼ばれる王城に併設された魔術の研究機関に侵入し霊脈の情報を入手する事だった。

プランはあったが、結果的に殺人事件で王城内が混乱していて見つかる筈の無い僕を探す人員に警備が割かれているおかげで、予定よりも簡単に入れそうになってはいた。

とは言え、流石に殺人事件の犯人などと言う濡れ衣を着せられてハイそうですか、とはならない。



(犯人の目星はついてるけど、馬鹿正直に投降した所で権力に捻り潰されるのがオチなんだよなぁ )



数ヶ月の間に、城内の感知結界は僕が通過しても反応しないよう術式を改竄しており、至る所に式神ばら撒いてあるので、記録から既に犯人の割り出しは終わっていた。

けど貴族制と言うシステムが存在するこの世界において、事実が権力に必ずしも勝るとは言えない。

何より犯人がかなりみたいで、余計に冤罪を晒し難いのがまた面倒だった。



(とは言え今がチャンスなのは明白だし、さっさと侵入するか )



真横にいる僕を探している衛兵を見送りながら、僕は歩いて魔塔のあるエリアまでやって来て入り口の辺りで足を止める。

魔塔には王城とは別の結界が複雑に入りみだる形で展開されており、王城の方の解析に手こずっていたのでまだこちらには手が付けられていなかった。

しかし、手こずっていたのは以前の僕だ。

幸い時間だけは沢山あったので地道に作業を続けれ、今ではこの世界の結界の魔術式なら片手間に解析し、術式自体を改竄する事が出来る様になっていた。


結界が展開されているギリギリのラインに近づき、ポケットから小石を取り出して適当に転がす。

生物や魔術にのみ反応する結界しか存在しない事は把握済み、ただの小石でしか無いそれに対して何かが作動する事はない。



「“アンスール” 」



そう呟いて小石に刻まれたルーン文字の術式を起動する。

ルーン魔術...北欧がルーツである記号であり文字に秘められた意味を魔術式とし、呪いを発現させる。

術式が基本的に一節である事、文字の組み合わせ意味を変えられ、文字を刻むだけでも行使出来る使い勝手の良さ、単純に消費魔力が少ない事から多くの魔術師が一度は触れる割とポピュラーな魔術でもある。

そんなルーン魔術と僕は特異体が故に相性が非常に良く、こうして好んで使う事が多い。


『アンスール』とは知識や情報を表すルーン文字であり、意味通り僕は結界にとある情報を流し込んだ。

魔術がしっかりと起動した事を知覚し、そのまま歩いて結界を跨いだ...が、特に変化は無い。



(作戦成功...かな?結界は僕の事を宮廷魔術師の誰かと勘違いしてるから、基本的に何処にでも入れるはず )



当たり前だが、感知結界は術者や術者が決めた人間に反応しないよう設定されている。

つまり、その部分の術式を特定して自分の情報を追加出来れば問題無く結界を通過する事が出来ると言う算段だった。

魔塔内部の細かい結界も術式の中心は外側を囲う結界と同じなのも確認済みで、重要な場所には普通の魔術師が立ち入れないよう区切っているみたいだが、宮廷魔術師に化ける事で実質無力化している。


問題無く侵入に成功した僕は、一応中の構造を記憶しながら霊脈の地図があるはずのローゼリアの研究室を探す。



(式神を付けれたおかげで場所は分かるけど、真横を魔術師とすれ違うのはやっぱリスキーだよなぁ )



何にだって例外はある。

例え認識阻害の魔術を使っているからと言って、相手が魔術師であれば何らかの魔術や仕掛けで気づかれるかも知れないし、何より魔眼持ちであれば天敵だ。

なので慎重に人が少なそうな道を選びながら、目的の部屋に向かう階段まで歩みを進めるが直ぐに足が止まる事になる。



(うわっ、階段の近くにいるじゃん...。とは言え、上に上がる階段はここだけだしな...)



フラグでも建築したか、階段の直ぐ横で二人のローブを被った魔術師が何やら談笑していて、見事に真横を通り抜けなければならない。

一旦引くべきか考えるが、この後のことを考えると霊脈の地図はさっさと手に入れておきたいし、何より時間を掛かれば掛かるほど魔塔内部を警戒する可能性だってあった。

意を決し、『最悪の可能性』が当たらないようにお祈りしながら駆けて間を通り抜けようとする。



「ん?ちょっと待った。急に駆けて来て何してる?その髪色...まさか!?」


「ハイ、最悪のパターンですと。エイッ 」



二人の内の一人は駆け出した僕がらしく、瞳から魔眼特有の輝きを放ちながらそう言って僕を呼び止めたが、髪色から直ぐに王城を騒がしている元凶だと気づいた様だった。

しかしもう一人は完全に油断していて、何より魔眼を持つ魔術師と向かい合う形、つまり僕に背を向けており反応出来ていなかった。


上着のポケットに予め手を入れていた僕は、迷わず二人組の顔の間辺りに小袋を放り投げた。



「うわぁっなんだ!こ、れ、は...」


「うっ、急に...眠たく...」


「庭園から掠め取った薬草から作った即効性の麻酔粉なんで死にはしませんので。まぁ、半日おねんねですけど...」



不意に顔の前に現れた粉末に対して魔術を使う暇もなく、口と鼻からそれを吸い込み二人組は意識を完全に失い床に倒れる。

いくら結界を騙しているとは言え、中で魔術を使ってしまえば魔力を魔術師に感知されてしまい、見つからなくても警戒を強められるかも知れない。

不用意に魔術を使えない僕にとってこの麻酔粉は唯一の武器と言える。


二人組が完全に爆睡している事を確認し、死体を引きずる要領で近くの無人の部屋に押し込んで扉を内側からも外側からも簡単に開けられない様に紐で結んでロックした。



(ふぅ、危ない危ない。眠らせるのを何回でも出来る訳じゃ無いし、寝てる人を隠せる場所にも限度がある訳で...)



バレない程度にしか薬草を盗めていないので、残っている粉の数は二回分のみ。

とは言え今みたいに魔眼持ちの魔術師と遭遇する事なんてそうそう無い...いや、無いはず。

さっきよりも周りへの警戒を強め、慎重に階段を登り始める。


---


「貴様!何も、の...」



粉を吸い込んだ魔術師が、力なく床へと倒れ込み意識を失う。

時間にして階段にいた時から約五分、ローゼリアさんの私室に辿り着きはしたが見事にフラグを回収し続けた僕はたった今最後の粉を使い果たし、脱出に余力を残すことが出来なかった。

もはや何も思わなくなった僕は慣れた手つきで魔術師を引きずり、近くの倉庫らしき部屋に押し込んで扉をロックする。



(師匠に運が悪いだとかトラブルメーカーだとか言われてたけど、ついに否定出来ないラインまで来てるなぁ、これ )



今思えば運が悪いのは昔からだった。

歴史上から完全に姿を消したはずの吸血鬼との遭遇、イギリスの魔術師貴族の一族問題に巻き込まれ危うく死にかけ、次は鬼の血を引く一族に命を狙われたりと散々な目に遭って来た。

これら全部が自分に原因が無く、逆恨みやら偶然そこにいたからとか理不尽な事ばかりで、正に運が悪いと言えた。



(嫌な事を思い出した。うん。忘れよう )



どれも忘れたい過去だが、特にイギリスはマジで嫌な記憶なのでその事について考えるのを止める。


ローゼリアさんの私室の扉まで辿り着き、扉自体や中に結界とは別のトラップや仕掛けがない事を確認してから中に入った。

部屋の中は夥しい数の本や資料か並んでおり、横並びになっている黒板にはこの世界の文字で魔術式が書かれている。

魔術師の部屋らしい風景に既視感を抱きつつ、霊脈の地図がしまってある金庫のある場所を探す。



(見つけた。この術式は...よし、楽勝 )



本棚の中に隠す形で設置してある金庫を発見し、施されていた魔術が予想通りのものだった事を確認してロックを解除する。

防犯用の術式がない事を再度確認し、問題が無かったから中身を漁る事にする。



(霊脈の地図はみっけ。流石に異世界召喚の魔術式の資料は無さそうだけども...ん、勇者に関する情報は貰っておくか )



中から目当てのものと少し気になる資料を見つけ、他に目ぼしいものがないか探すが特になかった。

盗んだ物をしまい、金庫の扉を閉めてから最初に施されていた魔術に偽造した術式を施して見た目だけ誤魔化しておく。


目当ての物は既に手に入れ、本来ならまた数ヶ月使って念入りに霊脈と異世界召喚の魔術式の調査をしたい所なのだがそうは行かない。

現在進行形で逃亡ナウである以上、さっき眠らせて来た魔術師達が起きたら僕がここに侵入した事がバレ、更には魔術師である事も知られる事になる。



(幸い、荷物は全部持って来てる。ここから直行で霊脈に向かって、その後に殺人事件は解決するか...)



色々と予定が巻きになってしまったが、比較的順調である今のタイミングでさっさと面倒な事は済ませてしまおう。


いい加減人と出会わない事を祈りながら、僕は魔塔から脱出するため部屋の外に出た。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る