二節:殺人事件と犯人 1
「ケイナス殿下、宮廷魔術師ローゼリアが参りました 」
「来たか、入ってくれ 」
守護者の皆様への授業中、信じ難い内容の報告を受けた私は授業を切り上げ、すぐに王宮に向かいケイナス殿下の執務室を訪れました。
ここ数ヶ月、殿下は守護者に取り入ろうとする貴族達への対応に追われ顔を合わせる事はありませんでしたが、少し疲れているようにも見えます。
「お前が来たのは使用人が殺害された件だろ?」
「はい。進展は何かございましたか?」
「何も。王城から出たとは考え難く、衛兵達は潜伏出来そうな場所をしらみつぶしに捜索しているらしいがまだ見つかっていない 」
今も王城内を騒がせている事件...守護者様方が生活を送っている貴賓館の裏庭の隅で首を絞められ殺害された使用人の遺体が見つかったと言うものでした。
警備の目が届き難い場所とは言え、王城内で殺人事件など例にない大事件である事から、貴族や衛兵達の間に緊張感が流れているようでした。
私も驚きはしましたが、この事件の本質は殺された使用人では無く現在疑われ、行方が分からなくなっているとある人にありました。
「これは俺の個人的な質問だ。俺は未だアオヤ・モロボシとは会話した事は無いが、数ヶ月顔を合わせたお前は彼が犯人だと思っているか?」
「いいえ。私の所感ですが、モロボシ様は考えて慎重に行動する人間だと思っております。ですので、この様な突発的な事件を起こすとは考え難いです 」
「ふむ。では、逃走して行方を眩ませているのはどう説明する?」
「何か別の事件に巻き込まれている...或いは、事前に危険を察知して身を潜めたのではと 」
殺害されていた使用人は主にモロボシ様の世話を担当しており、必然的に普段一番近くにいたモロボシ様が疑われた。
事情を聞く為に遺体が見つかってすぐ衛兵が部屋を訪れたそうなのですが部屋にはおらず、捜索が始まってから数時間経ちますが痕跡すら見つかっていないとのこと。
しかし、私の知る限りモロボシ様は基本的に部屋におり、三日に一回くらいのペースで図書室に通っているくらいで使用人と顔を合わせるのは食事や着替えを運ぶ時くらいでした。
ですから、そもそも一番最初にモロボシ様を疑った事自体が違和感があり、話してみた所感ですがこんな突発的で後先考えない事件を起こすとは考え難くすぐに犯人とするには納得が出来ませんでした。
「...分かった。他でもない友人の言葉だ。俺はお前を信じる。だが、父上や貴族達にその言い分が通る訳がない。現にモロボシ・アオヤの捜索が王命として下された 」
「王命が...?分かりました。私はこれから独自にモロボシ様を捜索致します。殿下にお願いがあるのですが、私用の魔道具を使ってコウキに連絡を入れて頂けないかと 」
「あぁなるほど。勇者と謳われている彼を巻き込み、仮にモロボシが確保されても容易く罪を問われない様にするつもりか 」
本来、守護者であっても身分としては平民か高くて騎士と同等に扱われものとされていますが、神の加護を受けた彼らは宗教的には天使と同一視される事があり、その配慮がされた結果今の様に貴族に近い待遇をされ、下手な貴族より良い生活を送っています。
ですが、今や『勇者』と呼ばれるコウキだけは真の意味で強い影響力を持っており、彼が望めば王であれどその望みを無下には出来ない。
一言で罪を晴らす事は難しくても、きっと時間を稼ぎは十分に出来ると考えている。
「そうとなれば早速連絡を...。いや、直接使いの者を送ろう。この件、どうも匂う 」
「...そうですか、では私はこれで。何かあれば部下に言伝をお願い致します 」
そう言い残し、私は執務室を出て確認したい事があり本格的な調査をする前に貴賓館に向かう事にした。
(この事件、思えば不自然な点はそれなりにありますね )
本来、王城での事件などリティシア王国としての体裁に関わり兼ねず、よほどの大事件でもない限りこんな表沙汰になる様な捜査はせずに秘密裏に処理するのが普通です。
言い方は悪いですが、今回は使用人が殺害されたに過ぎず、今みたいに衛兵を動員して捜索するなど異例の出来事でした。
(殿下の仰った匂うとは、どこかの貴族の思惑があると言うこと。しかし、何故その標的にモロボシ様が?)
この事件とモロボシ様の関係性と言えば世話係の使用人が被害者と言う一点のみでした。
たしかに、身を潜めている事自体に不信感を抱くかもしれませんが、人との接触を極力避けていたモロボシ様を犯人と決めつけるにはあまりにも早計だと思わざるを得ません。
更に付け加えるなら、モロボシ様に関する悪評も今日に至るまでどんどん酷くなっており、平民達は王城から追い出せと言い始める始末でした。
今のところ関連性は見えませんが、どうしても私の中で引っかかて嫌な予感がしました。
(まずは一刻も早く、衛兵より先にモロボシ様を発見する事ですね )
貴賓館に辿り着いた私は、モロボシ様の部屋を確認すべく中へと入りました。
---
何も出来ない時間が過ぎて行く。
(私も探すべきかな?でも、勝手に動いて疑われるのも嫌だし...。でも、諸星君が犯人なんて絶対に変だし...)
私...
今だって、クラスメイトの諸星君が犯人扱いされて大変なのに、動いてる他の子達もいるのに私は部屋にこもっているだけ。
翠川君と朱音ちゃんがいればきっと諸星君を救う為に自分を顧みず動くだろうけど、私にそんな行動をする勇気なんて無い。
突然異世界に召喚されて守護者とか魔術とかよく分からないし、厄災から世界を救ってほしい何て言われた時は絶対に断ろうと思ってた。
でも、大体の人は助ける気満々で私だけ断るのも...って体裁を気にした私は、流される形で協力を申し出た。
だけど諸星君は違った。
(いつも怠そうにしてたけど、色々と考えて自分の意見を持ってる人だったなぁ )
召喚される以前、彼に抱いていた印象は気怠げに日々を送っている人...それもダウナー系を演出してるんじゃなくって、本心からそうしていて、注目を浴びないよう息を潜めいているただのクラスメイトだった。
けど偶然図書館で会った時、何気なく彼が守護者として厄災に立ち向かう事を断った理由を聞いてみた事があった。
『前提として、僕に聖痕がない事を抜けばそうだな...自己保身かな 』
諸星君は遠慮なく私にそう告げると、用事は等に済んでいたらしく私が面喰らってもごもごしている内にその場から立ち去ってしまった。
周りの目を気にする私違って、彼は自分に率直である意味正直な態度に何処か憧れた。
何人かのクラスメイトや貴族の人達はそんな態度を『薄情者』と言ったりしていたけど、私からすればそんな言葉を彼に使う人達の方がヤバイと思う。
(...諸星君は犯人じゃない。そう考えてるのは私だけじゃないはず )
クラスメイト達だって、関わりが薄くても諸星君が急に凶行に及ぶような人間でない事を分かっているはずだ。
もし私みたいに一人で動くのが怖くて大人しくしているのなら、きっかけさえ有れば逆に積極的に動いてくれるかもしれない。
ベッドを横たわっていた私は徐に立ち上がり、ぐしゃぐしゃになっていた髪を整えてドアノブに手を掛ける。
ドアノブを捻れば外に出れるのに、指が震えて中々動かせない。
(私怖いんだ。下手に首を突っ込んで、自分に疑いを向けられるのが )
数秒前の決意と今の恐怖、それが心の中で鬩ぎ合っているのは指の震えから明白だった。
けど、私にだって良心もあれば『諸星蒼夜は犯人ではない』と言う主張も確かにある。
それを今曲げてしまえば、きっといつまで経っても自分の性格や考え方は変わらず、どうしようも無い人間としてこのまま過ごす事になるだろう。
深く息を吐いて呼吸をし、自分を落ち着かせて指の震えを止める。
ゆっくりとドアノブを捻って扉を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます