一節:異世界召喚 4


「あら、お久しぶりですね 」


「どうも 」



今日も皆様の成長ぶりに驚かされながらも訓練を終え、明日の資料集めの為に図書室へと帰り際に立ち寄ると意外な人物と遭遇した。


アオヤ・モロボシ...召喚された中でただ一人聖痕を持たず、更には数日気を失っていたこの青年は報告だと基本的に部屋にこもっていると聞いていた。

だから、最初抱いていた得体の知れない違和感も勘違いだと思っていたので、まさかそんな彼が図書室に来ているとは驚かされた。


彼の手にはリティシアを含めた大陸の歴史書、貨幣に関する情報書などこの世界で生活するのに必要な知識を得る事が出来る書物が揃っていた。



「お部屋にいると聞いていましたが、何度かこちらには?」


「そうですね。司書さんにお願いしてちょっと多めに借りて部屋で読んでます 」



私と会話する事にやはり抵抗があるのか、私に視線を向けず淡々と本を選びながら彼はそう言った。

それは無理もなかった。

私達は彼にとって平穏な生活を奪った敵でしか無く、こうして口を聞いてくれるだけでもまだマシな方だった。

とは言えこのまま話を切り上げるのも不自然なので、なんとか話題を見つけようと考えていると逆に向こうから口を開いた。



「朱音と泰樹はどうですか?それとなく本人達から話は聞いてますけど、先生役であるローゼリアさん直接評価を聞いてみたくて 」


「スギヤマ様を抜けばトップクラスの技量を持っていると断言出来ます。もちろん、これからも鍛錬を怠らなければと言う前提がありますけれど 」



アカネとタイキを含めた三人は向こうの世界では友人関係にあり、こちらに来ても変わらずその関係は続いているようだった。

私の言葉を聞いた彼は視線はそのまま、少し安堵した様な表情になった。


...現状、彼だけが異世界人の中で唯一『守護者』となる事を拒み、今も最低限顔を合わせる程度の関わりしかなく互いに干渉する事は殆どない。

けれど、本来ならこうした反応をするのが当然であり協力的な友好関係を築いてくれた他の方々には頭も上げらない気持ちになり、ただただ感謝するべきだった。


しかしこの数日、召喚以前は計画自体に否定的だった貴族達が連日王城に何かと理由を付けて押し寄せ、異世界人である皆様を自分の味方として取り込もうと画策する者たちが現れた。

高価な贈り物や甘言を囁くなどして取り込もうと必死になっており、責任者の第二王子はそれらから皆様を守る為に慌ただしく動いている。

更にタチが悪いのが、何処から情報を得たのかモロボシ様が聖痕を持たず非協力的があると知った貴族達は彼を無能や穀潰しと呼び蔑み、平民の間であらぬ噂が流れる様な事すらし始めた。


非協力的とは言え何故モロボシ様を標的にするのか理由は分からないけれども、既に私の権限で抑えられる範囲を超えるレベルにその噂は広がってしまっている。

一応、異世界人の皆様が生活している場所は他国の貴賓が宿泊する建物でもあり、少し閉鎖的なエリアかつ高度な警備からモロボシ様自身にはその噂は伝わってないはずだけれど、いつかは伝わるであろう事を思うと申し訳ない気持ちになった。



「ローゼリアさん?」


「あ、いえ、何でも御座いません。それでは私はこれで失礼します。何か質問などありましたら私を尋ねて下さいませ 」



不意に黙り込んだ私に気付けば視線を向けていたモロボシ様に対して、急に申し訳無い気持ちと居心地の悪さを感じ、私は逃げる様にそう言い残して急ぎ足で図書室の奥へと向かった。


---


急ぎ足で去るローゼリアさんの後姿を見送りながら、式神がしっかりと機能しているのを目視して一先ず安心する。

二日振りに部屋の外に出た事になっている日に偶然鉢合わせるとは運が良かった。

召喚されてからもうすぐで1ヶ月経過するが、未だに帰還の方法に関する手掛かりすら掴めず、少しずつ知識を蓄える事しか出来ていない。

霊脈の地図に関しても、ローゼリアさんと接触するタイミングが無く探れておらず、今日出会わなかったらまだしばらく滞っていたかも知れない。



(にしても、あの居心地が悪そうな表情した理由って絶対アレじゃん )



普段部屋にこもっている事や部屋のある建物自体が閉鎖的なエリアであるが故に、ローゼリアさんは僕が『無能』とか『穀潰し』とか呼ばれている事を知らないと思っているらしい。

が、既に魔術的なセキュリティ自分が引っかからない様干渉し、警備の巡回時間などは全て把握しているので、自由に外へ行き来出来る僕は一週間前からそれを把握している。


正直、この噂を助長している貴族の目的が分からない。

朱音にほぼ強制的に読まされたライトノベルにコレに似た展開...主人公が無能と蔑まれて冤罪で追放されるみたいなやつがあったが、そもそも無能だからとロクな調査もせずに罪を被せ、有無を言わさず追放するなど正気の沙汰じゃないし、それがとして成立するのはファンタジーの世界でだけだ。

本当にそんな理由で僕を無能呼ばわりしているのなら、今は善意で協力してくれているクラスメイト達に反感や、少なくとも不信感を抱かせかねない。



(ま、僕的には何言われようがどうでもいいから知らんけど )



結局それに尽きた。

優先すべきは帰還方法を探す事で貴族の政治や魂胆など至極どうでもよく、この件も気には留めておくが特別調査する必要は無いと思っている。


それよりも、僕は朱音が泰樹などクラスメイト達がたった一ヶ月程度で魔術の技量が目に見えて上達している方が気になっていた。

別に強くなっていく事を羨んでいる訳でも無いが、明らかに成長スピードが異常だ。



(聖痕に関しては大気中のマナを体内に取り込んでオドに変換して、魔術式の構築を補助する役割があるって事しか分かってないけど...)



この世界の人間は体内に魔力炉を有していないらしく、刻印や聖痕を有する事が魔術を扱う前提となっている。

だが、それを有するからと言って容易く魔術が習得できる訳でもなく、この世界の魔術師も何年も研究や経験を積んで扱える様になる。

つまりクラスメイト達の異常な成長スピードは全員が天才でなければ別の要因があるんだろうけど、聖痕の術式があまりにすぎて完全に解析出来てないが、この世界の伝承を見た感じだとやはり例の神とやらが成り立ちに関わっているらしく、そこら辺に理由があるんじゃないと睨んでいた。



(神かぁ。この世界もそれなりに進んだ文明だから、神に縋って生きていく時代は終わっててもおかしくない筈なんだけど )



僕の知る神とは言わば人間が生み出した『救済システム』でしかなく、神自身に意思など無く機械的に人間社会を運営するAIみたいなものだ。

そしてそれすらも人間から不要とされ、既に地表からは姿を消している。

だが、この世界には意思を持って人間を使い間接的に世界を運営し、何かを企てている神を名乗る誰かが確かにいた。

しかもそれはズルしてる僕ですら理解出来ない魔術を扱い、外付けの魔力炉みたいなものを容易く生み出せる強力な力を有している。

場合によっては敵対するかも知れないそれに、きっとの腑抜けた状態では戦いになる前に潰されるだろう。



(やっぱり、いい加減に中途半端な状態を止めるべきなのかな )



あの日、父親から一族の秘宝を写し撮りよもや答えに至った僕はあの時下した決断を守りきれず、何がある度に緩めて誤魔化してきた。

だがその代償は確かに僕を蝕んでいて、今では自覚する段階にまで至っている。



(あー、やめやめ。こんな事考えても何も無いし、余計な問題増やすだけ意味ないない )



いつまでも決断を出せない僕は、さもそれらしい事を心の中で呟き自分を誤魔化した。


本の貸し出し手続きをし部屋に戻った僕は、気を紛らわせる為に普段より多めに借りた本と向き合った。

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