一節:異世界召喚 3

異世界と文明や文化を舐めていたが、中々に進んでいる事に驚きを隠せなかった。

一日病室で休んだ次の日、特に体調に問題なかった僕は王城の中にある貴賓館の一室に充てがわれた。

見てくれが古めかしく、建造物も木材が石材を使用したものばかりではっきり言って設備に全く期待をしていなかったのだが、上下水道。トイレ、風呂、シャワーなど完備しており現代人に嬉しい物が全て揃っていた。



(魔術が主軸の世界でもある程度は科学技術も進歩してるんだなぁ )



僕らの世界では科学技術が主軸となったが故に魔術は世界の裏側で潜む事になったが、この世界だと魔術をベースに科学的知識も合わせて運用しているようだった。

具体的には、水道管に使われている金属に水に強く錆びにくい金属を魔術で生み出し、それを金属加工技術で成形すると言った具合に。


この世界への興味もそこそこに、シャワーを浴びてスッキリした僕は着替えからふかふかなベッドにダイブし、リラックスした状態でくつろぎながら今後の方針について固める事にする。



(まぁ固めるも何も、引き篭もりを演じるだけなんだけども )



既に食事や着替えは部屋に運んで欲しい事、基本的に一日を部屋で過ごすと僕の世話をしてくれる侍女さんには伝えてある。

と言うのも、協力的なクラスメイト達は毎日スケジュールを組んで訓練を受けているらしい。

が、僕は自分の決意であり目的...帰還方法を見つける為にこうして引き篭もっているフリをしており、異世界側に気づかれない様に密かに探りを入れる必要があった。

元の世界でやるべき事があり、何より厄災などと微塵も戦う気はない以上帰還方法を探す事は急務だ。

あとは召喚と言う形で理不尽な状況に立たされて、挙句協力する選択を迫られたクラスメイト達に逃げ道をあげたいと言った僕からの気遣いでもあった。



(とりあえず最初に行きたいのは...僕らが召喚されたらしい王城地下。多分この国の霊脈が集まる場所か )



はっきり言えば召喚魔術など専門外だし、何より異世界召喚など前例がなく術式が想像つかないのだが、あの規模の魔方陣を起動し維持するには膨大な魔力が必要になる。

だから人間だけでは魔力を補えないはずだから、霊脈と直接連結させて魔力を供給していると考えた方が自然だ。

だがその場合、膨大な魔力の十分に供給できる場所に侵入する必要があるのだが...



(流石にそんな場所がノーガードであるはずがないし、何よりまだこの世界の魔術師がどんな感じか知らないし )



インチキ能力のお陰で初見殺しはされないだろうが、異世界であろうと相手が魔術師であるなら油断するなど有り得ない。

探りを入れる為に侵入ルートを探す、その為には使い魔を新しく作る必要があって...問題がどんどん浮かび上がってくる。


やる事が多すぎて萎えていると、部屋の扉がノックされた。



「失礼。杉山だけど少し話せるかな?」



こんな時間、変なタイミングでの来客に首を傾げながらドアを開けると、クラスメイトの一人、学校では顔と頭の良さに加えて抜群の運動神経が相まって有名で、クラス長も務めている杉山 光輝すぎやま こうきがそこにいた。



「久しぶりだね。翠川君から聞いてはいたけど、大丈夫そうで良かったよ 」


「ありがとう。とりあえず立ち話も何だから入る?まぁ何も無いけど 」



備え付けの家具しか無い寂しい部屋に杉山を招き入れ、向かい合う形でソファーに腰を下ろす。

男の僕でもイケメンとは思う彼とは、はっきり言えばクラスメイトである事以外接点はなくこうして二人きりで同じ空間にいる違和感と気まずさを感じつつ口を開く。



「それでどうしたの?ただ様子を見に来たって訳ではないみたいだけど 」


「今後の事...具体的には、厄災とかにこの世界でどう過ごすのかについてを諸星君の口から聞いてみたくてね 」


「知ってるだろうけど、僕は聖痕が刻まれて無いから戦う力なんて無いよ。最初から厄災なんかに立ち向かう気も無いけどね 」


「あぁ勘違いしないで。俺は諸星君の考えが聞きたかっただけで、別に咎める気は無いから 」



僕の言葉に杉山は笑顔でそう返した。



(...やっぱり苦手だ。こいつ )



口には出さないが、常日頃から抱いていた彼に対する感想を心の中で呟く。

杉山は誰に対しても優しく、悪事を許さない正義感を持っている。

余りにも『いい人』すぎて一時期は打算的にやっていると思っていた事もあったが、半年クラスメイトとして過ごしてそれを素でやっている事を理解した。

あまりにもお人好し、けれど自分の価値観を他人に押し付けないが僕からしたら不気味で苦手だった。


それは異世界でも変わらず、聞いた話だと誰よりも先に自分から協力を申し出たらしい。



「...そっか 」


「直接口から聞けて良かったよ。実は二日後にはしばらくみんなと会えなくなっちゃうんだ 」


「それは杉山君が勇者って呼ばれてる事と関係ある? 」


「...松井さんから聞いたね。その呼ばれ方は何と言うか、あまり好きじゃないんだけどまぁそうだね。実は初歩的な魔術の習得が早く済んだから、俺だけローゼリアさんとは別の宮廷魔術師の人に個人訓練してもらう事になったんだ。王都からは出ないけど、その人の屋敷に泊まり込みになるから 」



杉山は誰よりも強力な聖痕を持っているらしく、それが古の時代に存在した『勇者』を彷彿とさせるらしくそのまんま勇者の異名が付いたらしい。

そこそこの年齢の現代人が勇者と呼ばれる苦痛は兎に角、この世界の魔術をまだほとんど知らないが初歩的とは言え数日で魔術を習得するなど異常だ。

聖痕だか神の加護だか知らないが、何年も研究と修練してきた僕からすれば嫌味の一つ言いたいくらいには恨めしい。



「えっと、諸星君?」


「あ、ごめん。ちょっと個人的に許せない事思い出しただけだから気にしないで 」


「ならいいけど...」



恨めしい感情が顔に出ていたらしく、僕に睨みつけられた杉山は自分が何か悪い事をしたのかと不安そうにしていたので慌てて取り繕った。



「ああ、これから諸星君はどう過ごすんだい?」


「基本的にここにいる。この世界の勉強はするけど、部屋でやるかな 」


「...そっか。やっぱりこの世界の人、僕らを呼び出した事は許せない?」


「厄災とかで切羽詰まってたのは同情出来るよ。でも同情するだけで、協力したり助けたいとは全く思わないかな 」



僕に善意など無く、自己保身が第一だと言う事を告げると微妙な空気が訪れる。

とは言え、魔術師と言う腹黒集団の一員と善意の擬人化みたいな人間の感性が合うはずもなく、ある意味必然だった気もした。



「そうだよね。普通ならそう思うだろうし、協力するなんてありえないよね...」


「杉山君?」


「それじゃ俺はそろそろ行くよ。急にお邪魔してごめん 」



少し意味深にそう呟いた杉山は、急にそう言って席を立った。

僕の言葉に何か思う事があったのか、あるいは別の事情があるのかは分からないがさっきまでと比べて様子がおかしいが、それを指摘するよりも先にそそくさと杉山は部屋の外に出た。

そして杉山の後ろ姿が角を曲がって見えなくなった辺りで、ポケットに入れておいた紙を取り出してボソッと一言呟く。

すると、それは杉山の後を追うようにヒラヒラと飛翔しながら飛んで行った。



(即席の式神だけど、ステルスは積んだから多分バレないだろうけど...)



さっきの紙は使い魔である式神だ。

純日本の魔術師ではポピュラーな使い魔だが、僕のあれは色んな国の術式を取り込んでキメラと化している。

式神が杉山についている間は、あれを通して遠目からであるが情報を集める事が出来る。

更に、他人に認識出来なくする認識阻害、探知結界をすり抜ける特殊な魔術式を奮発して盛り込んだので、化け物みたいな技量の魔術師がいない限り見つかる可能性は無い。



(魔術関連の基礎知識は式神から得るとして、詳しい霊脈の地図はどうするか )



式神を使って杉山に張り付いておけば自分で調べ回るより効率よく魔術関連の知識は手に入るはずだ。

だが問題は召喚魔術を実行したであろう霊脈の大元に辿り着く方法だった。

霊脈に紐付いた魔術を攻略する場合、大元に行き魔術式に干渉する必要があるが大抵の場合はそこから枝分かれした小さい霊脈にも魔術防御を施し、何重にも壁を作るような状態になっている。

つまり小霊脈の魔術式に干渉し、その後で大元に行かなければならないのだが...小霊脈は大元と比べて感知だけでは見つけるのが困難で、基本的に場所を示した記録や地図を作成する筈だからそれを探し出すところから始めなければならない。



(王族か宮廷魔術師か。探るとしたらこの辺りだろうけども )



霊脈の地図の在処は脆弱性を突かれないよう知る人間を制限するだろうから、何かしら関連の情報を各自に有しているのはどちらかか、あるいは両方だろう。

だが、流石に現状では宮廷魔術師に探りを入れる強気な行動は不安だから、そっちの線は絶対に無し。

とすると、狙いは王族なのだが...



(僕が違和感無く近づけそうなのは、直接会った事が無い第二王子。異世界人召喚を主導して、現状だと僕らの保護責任者に当たるらしいけど...)



多忙なのか僕に会う気がないのか知らないが、今日に至るまで向こうから接触は無い。

他の王族、それこそ王よりかは近いと言え引き篭もる宣言をしてしまった以上、向こうから接触してきてくれないと不自然な動きをする事になってしまう。


何かを導き出そうとする度に新たな問題が発生する負の連鎖に余計頭の痛みを感じながら、再びベッドに倒れ込んでダラダラと思考を巡らせた。

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