一節:異世界召喚 2

暫くして朱音が持ってきたパンとスープを頬張りながら聞ける範囲で情報を得ていると、部屋の扉がノックされた。

扉が開くと、泰樹と白いローブを着た雰囲気のある人...話に聞いていた宮廷魔術師とやらが入って来た。



「蒼夜。この人がさっき話した宮廷魔術師のローゼリアさんだ 」


「初めまして異界の方。私はリティシア王国にて宮廷魔術師の地位を賜っております、ローゼリア・フレティと申します 」



意外にも自己紹介をしながらフードを外して出て来たのは紫と目を引く髪色を持った女性。

何より顔が整っていて朱音とは別の種類の美女だとは思うが、相手が魔術師である以上そこに惚ける余裕などない。

何より、まだ未知数の事が多い現状で魔術師である事を明かすメリットが存在しないなら、決して自分が魔術師である事を気づかれないよう細心の注意を払いながら口を開かなければいけない。



「丁寧にありがとうございます。僕は諸星 蒼夜と申します。多分この世界だとアオヤ・モロボシと言った方が正しいですかね 」


「モロボシ様ですね。お話をする前に先ずは謝罪させて頂きます。召喚と言う強引な形でこちらの世界に連れて来てしまった事、更にモロボシ様に至っては三日間も気を失う羽目になってしまった事を謝罪させて頂きます。許せとは申しません。しかし、異世界人召喚はこの世界の存続に必須だった考えており、罪悪感はあれど後悔はしていない事をお伝えするためにも謝罪させて頂きます 」


に関して思う事はありますがそちらの立場も分かりますし、僕自身は怒って無いので謝罪は必要無いです。それより、今後に影響する事に関しての話をお願いしたいのですが 」



率直な考えをローゼリアに伝える。

異世界召喚はそもそも無様に抵抗すら出来ず呑まれた時点で僕は魔術師と敗北しているし、気絶に関しては自分が原因だからそれらに関しては僕は何も思っていない。

それは本心だが、別の部分に怒っていないとは言ってないことを忘れないで貰いたい。



「分かりました。では、皆様を召喚する事になった直接的な理由...厄災についてお話致します 」



ローゼリアはそう言って厄災について語り出した。


厄災は千年以上前からこの世界を襲っており、それは周期をもって訪れるとされており、古い文献だけで無く100年前の歴史書にも記録されている。

厄災は邪神が世界を滅ぼさんと使わせた使徒であるが特定の姿は無く、あらゆる生物を死に至らしめる獣、魔を統べる王、生命を奪う死の病など様々な形を持って世界を襲う。

だがその度に神に遣わされた勇者、人々に祈りに応えた聖女、異世界から来訪した守護者達によって厄災を退け、今に至るまで世界は存続している。



「これが厄災の簡単な説明になります。そして皆様を召喚するに至った経緯ですが、主神である女神クリオラ様の神託により近い未来新たなる厄災が訪れる事が伝えられ、それに対抗する手段として異世界人召喚を命じられました 」


「すみません。そもそも僕らの世界では女神やら邪神やらが身近では無いんですけど...実在するんですか?」


「お姿を拝見した事はありませんが、確かに存在いたします。現にこうして私とモロボシ様の会話が成立しているのもクリオラ様のご加護のおかげです 」


「あっ。確かに 」



言われてみれば異世界ならば言語が同じ訳無いし、名前と顔立ちが明らかに日本人じゃないんだから違和感を早く持つべきだった。

英語翻訳の魔導具を普段から使いまくっている弊害がよくない所で発生している...。


それにしても神...それが信仰から生まれた後天的な存在なのか、逆にただの自称神なのかは知らないがとんでもないものが存在するのは確かみたいだ。



「また、本来なら召喚された異世界人には必ず与えられるはずの聖痕をモロボシ様が有していない事についてですが、私達の知識が及ばす未だに原因が解明出来ておりません 」


「まぁ話を聞いた最初から協力する気は毛頭ないので大丈夫です 」


「そう、ですか。分かりました。他の者にはそのようにお伝え致します。では、そろそろ私は失礼致します。目覚められたばかりなので今日一日はここで過ごして頂きますが、明日には個室に案内させます。それでは 」



宮廷魔術師は忙しいのか、ローゼリアは時計らしき物をポケットから取り出し一瞥すると、そう言い残して部屋から出て行った。


僕が協力を断ったからか、部屋には微妙な空気が流れていて少し居心地が悪い。



「やっぱりそうだよね。普通は断るよね...」


「普通が何かは知らないけど、だって聖痕無いし。あとやり口が気に食わない 」


「やっぱ怒ってたから妙に冷静だったんだな。お前 」


「当然だよ。召喚する所まではまだ相手側の事情だったりで納得出来なくはないけど、協力云々はただ善意に付け込んで利用してるだけだし、衣食住の保証は当たり前にすべき事であって感謝はしないよ 」



僕にみたいに人でなしの掃き溜めみたいな環境を知ってるならまだしも、クラスメイト達は知人が頻繁に死ぬような世界を知らない。

それなのに自分達が協力しなければ世界規模で人が死ぬと宣告されれば、善意が協力しない事を許すせず許容するはずがない。

それなら洗脳するなり無理強いするなりして、無理に従わせている方がいいとすら思っている。



「それで、今からでも協力は断った方がいいと思うよ?確かにその選択は残酷かもしれないけど、僕らにとってはこの世界の人は結局他人以下。なんなら誘拐した敵だし 」


「それはそうだけど...」


「残念だがそれは無い。助けてくれと縋られて、それを断る度胸も見捨てる勇気も無い 」


「うん。私も同じ。何より救世主になるチャンスを逃す訳ないよね!」



理由を聞いて僕が二人と友人となった理由を思い出した。


二人は別に絵に描いたような正義感がある訳でも、特別な自分の哲学を持っている訳でもない。

人間らしく選択を迫られれば自分を優先するし、何より厄災に立ち向かう事を優先したのは自分が罪悪感に苛まれないようにする自己保身だ。

泰樹は自分が心を鬼にして見殺しにする勇気が無いから、朱音は単純に自分の好きな世界がそこに広がっていたから協力する。

消去法と自己保身、正義感でも打算的でもない二人らしい回答だと思う。



「そっか。ま、どうするかは二人の自由だしいいか 」


「うわぁ〜相変わらず急にドライになるね 」


「だって実際そうでしょ?ま、友達としての言葉を付け足すなら死なないで欲しいかな 」


「死なねーよ。無理そうだったら朱音を抱えて逃げ帰ってくるから 」


「あは!その時はお願いするねー 」



冗談混じりの二人の決意を聞きながら、僕もまた別の決意をすることにした。


大分話し込んでいたからか、窓から差し込んでいた太陽の光は既にオレンジ色に変わっていた。


---


王城の近くに設けられた王国主導の魔術研究機関が存在する『魔塔』と呼ばれる建造物。

その最上階に位置する場所に私室を持つ魔塔のトップ...宮廷魔術師のローゼリアは日中に会った青年の事を思い出しながら紅茶を嗜んでいた。



(異世界人であるにも関わらず聖痕を持たず、召喚直後に気を失った...何かあると思ったのですが )



十四名と予定外の人数を召喚してしまったが決して術式に不備はなく、そればかりか完璧以上の評価を下せる中でのイレギュラー。

彼が眠っている間も何度か身体検査をし、聖痕が発現しないか、気を失った事と聖痕が無い事に因果関係がないのかと調べはしたが、今日に至るまでそれが判明しなかった。



(それと気になるとは彼の落ち着きよう。タイキとアカネに聞いてはいましたが、あれは冷静と言うより子慣れていると言った方が当てはまるような )



タイキとアカネは勇者の再来たるスギヤマ様に次いで魔術の才能があり、今では私が特に目をかけてある大事な生徒だった。

それ故に訓練の合間の雑談として、二人からモロボシ様の人となりを聞いていた事もあったけれど、どうしても納得いかない言語化し難い違和感を確かに感じた。



(いえ、考えすぎですね。それよりも彼女達をどう説得すべきか考えなければ )



アオヤ・モロボシについて気になる事はあれど優先順位は低いとし、頭の片隅に追いやって別の問題について考え始める。

問題無く聖痕が刻まれた十三人の内十一名は協力を申し出てくれたが、二人はそれを断り今も部屋に引きこもる生活を送っていると報告を受けていた。

けれど、厄災の規模が不確定な以上全員に協力してもらうに越した事はない。



(とは言え不用意に無理強いすれば、今協力的な方々の反感を買う事に...。損な役回りですね )



魔術の腕を買われて異様な若さで宮廷魔術師の地位を賜った私は、こうした場面で自分の人生経験の無さを痛感する事が多々ある。

きっと自分の魔術の師である老人なら、自分と同じ状況だとしても合理的な最適解を導き実行する事に躊躇は無いんだろうと。



(もしもを考えても仕方ありませんね。私にできる事をこなすまで )



悲観的になっていた思考と雑念を切り捨て、机の上に山積みになっている書類を片付ける事に専念する。

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