第一章 異世界召喚

一節:異世界召喚 1


「うっ、痛っ 」



頭が酷く痛む。


感覚的には後ろからぶん殴られた様な感じだけど、外傷とかは無くて内側からズキズキと痛むような感覚。

痛みが湧き上がって来ると共に、気絶していたらしい僕はだんだんと意識を覚醒させていって、知らぬ間に自分がベッドに寝かされていたらしい事に気付く。



(ここは...病院って感じではないな。確か魔方陣にクラスメイト達ごと呑み込まれて...)



痛みで完璧には冴えない頭をフル回転させながら、覚えている限りで自分の身に起きたことを整理する。

昼休みの最中、友人達と教室で昼食を食べていた僕は不意に現れた魔方陣に見事捕まり、抵抗する間も無く何らかの魔術を受けた事までは覚えている。

その魔術が原因なのかそこから完全に記憶が途切れているから、きっとその時には気を失ってしまったんだろう。



(はぁ。全く知らない魔術式とは言え、普段からズルしてる僕が抵抗すら出来ないとか不甲斐なさすぎる...)



失態と言うよりは醜態に近い自分の状況を恥じ、それこそ師匠なんかに見られたらお笑いものだ。

そんな事を考えながら落ち込んでいると、ベッドから見える範囲にあった扉が開かれ、見知った顔が中に入ってきた。



「あ!蒼夜くん目が覚めたんだね!」


「全く、心配かけやがって 」



部屋に入ってきた美男美女、もとい幼馴染の二人はそう言いながら僕がいるベッドの傍にやって来る。



「えっと、朱音あかねさんに泰樹たいきくんにいたしましては、お久しぶり...で合ってます?」


「本当にお久しぶりだよ!蒼夜くん、三日間も眠ってたんだからね!」


「そうだぞ。いきなりぶっ倒れたのは流石にビビった 」


「はは〜ご迷惑をお掛けしたみたいで 」



松井 朱音まつい あかね翠川 泰樹みどりかわ たいきの二人の幼馴染の普段と変わりない様子に少しだけ安堵するが、それと同時に妙な違和感を覚える。

二人から何故か魔術師並みの魔力を感じるが、本来なら一般人である彼らからそんなものを感じるはずがない。

ついに、僕の魔術師としての何かがイカれたのだろうか。



「おい大丈夫か?急にボーっとして 」


「ん?あー、大丈夫。ほら、急に目覚めたから今の状況にちょっと混乱してて。ここって病院なの?それにしては病室ってよりか洋風のホテルって感じだけど 」


「ふふふ、聞いて驚いてね!私達、異世界召喚されたんだよ!」



朱音が自身満々にそう言い放つのを見て、ついに『発症』したかと頭を抱える。

朱音は幼稚園の頃からアニメ・ゲームをこよなく愛しており、男子生徒に人気な容姿からは想像出来ないが今では立派なオタクに成長していた。

そして僕はある程度の『知識』を彼女から仕込まれているため、異世界召喚と言うのがファンタジー小説のジャンルの一つである事は知っている。

だが今のこいつはそれを実際の出来事として語っており、それは現実リアル非現実ファンタジーの区別がつかなくなる奇病に頭が犯されてしまっている事を示す。



「朱音...ついに厨二病に...」


「ちーがーう!ほんとうなの!泰樹くんからも何か言って!」


「蒼夜。お前がそう思うのも仕方ないし、何より内容がぶっ飛んでるのは重々承知だ。が、今回ばかり、これに関しては本当だ 」



落ち着いた様子で淡々と告げる泰樹、僕は目を見開きながら驚愕の表情で見つめる。

泰樹も朱音と共に思考汚染された可能性も考慮したが、常に冷静で普段はツッコミ役であるコイツがそうなる可能性は無に等しい。



「...は?」



頭が真っ白になった。


いや、異世界など魔術師の間でも異世界の存在は理論上あるとされてあるだけで、観測する事は平行世界に渡る事より何百倍も困難とされている。

それが寝ている間に観測をすっ飛ばして転移し、しかも何の事情も知らない友人達から告げられた身にもなって欲しい。


しきさ、頭が真っ白になった事で逆にいつもの調子を取り戻し始めた僕は、言われれば大気中のマナ濃度が普段の何倍も濃い事、魔術を扱えるほど魔力を有さないはずの友人から魔力を感じていた事を思い出した。



「よし、そうか。うん、分かった。異世界召喚ね...で魔王を討伐しろとか言われたの?あと勇者がどうだとか、異世界人は特別な力を得るとかあった?」


「大体合ってるよ 」


「大体合ってるな 」


「あぁね 」



さっきとは別の意味で頭が痛くなりそうだ。


今のは朱音から渡された異世界ファンタジー小説でありがちな展開を適当に言ってみただけなのだが、それが全部当てはまるなど絶対にまともな状況じゃない。

てか、僕が気を失ったのは恐らく異世界召喚の際に使われたと思われる例の教室に現れた魔方陣の影響だろう。

呪いやらに耐性が有る僕が三日気絶して、友人達がピンピンしているのも何か理由がありそうだが...今は現状把握に努めよう。



「ふぅ...よし。一旦落ち着くよ、うん。えっと僕が覚えてる限りだと、教室に現れた魔方陣みたいなやつで僕らは召喚されたって事だよね?」


「そうだよ。確か、異世界人召喚の大魔術って言ってたよ 」


「多分だけど、魔方陣に呑まれた人間は全員召喚されるパターンだよね?つまり、あの時教室にいた全員...」


「召喚されてる。お前を含めてあの時教室にいた十四人がな 」




教室全体に広がる様な魔方陣だ、異世界に召喚する事を考えればそれだけであの規模になるのは納得(逆にあのサイズによく収まったなと思うほど)だし、特定の個人を狙って召喚するなど至難の技だろう。


混乱する頭をなんとか理性で抑えつつ、次の話に移る。



「で、魔王は?」


「正確には違うんだけど、この世界には神様がいるみたいで、『いずれ厄災が世界を覆う』って言う神託が降りたんだって。で、その厄災?に対抗する為に呼ばれたのが私達なんだって 」


「教室にいた16人も召喚する気は無かったみたいだけどな 」



神様だとか厄災だとか、そんな壮大かつ頭おかな問題を寝起きで考えるのは荷が重すぎる。


次。



「勇者とかは?あと特別な力 」


「勇者って言うか守護者って言うのが私達の称号なんだって。特別に力はね...ほら、これ!」



また少し興奮した様な感じで、朱音は僕に右手の甲を突き出してきた。

何がしたいのかよく分からないが視線をそちらに向けて見ると、そこには僕には理解出来ない術式が使用された刺青の様なものがあった。

だかそれは刺青などではなく魔術式である事は間違い無く、今も起動しているみたいで少し魔力が揺らぐのを感じる。



「これは?」


「『聖痕』って言う召喚された時に神様から加護を授かった証なんだって。刻印って言うのもこの世界にはあるみたいなんだけど、聖痕の方が特別で強力って説明されたよ 」


「あと聖痕にも色々あるみたいなんだが...一つお前に言わなきゃいけない事があるんだ 」


「この短い時間に大量の情報を押し付けられた僕にまだ鞭打つの?」


「そう、だな。言い難いんだが、お前には聖痕が無いみたいなんだ 」



言われて気付いたが、確かに気絶した以外に自分の体に何か変わった様子もなく、手の甲を見ても術式は刻まれていない。

だが、聖痕が刻まれる条件が召喚される事なら違和感を覚えるが、ここでふとある事が頭をよぎる。


とある理由で、僕は呪術や相手に干渉するタイプの魔術に抵抗力を持っており、それが作用して聖痕が刻まれるのに抵抗した可能性。

魔力の無い人間に何らかの手段で魔力を与える様な強力な術式だ、それに抵抗すれば半端者な僕は軽く気を失いかねない。


全てに合点が入った僕は窓の外に視線を向け、小さく息を吐く。



「あ、ごめんね。魔術が使えるからってテンション上がってて気使えなくて...」


「いやいや、それとは別件だから気にしないでいいよ。それで、厄災だかに対抗する為に召喚されたって言うけど、まさか引き受けてないよね?あと、帰る手段は?」


「...帰る手段は現状無いらしい。召喚の魔術を解析してくれるとは約束してくれたが、それがいつになるかは分からない 」


「そんな気はしてた。厄災の方は?」



僕がそう尋ねても、泰樹と朱音は顔を見合わせてさっき以上に言いづらそうにして口を開かない。

その雰囲気から何となく『察した』。



「まさかだけど引き受けた?」


「勘違いされる前に言うけど、私達を召喚した第二王子様とかローゼリアさんは協力するしないに関わらず衣食住の保証は約束してくれたよ!ただ...」


「厄災については俺たちからは説明し難いんだが、話を聞けばお前も見て見ぬ振りは出来ないと思うぞ 」


「何人が引き受けたの 」


「召喚されたのは男子女子それぞれ七人ずつ。男子はお前以外全員、女子は五人だな 」



その話を聞いて僕は今日一番のため息が口から漏れた。

きっと厄災はこの世界の人類存続とかに関わるレベルのやばいやつなんだろう。

で、表では平和とされる世界から召喚されたクラスメイト達はその話が頭から離れず、善意で協力を申し出たんだと思う...が、タチが悪い。


ほぼ誘拐して様な人間を善意に漬け込んで協力させるなど何の冗談か。

魔術師故に自分は性格が悪く利己的な考えが先行するタイプなのは重々承知だが、この世界の人間も中々に性格が悪いらしい。



「...理解した。あー、うん。取り敢えず、お腹空いたし異世界の人からも話聞きたいから誰か呼んできてくれない?」



納得いかない事や理解し難い事は多々あるが、今はそんな事を言っている場合では無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る