星剣の魔術師 〜星を知る者、異界にて苦労す〜
まじゅつし。
プロローグ:偽星剣の魔術師の誕生
見上げれば夜空は僕の知る並びとは明らかに異なる星が散りばめられていて、疑問と同時に美しいと言う感想が出てきた。
地面は鏡...と言うより水面?みたくなっていて、美しい夜空を反射している。
暫くこの幻想的な空間に惚けていたが、直ぐについ数秒前まで自分の父親に殺されかけていたことを思い出して、改めて自分が今置かれている状況が訳が分からない事に気がつく。
(死後の世界...って割には実体あるし、あの人の結界とかでも無し。そもそもの話、『何も感じない』のが不気味だなぁ...)
ここにあるのは夜空とそれを写す地面のみ。
人工物はおろか、人の気配や何かしらの痕跡すら全く感じられず、世界に自分だけが取り残された様な錯覚に陥る。
とは言え、ただ立ち尽くす訳にはいかない。
何かこの場所を示すヒントになる物はないかと思い歩き出すが、何歩前に進んでも景色は変わらない。
歩く事が無意味に思い、適当にその場に腰を下ろした僕はここに来た経緯やらを思い出そうとしてみるが、ノイズが入ったように記憶が飛んでいて断片的にしか思い出せない。
(...部屋に勝手に入ったのに気付かれて、容赦なく肩を撃ち抜かれて...)
父親の書斎に無断で忍び込んだ僕は、物色をし始めてすぐに侵入探知の罠に引っかかり、間抜けにも簡単に父親に見つかってしまった。
息子とは言えど侵入者に変わらない、父親は駆けつけると即座に魔術を僕に向けて行使した。
間一髪で致命傷になる攻撃は避けたが、肩を撃ち抜かれた僕は魔術によって刻まれた呪詛で体が痺れ、形容し難い激痛に悶え苦しんだ。
(その後、逃げ回ったけど結局捕まって...)
そもそも天と地ほどの技量に差がある格上に敵うはずが無いのに、手負の状況で逃げ切る運も僕は持ち合わせていなかった。
魔術の鎖で縛った僕を、父親は処刑する為に屋敷で一番人が集まる広間まで引きずり、母親や弟、父親の弟子達の前まで連れて行った。
(...そうだ。魔術も封じられて、父親が僕を殺そうとした時に最後の足掻きで魔眼を使ったんだ )
魔力炉は平凡、父親や弟の様に『才能』を有していなかった僕だが、唯一の利点として魔眼を有していた。
左眼は近い過去を見透す過去視、右眼は一番近くて起こりうる可能性の高い未来しか見透せないよくある未来視と特別なものではなかったけれど。
そんな魔眼を僕は最後の悪足掻きとして同時に使用した。
過去視と未来視を同時に使用すれば、入り乱れる膨大な情報量に人の脳はパンクし、直ぐに正気を失うとされていたがそんな事どうでもよかった。
ただ何もせずに殺されるのが嫌で、助かる事など考えていなかった...のだが、ふとした瞬間に『それ』が視えた。
(...あぁ、思い出した )
断片的に忘れていた記憶、それを確かに思い出したし今も記憶として脳に刻まれている。
世界では、既に魔術師達が探し求めている『万物の答え』に辿り着いた三人の魔術師が存在する。
その内の一人が僕の先祖にあたる魔術師であり、僕は直系の子孫だった。
聞いた話だと、先祖が『万物の答え』に辿り着いたのは本当に偶然で、他の魔術師が聞けば呆れるほど運が良かったらしい。
だがそれを知った先祖はどんな魔術師を凌駕する確かな力を手にし、その力は家督と共に魔術式として引き継がれており、今は現当主である父親がそれを有していた。
その特異的な魔術式...言わば秘術と呼べるそれを、僕の魔眼は父親の中にあったソレを確かに捉えたのだった。
(じゃあ此処は...)
『全ての魔術師が至らんとする万物の答え、それらが集まった聖域...ようこそ、五人目の若き魔術師くん 』
不意に声をかけられて振り返るが、何処を見渡しても無限に夜空が広がるばかりで人影は見当たらない。
『探しても私に実体は無いから意味がないよ。私は此処に記録されている人間の人格から
チュートリアル音声と言う割に随分と流暢で胡散臭い話し方をしているが、今はそこに突っ込んでいる場合では無かった。
(なら質問。僕はあの術式を手に入れたの?)
『そうだね。過去視と未来視、その二つの魔眼を併用した君は偶然にも完璧にあの術式を目にし、それは記憶と記録として魂に刻まれた。そして君は久しく使われていなかったルートを使い、見事に此処に至ったと言う訳だ 』
(どうして僕が?父親が至れないのに、三流の僕に開ける筈が...)
『あー、うん。そうだな。君はさ、この世界をどう思う?』
質問をしたら逆に質問され、再び辺りを見渡してみる。
星が散りばめられた美しい夜空、そしてそれを写す鏡の様な地面は幻想的で素晴らしいと言うには遜色のない風景だ...が。
(美しい風景ではあるけど...何も無くて虚無感が拭えない。風景以外何か特別な感じはしない)
『うんうん、そうなんだよねー。と言うのもね、それは君が最初から世界の真理やら答えやらに触れる気がなくって、それとなく抱いていた抽象的なイメージが反映された風景だからね。で、君の質問に答えるけど、君が使用し先代が見つけたこのルートは本当に偶然生まれた産物に過ぎず、答えを求めない君みたいな魔術師のみが使用出来る特殊なものなんだよ 』
確かに、僕は高尚な気概もなくただ手段として魔術を学んでいただけで、こんな世界や真理やらに至らんと考えたことは一度も無い。
声の言った事が正しいなら、父親に不可能で自分に出来たのも納得できる。
(なら、アンタは何なの?)
『最初に言っただろ?私はチュートリアル音声みたいなもの。噛み砕いて言うなら、この世界が何なのか疑問を持った君対してこの場限りで生み出された答えだよ 』
(つまり、僕が
『まぁそうだね。ただ、そこまで来ると今の状態...ゲストユーザーの扱いだと難しいから登録して頂かないとだけど 』
(登録するにはどうすればいい?)
『それは簡単。後ろを見てみなよ 』
さっき振り返った時は何もなかったが、言われた通りもう一度見てみる。
すると、そこにはさっきまで無かったもの...装飾は何も無くシンプルなデザインの剣が石碑に突き立てられていた。
(...星剣 )
『そう。まぁ、元々こんな物はこの世界に存在しなかったんだけど、君の先祖は力を得る部分をアーサー王物語に重ねてイメージしたみたいでね。それで生まれたのが星剣。君はそれを引き抜けば、晴れて万物の答えに到達した魔術師の仲間入りと言う訳だ 』
全ての答えがそこに在る。
そう考えると、求めてはいなかった僕でも不思議と緊張し始めて目の前にある剣に畏怖すら抱き始める。
全ての答えとはつまり、僕らの世界の未来すら答えとして獲得する事になる筈だ。
自分や周りの人間、更には人類の行く末を知った上で正常な精神で生きていくことなど僕に可能なのだろうか、とそんな思いが頭をよぎる。
(最後に一ついい?)
『いいよ 』
(僕の父親はこの世界には至っていないのに、星剣の魔術を使っている。その理由は?)
『あー、それね。星剣の術式から漏れ出した魔力や知識のカケラ、それらが身体に刻まれた術式通して彼に注がれているんだ。けど、あれは本来有する奇跡の一端でしか無いよ 』
(なるほど...なら決めた。僕は万物の答えなんていらない )
『...君の選択だから自由にすればいいけど、大丈夫?君はいつまでもこの場に留まるわけにはいかない。けど、元の世界に帰れば殺されてしまうよ?』
本当にチュートリアル音声なのかと突っ込みたくなるくらい、声はそう言って僕の身を案じてくれる。
いや違う、きっと師匠以外にも自分を親身になって案じてくれる人が欲しいと言う心底心理がこの声に反映されているだけなんだろう。
しかし、僕の回答に揺るぎはない。
万物の答えなんて爆弾を抱えて生活するなどまっぴらだし、きっと僕の性格も何処か達観したつまらないものになってしまう。
それに、一つ悪巧みも思いついた。
(大丈夫。こうするから! )
星剣を掴んだ僕は、魔術式をイメージしてそれを展開する。
先程チュートリアル音声は、自分は僕の求めた答えとしてこの場限りで生み出されたと言っていた。
だから星剣を引き抜かなくても、ある程度は融通が効くはずだ。
魔術式は魔方陣となり、僕を中心に石碑と星剣を取り囲むように展開されていく。
石碑に数千を超える文字羅列が刻まれ、星剣は地面から現れた鎖によって固定される。
最後の工程を終え、僕は最初より数センチだけ引き抜かれた星剣から手を離した。
『ふ、ふふ、ははは!君天才だよ!君が欲しかったのは自分の頼りない魔力炉を補う魔力と、背伸び程度の魔術の知識だけ。だから星剣を引き抜いて真理に触れる必要は無い!』
チュートリアル音声はそう言いながら、笑いが堪え切れないのか爆笑し始めた。
他の魔術師が聞いたら気絶する様なインチキを僕はした。
この世界でなら魔力の制限無しに強力な魔術を答えとして自由に使えると睨んだ僕は、星剣をちょっとだけ抜いて固定し、魔術を使って石碑を星剣から魔力と知識を搾り取る魔導具へと改造した。
つまり、魔力炉の規模自体は変わらないが異常なスピードで魔力が回復する様になり、直感的に未知の魔術の知識を手にした事になる。
これなら精神に変化をもたらす事も、或いは世界に絶望する事もない。
『はぁはぁ、笑い疲れた気がするよ。君、小心者かと思ったけどとんだ間違いだった。実に魔術師らしい欲を持った、とんだ腐れ野郎だ。さて、欲しいものを手にした君はこの場を去るんだろうけど、最後に名前を聞いてもいいかな?』
(...
この日、自分の父から秘術を奪った偽の星剣の魔術師が誕生した。
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