三節:逃亡生活の始まり 1
出来るだけ楽をするために起こした事件だが、無駄に王様の頭の回転が早くてこちらの最終目的を見透かされ、結果的に全部潰された感が否めない。
背後から跡をつけてくる衛兵に気を配りながら、せめてもの嫌がらせとして正面から出ていく事にした。
(上手くいけばいいなーくらいでやっからいいんだけど、みんなをどうするかだよなぁ )
話して確信したが、あの王様は全ての行動にリティシアの利か否かと言う考えが含まれており、利にならないと判断されようがされまいが利用される事に違いはない。
つまりは善意で協力しているクラスメイト達でさえ、損得切りをされる対象だと言うことだ。
ま、厄災に関しては異世界側もまともな情報を得られていない様だし、今のところは保険としてしっかりと囲うだろうが、少なくとも切られる可能性くらいは教えておきたい。
しかし、このまま貴賓館に迎えば流石に妨害されるだろうし、場内の結界も再構築されたのか僕の居場所は常にマークされた状態で、今までみたいに好き勝手に動くのは不可能だった。
(仕方ないし、一旦逃げたフリをしてまた戻って来ればいいか )
別に馬鹿正直に逃げ回る必要も無いし、感知結界だって根本的な術式が変わらなければまた干渉する事だって出来る。
それにこの様子だと王都を出るまでは手出しして来なそうだし、安全な内に退路を築いておくのも大切だ。
不服そうな表情で城門を開けた衛兵を尻目に門を潜ろうとした時だった。
「“フレイム” 」
丁度正面、僕の行き先からマナの揺らぎを感じ、直ぐに魔力を防御に回して炎が僕に到達するギリギリでそれを阻んだ。
ルーン魔術と同じくらい短い詠唱、しかし威力は比べものにならず、更には術式が全く未知のそれにとっさに反応出来ていなければ即死レベルの出力だ。
「先生!彼には何もしないでほしいと言ったはずです!」
「コウキには悪いけど、上司の命令に逆らえないのが世の常なんだよ...。それに君も聞いていただろ?彼は魔術師で、一人で衛兵達を制圧する技量の持ち主だと 」
土煙が消え、視界が晴れた先にいたのは誰かに対して声を荒げる杉山君の姿、そしてその誰かであり僕に向かって魔術を放った男の姿だった。
男はローゼリアに似たデザインのローブを羽織り、杉山君と話しているが意識の方はこちらに向け警戒している様だ。
何故この場に二人がいるのかは疑問だが、杉山と一緒にいる事や魔術の出力から男の正体を察する事は容易い。
「...宮廷魔術師 」
「お、僕の事は知ってくれてる感じかな。僕はリティシア王国宮廷魔術師のアルマ・スティンヘンス。よろしくね 」
「いきなり魔術ぶつけてきた人によろしくねされても困るんですが 」
「ははは、まぁそうだよね 」
魔術師に似合わないやけに明るい態度の節々に狂気を感じながら、アルマと名乗った男に対する警戒を更に強める。
(さっきの魔術、僕の知る
会話をしながら相手の背後に回した式神で先程の魔術を解析してみるが、術式が分からない以前の問題でそれを理解する事が出来ない。
そもそも世界に関わらず魔術の共通ルールとして、オドを消費し術式やそれに類似するものを構築、マナに働きかける事で魔術を成立させると言う手順を踏む。
しかし、アルマの周囲にはそれを行なった際に残るはずの魔力の残滓が全く無く、まるで魔術の結果がどこからともなく現れたと言うのが当てはまる。
(術式の省略...にしては出力が高すぎるし、この世界固有の特殊な魔術だとしても残滓が全く感知出来ないのは変だ。なら一体...)
アルマの体、口元、指先まで全ての動きを警戒し、ヒントになりそうな動きを探る。
「ん、ちょっと鬱陶しいな。“フレイム” 」
式神に気付いたのか、アルマは視線すら合わせずに魔術の行使ではなくまるで独り言でも呟くかのように、再びこの世界ではポピュラーな発火の魔術の名称を口にした。
すると背後を浮遊していた式神は突如燃え始め、一応施していた強化の魔術式をもろともせずに燃やし尽くした。
魔術ではあり得ない現象、しかし魔術師であるが故に目の前で起きたそれを否定する事は許されない。
「...あ、そうか 」
「おや?何か分かったのかな?」
「そうですね。貴方の魔術のタネと言うか正体と言うか 」
すっかりこの世界での生活や環境に慣れたと思い込んでいたが、頭には『異世界にいる』と言う前提がこびりついていたらしく、どうしてもこの世界基準で物事を考えてしまっていた。
この世界の魔術、目的こそ僕の世界における魔術と異なるが術式の成り立ちやルール、原理は似通っている。
つまり、僕の世界に存在する魔術やそれの起源となった神秘がこの世界に存在していても不思議ではない。
「『
「でぃばいん?それはよく分からないけど、僕は世界でただ一人龍言語を話せる魔術師なんだ。彼らの扱う言葉は世界に影響を与え、それはまるで魔術の様に発現する 」
旧約聖書に登場する『バベルの塔』の伝説において、天に届きかねない塔の建築を妨害するために神が同じ言葉を話していた人間から言語を奪い、その結果妨害に成功したと言う伝説が由来する。
神言とは神に奪われ、神のみが話すことができる言葉であり、その神秘性はただ単語を発するだけでも力を持つ。
龍言語が如何なるものかは分からないが、恐らくこの世界特有の伝説...バベルの塔に似た様な逸話に由来するものだと思う。
なので“フレイム”と言っている風に聞こえるが、それは僕の頭が聞き取れない言葉を勝手に自分が知る言葉に変換し、そう聞こえていると錯覚しているだけだ。
しかしタネが分かったとは言え、神言に対する明確な対抗策は無い。
何より、この魔術は真理に迫るレベルの大魔術とも言える。
コスパ重視のルーン魔術程度では容易く防御術式を粉々に破壊されるだろう。
「貴方の目的は僕の捕縛ですか?それとも殺害ですか?」
「殺しはしないよ。それに表面上は捕縛するって事にしてるけど、僕自身はローゼリアみたいにそこまで国に尽くす精神は持ち合わせない。まぁ、教え子からのお願いもあるけども 」
「つまり立場的には僕を捕まえないといけないが、個人的には捕まえる気はあまりないって事ですか 」
「そうだね。だから一つ提案があって、僕は今から君を無力化させる事が出来そうな魔術を放つ。だから、君はそれを防ぐなり避けるなりして欲しいんだ。それが成功すれば僕は見逃すそれらしい言い訳が出来て、君はしばらく追っ手に悩まされる心配が無くなるよ 」
確かに宮廷魔術師の攻撃を防いだと言う名文があれば、王様は下手に追っ手を付けるのはよろしくないと判断するだろう。
ただ相手は神言、僕が普段扱う魔術で太刀打ち出来ないのは明白だった。
「...何もせず見逃していただくわけには 」
「ムリ!少しは働かないとレイナスがキレる!てかもう若干キレてそう 」
「先生、それは普段の態度が原因です 」
どうやら、アルマは僕を見て困惑して空気になっていた杉山が、不意に口を開いて突っ込むレベルで普段はチャランポランな仕事をしている様だ。
てか見逃してくれる意思はありがたいが、僕を出しにして仕事をするフリをするのは中々に迷惑な気もする。
「それじゃ、いくよ! 」
「え、ちょっとまっ 」
「“落石注意”! 」
アルマの神言を紡ぐとマナが揺らぐ。
そして神秘は現れる。
「諸星君、上だ!」
一瞬何が起こっているのか分からずに混乱していると、杉山がそう僕に叫んだ。
言われるがままに空を見上げると、そこには範囲は狭いが今正に降り注ごうとしている巨石がそこにはあった。
高さがあるおかげで魔術を行使する暇はあるが、走って範囲外に逃げる事は不可能だ。
(全部撃ち砕くのは無理!身体強化の魔術も間に合わない! )
必死に頭で考えるが、明確な答えは導けずにその間にも無数の巨石が僕を押し潰そうと迫り来る。
結界や防壁を構築しても、巨石の質量が容易く論理術式を破壊するだろう。
今の僕には打つ手がない...いや、
息を吐いて気持ちを整える。
これ自体は僕の生まれつきの体質だが、あの日以来変質した結果今では使用するだけで体に信じられない負担が掛かるため、最近は滅多に使わない。
それでも、この窮地を乗り越えるためにと魔力を回す。
「“事象観測、固定”」
左右で対称的な魔眼、過去と未来を見通す魔眼で同時に現在を『視る』。
昔はただ視るだけの凡庸な魔眼だったが、変質した今は世界に干渉する機能を有した魔眼になった。
魔眼を通して視る現在は、僕からすれば過去で未来でもある。
要は巨石が落ちてくると言う未来は現在であり、或いは過去にもたらされる結果だ。
「“変換”! 」
刹那、時が凍り付く。
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万物が静止した様な、まるで凍り付いた様な錯覚を目の前の少年が引き起こしたのかと思った瞬間にそれは起きた。
僕が龍言語を使って召喚した無数の巨石、それは確かに少年に向かって降り注ぎ押し潰したはずだった。
(岩が...消えた!?)
上を見上げた少年の瞳が輝き出し、それが魔眼だと気付いた時には巨石は空中から姿を消していた。
魔眼にそんな力は無いはずだ。
仮に彼が異世界の魔術師だからと考えても、一度発生した現象を無かった事にするのは不可能であり、今起きた現象は世界のルールに反している。
「あはは、君は一体何者なんだ?今の現象は明らかに魔術の域をはみ出しているよ。龍言語もその部類だけれど、君はそれ以上に...」
「僕のは運がいいだけで実力では無いです。それより、貴方こそどうしてあんな魔術が扱えるんですか?この世界、魔術を道具みたく扱うからその領域に単身で辿り着く事は出来ない筈ですけど 」
「運が良かったねぇ...。僕が自他共に認める変わり者だからだよ。多分だけど、僕と同じ様な魔術師は多分この世界にいないよ 」
彼の自分を卑下する様な態度が少し気になったが、『敗者』である僕にその辺りを聞き出す資格は無い。
彼の問いに答えると、僕は道を譲る為に傍にそれる。
「さて、僕は君と色々と話したい事はあるけどやめておこう。この道を真っ直ぐ進めば王都から出るための関所がある筈だ。君の事は多分伝わってないから、適当に誤魔化せば出れるよ 」
「今更ですけど、本当にいいんですか?」
「うん、名誉とか気にしないからね 」
教え子と少しやり取りをしてこの場を後にした彼を見送った僕は、レイナスへの言い訳を考えながら城内へと入っていった。
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