2つの可能性

「なんですか」

「なんですかとはなんですか」

ベンチに腰かけている藤代に、宮中はぶっきらぼうに声をかける。

宮中は隣に座るということがなんだかできず、立ったままの状態で横にいることにした。

「白木と俺だけがわかっていることを丁寧に教えてやろうと思って」

「もっとオブラートに包んでほしい」

「悔しそうにしてただろ」

にやにやと馬鹿にした表情を向けてくる。

「してません!」

「ま、それはさておき」

――さておきって、おい。

もう藤代に文句を言う気力も起きず、心の中でツッコむ。

「吹野さんのノートを盗んだ犯人は、ほぼ今日見かけた女性で間違いない。問題は明日だ。一応、白木と俺はその犯人らしき人物が、どこにノートを置きに来るかまでは2パターンの予想がついている」

大学を出る前に2人が共有し認識していた内容を聞き、余計に頭がこんがらがった。

「でも、これだけがわからない。動機。その動機によって犯人はノートの

中身を不特定多数に知られてもいいと思っているのか、そうではないのかがわかる。前者後者どちらにせよ、ノートを返す場所が全く異なるのが厄介だな」

宮中は次々と藤代の口から語られる事の詳細を、頭の中で整理する。

理解が追い付いていないのに、返事をするのもなと思いゆっくりと頷いた。

「あの、つまりノートの内容がわからないと確定ではないってことですか?でも、吹野さんのあの様子だと教えてくれそうにないし……」

なんとなく全容を掴めた宮中だったが、それでも考えが行き詰ってしまう。

リュックを背負い直し、うーんと唸った。

「そりゃそうだ。でもせっかく3人もいるんだし、可能性のある所すべてに待ち伏せすればいい」

ニヤリと怪しげな笑みを浮かべ、宮中に「な?」と念押しをするかのように首を横に傾ける。

「まず、犯人にとって内容を知られてもいい場合。吹野さんが探しに来そうなところに無造作に置いて返すはず。もう一つ、内容を知られたくない場合。俺はこっちに賭けているんだが、あの教室に返しに来る可能性がある」

藤代は指を一つ、二つと話を進めるとともに立てる。

「あぁ、確かに。今日教室に来ていたのも頷けます。でも、教室のどこに隠すんです?吹野さんだけに気づかせるのは難しいですよ」

そもそも大学の教室は意外と見晴らしがよく、机とイスの他に余計なものは置いていない。もし、隠すとしたら天井やごみ箱の底ぐらいだろうか。

「例えばさ、講義室で座る席って大体いつも決まってない?ルーティンみたいに。周りの学生もそうで、他の学生がいつも座っているところは滅多に座らないだろ」

「そういえばそう……ですね」

「吹野さんがいつも座っている座席の机の下とか。机の下には本を置ける出っ張りがあるだろ?机の底に張り付けるようにノートをテープなんかで固定する」

「吹野さん、気づかないんじゃないんですか」

「気づかないかもしれないけど、犯人はそれだけ自分だとバレずに、きちんと吹野さん本人に返したいんじゃないかな」

藤代は決して真実を知っているわけではない。

しかし、藤代の見立ては何故だか説得力があった。

犯人と思しきあの女性が逃げたこと、吹野がノートの内容を一切言おうとしないことも結びついているように思える。

「だから、明日は二手に分かれてスタンバっとく。俺はノートの内容を知りたいから可能性のある教室で待ち伏せする。パンイチくんも来て」

「それは約束を破ることになります。そりゃ、すごく気になりますけど」

「約束した手前、どうやってノートの内容を知るかが楽しみって言っただろ俺」

「そんなサイコパスなこと言ってましたね」

吹野の相談後に恐ろしい犯行予告を藤代がしていたのを思い出し、ため息交じりの呆れ声しか出なかった。

「ノートは見ないが、代わりに犯人にその内容を吐かせる。当然断ると思うけど、絶対にそうはさせない勝算がある」

藤代は珍しく目をらんらんと輝かせている。

宮中は改めて、変な人に捕まってしまったと肩をすくめた。

「この際勝算とかどうでもいいですけど、穏便にお願いしますよ!」

面倒はごめんだと、藤代に釘を刺す。

「もちろん。そうなると、トイレの方は白木に任せることになるから連絡しなくちゃだな」

爽やか且つ胡散臭い微笑みを隣に立つ宮中に向ける。

かつてこんなにも不安を煽られる笑顔があっただろうか。

藤代は宮中の眉間の皺を華麗にスルーし、上着のポケットから携帯を取り出す。

早速白木に連絡をしているようだ。

何となく手持ち無沙汰で、上から座っている藤代の携帯画面を覗き見る。

――あ、白木先輩のアイコン猫だ。

少し目つきの悪い茶トラの猫が横たわっている写真をアイコンにしていて、頬が緩む。

「ああ!!そういえば!」

「なんだよ急にうるさいな」

ホームの案内看板にもたれ掛かっていた身体を起こし、ベンチに座っている藤代の目の前に立つ。

「俺のこと入学前にブロックしましたよね!?」

「してない。アカウント作り直しただけだよ」

「あのタイミングで?おかしくないですか」

宮中が藤代が送ってきた不可思議なメッセージに言及した瞬間、チャットが送れなくなった。適当にあしらうように答えているが、どう考えても理由が粗雑だ。

「ああ、もううるさいなぁ。めんどくさかったの、パンイチくんの追求が」

「あのB棟202と日時指定の内容を追求するのに何がめんどくさい要素があるんですか!」

――理不尽だ。面倒だったということで片づけられないぞ。

宮中は強い意志を持ち、引き下がらない心を見せる。

強張った面持ちで、ジッと藤代の回答を待つ。


藤代は先ほどから宮中から、わざとらしく目線を外していたが、正面に目の焦点を戻した。携帯を右手、トートバックを左肩に立ち上がる。宮中より幾分高めな藤代の目線が見下ろしてきた。相変わらず感情が読み取れない。それでも、引き下がらず藤代の言葉を待っていると、ゆっくりと口元が動き始めた。


「神のみぞ知る」

宮中をまっすぐ見据えたそのおどけたような、嘲笑うかのような顔は左へと横切っていった。まさかのワードに数秒ほど固まってしまう。

「待ってくださいよー!それは答えになってませんっ」

小走りで藤代の後を追いかけるが、全く取り合ってくれない。

「神のみぞ知るんだからしょうがない」

「俺はもうそんなんじゃ誤魔化されませんし、ずっと追求しますからねしつこく」

「だからモテないんだお前は」


本質的には相手にされていないが、小言合戦の相手には応じてくれているようだ。

全く腑に落ちない宮中は、小言合戦にけたたましく応戦した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大学受注発注 古島コーヒー @coffee0723

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ