黒い渦
夕方の捜索後、宮中らは最寄り駅に向かい各々の帰路に就く。
空のオレンジ色はいつしか消えていて、黒と空の色が混ざった光景に変わっていた。
3人とも家が同じ方向だったため、自然な流れで一緒に帰ることになってしまった。
宮中は先ほど馬鹿にされたのを根に持っていたのもあり、自分からは言葉を発することはしようとしない。
大人の話に訳が分からず、訊いているのにはぐらかされた小さい子供と同じ気持ちだ。もういい、と突っぱね意地を張るのも全く子供のようで、大人げないと自己嫌悪した。
まだ18歳、もう18歳。お酒は飲めないが、選挙には行ける。
しかし、やはり意地は張ったらなかなかやめ時がわからない。
特段おしゃべりでもない白木と、この沈黙状態を全く気にしていない藤代。
男3人横一列に電車の座席に赤の他人でもないのに会話がないのは、非常に異様な光景だ。
きっと宮中だけがこの状態を気まずいと感じているのだろう。人差し指と片足で一定のリズムを刻んで気を紛らわす。
すると、白木が宮中が下りる駅の2つ前で席を立った。
――俺ん家とそう遠くないんだ。
東京の2駅は正直自転車で行ける距離だ。自分の家と近いという話を本来であれば白木に直接話しかけただろうが、今の空気感ではさすがに言い出せなかった。
白木はこちらを振り向きもせず、降車してしまった。“さようなら”と声をかけようとしたが、気まずさがなんとなく勝ってしまい口ごもる。
さようならなのに、小さく“ぁ……”という声とも言い難い情けない音が、静かな車内に取り残された。
情けない声が羞恥心をさらに煽ってきて、気まずさが最高潮に達した。
車内にいる他の乗客は宮中の一部始終を見ていないし、なんならほとんど目立つ行動や音などもなかったので誰も気にしていない。
ただ、この隣にいる藤代という男だけは絶対に、心の中で嘲笑っているに違いないと宮中は思っていた。
一応笑い声はしないので、ちらりと藤代の横顔を眼球だけを動かして見る。
「なんで、見てんすか!」
「お前こそ。俺のことが好きなのか」
「色々な要素を踏まえてタイプではないので冗談はやめてください」
「はいはい。パンイチくんがあまりにも百面相してるから面白くて心で笑ってた」
「やっぱり笑ってた」
目が合った時には真顔だったのに、心で大笑いしていたと自白され顔を赤くした。
宮中は自分の心の中の動向を全部覗かれていた気持ちに一気に襲われる。
「ほら、降りるぞ」
「降りるぞって……嘘でしょ……」
藤代と顔が合わせられなくなり、床の一点を見つめていたら上の方から藤代の声が聞こえてきた。
見慣れた駅のホーム、窓から見える駅前のカフェやバスロータリー、宮中がいつも使っている最寄りと瓜二つであった。
というよりも、その駅そのものであった。
「もしかして、高校の時もここに住んでたんですか」
「うん。何回かパンイチくんを見かけたことあるよ。見つかんの嫌だったからホームの端っこに隠れたりしてたけど」
「別に話しかけませんって」
「登下校は一番エネルギーがないから構ってやれなくてごめんね」
「だから、元々話さないじゃないですか」
――まさか、おんなじ地元だったとは。
確かに、中学の同級生も同じ地区に住んでいるのに会わないものだ。
けれど、一言ぐらい言ってほしかったと思うのは、ここ数日藤代と過ごして親近感を感じてきているからだろうか。
仲良くなったわけでもない、たかが数日話しただけ。
友達ではないのに、なんだか心にぽっかりと穴が開いた。
寂しいんじゃない。知り合いなのにそういう話題も話さないのか。
藤代が宮中を誘ったのも理由ははっきりとしていないが、宮中自身であるからこその誘いだったのではないかと密かに思っていた。
――この人わけわかんねぇ。結局俺の扱いはそんなもんかよ。
理由なんてない。偶然、たまたま。優越感とは違うが、あの藤代から理由はわからないが頼られていると思っていた宮中。聞こえは悪いが、自身の価値に期待して喜んでいたのかもしれない。
ぐるぐると黒々とした心の何かが頭の中を支配する。
「おい、ちょっと来い」
遠くから聞こえる藤代の声に意識が現実へと戻される。
辺りを見回すと、10メートルほど離れたホームの一番右端にあるベンチに座っている藤代を見つけた。
――やばい、気持ち悪いこと考えちゃった。
「メンヘラかよ」
上手く感情を言語化できず、自分に苦笑いする。
きっとメンヘラとも違う。
しかしこの靄がかかったものの正体を、この事件が終われば何かわかる気がした。
――今は蓋をすべきだ。
また偉そうにふんぞり返って座っている藤代のもとに、宮中は小走りで駆け寄った。
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