怪しすぎる

 もうとっくにほとんどの学生が帰っていて、静まり返っている。

 入学して間もない宮中は、初めて見る光景に不思議な気分になった。

 夕日が半分以上沈みかけていて、宮中らをほんのりオレンジ色に照らしている。

「今からD棟に行くのか」

「うん、電話でもその授業後に落としたことに気づいたって言ってたしな」

 B棟のエントランスから伸びている緩やかなスロープを、気怠げに歩く。

「何回も探したところだと思うのですが」

「焦っている時、人は注意力が散漫になる」

 白木が振り返り、メガネを光らせた。

「そういうこと」


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「うわー、結構広いですね」

 20人程度しか入れないB棟202と比べてD棟401教室は、50人以上のキャパシティがあるようだった。

「机の中を全部見てみよう。床も見ながら」

 白木が入室早々指示を出す。

「はい」

 宮中は後方から、白木は前方から探し始めた。

 あまり期待できないであろうことはわかっている。


「やっぱりありません」

 程なくして、宮中が声を上げる。

「こっちもだ」

 真剣な捜索が徒労に終わってしまって、がっくりと肩を落とす。

 真ん中で2人は顔を見合わせ、机の上に腰を下ろす。

「結局ありませんでしたね……。あれ、先輩は?」

「俺らが探しているのにどこ行ったんだアイツ」

 忽然と姿を消した藤代。

 白木は苛ついているようで、舌打ちをする。

 その場を取り繕うかのように、宮中は困った顔に愛想笑いを浮かべた。


 ガチャ


 教室のドアを開ける音がした。

 藤代だと見越したのか白木が文句を言おうと身構える。

「ぁ……」

 見知らぬ女性がドアを半開きにしたまま、こちらを見て驚いた表情している。

 予期せぬ出来事に、白木も宮中も思わず固まってしまう。

 女性は慌てた様子で、高めに結んだポニーテールを盛大に振り回して走り去っていった。

「……めちゃくちゃ怪しすぎる」

「ただの人見知りという線もあるぞ」

「何言ってるんですか。刑事ドラマだと絶対黒なやつ!」

「これは刑事ドラマじゃない。日常系ドラマだ」

 宮中は跳ねるように机から立つ。

 変に勘ぐるなと宥める白木の冷静さに不満を唱える。


「今の人誰?」

 すれ違いざまにちょうど藤代が入ってくる。

「知らん。お前どこほっつき歩いてたんだ。こっちは真剣に探していたっていうのに」

「俺もちゃんと探してたよ。を」

「トイレ、ですか」

「なるほど」

 どうしてトイレという単語がいきなり出てきたのかわからない。

 白木は気づいているようで、宮中はさらに困惑する。

「パンイチくん忘れちゃったの?授業後にトイレに寄ったと言ってたじゃん」

「言っ…てました?」

「今後俺と同じ大学ってこと言うなよ」

 藤代はやれやれと大げさに首を振る。

「ひどい!!」

 宮中は手で顔を覆って泣き真似してみるが、華麗に無視された。

「んで、俺はそこのトイレの化粧台にノートが返却されていると踏んだんだが」

「なかったのか」

 うん、と力強く頷いたと思ったら藤代はにやりとしていた。

「恐らくノートは、吹野さんがバッグを化粧台に置いていた時に盗まれた。そしてその犯人は同じ女性と断定できる、そんで今去って行った女性が怪しすぎる」

「ほら!やっぱり黒じゃないですかー」

 口をとがらせ柄にもなく、子供っぽい言い回しで白木に詰め寄る。

「……まだ決めつけは、良くない」

 白木は近づく宮中に片手で少し胸を押し返す。

 うざそうな気持ちを隠さないところが白木らしい。

「ここに現れたのもノートを返しにきたんだろう。吹野さんがいつも座っている机の中に。でも、お前たちがいて返せないと思った」

 説明に必死に耳を傾ける。

 が、藤代は続きを話すのを止めこちらをじっと見つめている。

「パンイチくんだったらどうする?どこに置きに行く?」

「俺……だったら、吹野さんが行きそうなところに。でも、正門への大通りに置くわけにも。うーん、トイレ?」

「不正解」

「えぇー、じゃあどこに」

「正解は、“持ち帰る”でした」

「どこに置きに行くって訊いてきたのにずるくないですか!?」

「藤代、それはお前がいけない」

 完全に遊ばれていた。

 その証拠に藤代は珍しく笑顔を見せている。

「とりあえず今日はもう帰ろう。ノートは明日だ」

 笑い声をこぼし、あっさりと引き上げようと告げてきた。

「ちょ、待ってくださいよ。明日見つけられる保証なんてあるんですか」

 そうだな、と藤代に同意した白木もリュックを背負い、教室を出ようとしている。

 置いて行かれないようにリュックの肩かけ部分を乱雑に掴んで、2人を追いかけた。

「あるよ。パンイチくんは何もわかってないようだね~」

「察し悪すぎ」

「あなたたちと違って普通の人間なので」

 自分以外が知らないことを知っている、その上馬鹿にされ柄にもなく、腹を立ててしまった。


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