何の変哲ものないノート

「ノートを探してほしいんです。白くて、A5くらいのサイズで、表紙はまっさらで何も書いてありません」

「大学内でなくされたんですか?」

「はい、昨日の4限終わりに」

「いつも持ち歩かれているノートですか?」

事情を訊いていた白木に代わって、藤代が戻ってくるなり質問し始める。

「あ…いや、昨日はたまたまスケジュール帳と間違えてしまって」

「いつもは持ち歩かないと」

「はい、家用みたいなものなので」

「とりあえず、手分けして探してみます」

「あのっ、……探す際には聞き込みはしないでいただけると」

3人全員に真剣なまなざしを向ける。これが一番重要なことであるようだ。

宮中は吹野の発言の意図がわからなかった。

「わかりました。もちろん、中も勝手に見ません」

なにやら意図をくみ取った藤代が、気を利かせて吹野が言うであろう注意事項を先に言ってしまう。

「ありがとうございます。お昼くらいに学生課に行ったのですが、まだ届いてませんでした」

「そうですか。では我々は昨日、吹野さんが落としたことに気が付いた4限の教室から調べます」

「昨日はD棟の401教室で授業でした。そこからはトイレに行って、まっすぐ帰りました」

「正門までの大通りに出てそのまま特に寄り道せず帰りました?」

うーん、と右斜め上を向きながら必死に思い出している。

「同じ授業を取っている友達もいなかったので……うん、寄り道はしなかったですね」

自分の発言に何回か頷き、信憑性を持たせる。

「あ、すみません!この後バイトがあるので、失礼させていただいてもよろしいですか」

スマホの時間を見て、ここに来た時と同じように焦りだす。

吹野は焦ると、早口になり丁寧な言葉遣いはしつつも声が大きくなる。

「ええ、大丈夫ですよ。何かあったらお電話します」

「はい!お願いします」

机と平行になるほど深々とお辞儀をする。と、思ったらすぐさま椅子から立ちあがり扉の方まで小走りしていった。

肩にトートバックを勢いよく掛け、部屋を出る際には軽く会釈して走り去っていってしまった。

「なんだか、嵐のような人でしたね」

「それだけ早く見つけてほしいんだろ」

もっと落ち着いた印象を見た目で抱いていたからこそ意外だった。


「中身気になりません?」

内容を頑なに触れなかった吹野の様子により好奇心が搔き立てられてしまった。

自分だけではないはずと、白木と藤代に同意を求める。


「実は俺も」

ポーカーフェイスをしつつも、控えめに手を挙げる白木。

まさかの人物の共感に口元が思わず緩む。

「ですよね!ですよね!」

座っていた椅子を大きく鳴らせ、1つ先にいる白木に駆け寄る。

「え、なんだよ近い怖い」

「まさか共感してもらえるとは思わなかったので」

「気になるだろ普通」

興奮冷めやらぬ宮中にドン引きしてはいるが、なんだか恥ずかしそうにしている。

こちらに目を合わせてくれない。

――案外、白木先輩は藤代先輩より人間味あるかも。


「お前らったら卑しい~」

真ん中の席で椅子を軋ませながら、弧を描くように漕いている藤代。

「いくら先輩でも中身知らないくせに」

「人間ならみんな気になる」

卑しいと言われて、白木と宮中は口々に抗議する。

「あらやだ、そんなムキにならんでも」

「で、藤代。お前はどうなんだ」

白木のどうなんだの聞き方には、どう思うのか、どうするのかといった意味が込められているようだった。

「どうなんだって。中身を見たいというよりは、見ないと約束した手前どうやって見るかの方が楽しみ」

「俺、先輩がいつか快楽サイコパス犯罪者にならないか心配です」

「知り合いとして取材されたらやると思ってました、片鱗を感じていましたって言うからな」

「おうおう、なんとでも言え。……それよりまずノートを見つけないとな」

2人の言葉を適当に躱し、席を立つ。

「だから、どうすんだ」

完全に置いてけぼりの2人は顔を見合わせる。

「行くぞ」

ドアノブに手をかけ、外をくいっと顎で指した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る