第五十九章『楽園の再建とC.P.U.』

 ドアをノックする音が部屋の中に響く。


「入ってくれ」


 二人の女子生徒がこの厳格な雰囲気漂う部屋に入ってきた。

 一人は堂々した立ち居振る舞い。もう一人は緊張しているのか小刻みに震えている。


「ご苦労だった。君たちの仕事はもう終わった。良い結果だ」

「私に掛かれば大したことはない」

「白河さん、何かしてましたっけ……」

「明川こそ。恋煩いでうつつを抜かしていた」

「だ、誰がそんなことを……してません!」

「でも満更でもなかった」

「だから、違います!」

 彼女らが論争をし始めると、割って入るように男は咳き払いをする。


「何の用だ、校長?」

「白河さん!すみません、五月蠅うるさくしてしまって」

「いや、もう用は済んだから、外でやってくれ」

 兵隊の行進のように勇ましく歩いて去る少女の後ろで男に向かい謝る。


「すみません、失礼します……」

バタンと扉が閉まるのと同時に男は肩の力を抜き、溜息を吐いた。


「はぁ……」

 依然としてそのやり取りは壁すら貫いて耳へと入る。


「では何故彼との初体面時に倒れた?あんな演技は必要なかったはず」

「それは……」

「矢張り異性としての情動と判明。そしりは免れない」

「言い掛かりです!」

「何を熱くなっている?」

「っ……!」

「安心しろ、私の見立てではあの二人はまだそういう関係ではない。諦めるには早い」

「……もういいです!」


 長らくそれは続き、その終わりとともにもう一度盛大な溜息を吐いた。


「やれやれ……」


 そうしているとまたノックが響く。

 男の顔が一気に引き締まる。


「失礼します」


         ☆


「何の用かね。君を呼びつけた覚えはないのだが」


「はい、私が勝手に参りました」

 機械音声よりも感情の籠っていない声で彼女は挨拶をする。


「用というほどの事ではないです。これを提出しに来ただけですから」

「報告書……」

 男は絶句して大きく見開いた目でその魔女を視界に収める。


「『——彼に調査させていた筈……』ですか。どうして私が持っているのかと疑っているんですね?」

「理由は簡単です。監視者が二人居たように、調査員も二人居たんですよ。それはそのもう一人の物を拝借したものです」

「成程。それでもう一人の方にはコピーを返したということか」

「御名答です。流石伊達に校長をしている訳ではありませんね」


 男は納得したように俯きその紙を手に取る。

 そして、ある程度読んだ所で目を止めた。


「嘘を話したのか……?」

「虚言じゃありませんよ。一部改訂したまでです。それに——」

 彼女の顔つきが更に悪化し、悪魔へと変貌する。


「——何故、部外者に私の秘密を打ち明けると思った?そんな愚かな真似するわけないでしょう。では言えというのか?『私は人殺しです』と」

 男はそれに面食らったが、冷静を保ち否定する。


「人殺しというのは誤りだ。実際死んでいないだろう……」

「そんなのは些細なことですよ。はぁ……どうせこうなるなら止めを刺しておけば良かったかなぁ……折角半殺しで許してあげたのに」

 その語尾と口調は乱れ、塗装は剥がれ落ち、仮面は割れる。

 徐々にその狂気は昂っていく。


「もういい。私が悪かった」

「いえいえ。すみません、話が逸れてしまいましたね」

 一瞬にして彼女はその姿を変える。


「文芸部、楽エン部はもう大丈夫そうですね。これも彼の御陰かと」

「そうか。矢張り思った通りの男だったようだ」

「ところで『契約』と仰っていましたが、一体どんな内容なんですか?」

「それについては機密事項だが……」

「ヒントだけでも教えて下さい」

「彼にとって文芸部に入ることはそれを達成する為の手段であり、叶える条件でもある」

「哲学でしょうか……」

「用はそれだけか?」

「あ、一つ申し上げておきたいことがあります」

「何かね?」

「私『CPU』の意味が解りました」

「そ、そうか……」

 

 男は手拭いで額の汗を拭う。


「そして校長がこんなことをしている理由も」

「それは有り難いな」

 ふっと笑みを零す。


「確信しました。あなたこそがあの三十年前の創部者の一人、即ち楽園の創造主だと」

 男はそれぎり何も答えることなく、ずっと押し黙っていた。


         ☆


 四月某日


「いや~また来須君と同じクラスとは。ご縁があるようですね」

「全くついてないな……」

 その青年は天井と見つめ合いながら、不満を垂らす。

 その言葉とは裏腹に彼の表情は至って明るい。

 そんな中隣を歩いている男子生徒の携帯電話が軽快な音楽を流す。


「新部長からですね。『放課後に集合』とのことです」

 青年はその異様なほど主張の強い音楽に目を細めるが、それを無視して口を開く。


「相変わらず簡潔過ぎる文章だな」

「いいじゃないですか。百の御託より一つの事実の方が大切です」

 すると納得したように頷いた後、炎を吐く。


「行くか……」

「そうしましょう」


 

 金属音を立てながらその扉は今日も開く。

 その室内には六人の男女がもう既に揃っていた。


「遅いですよ?」

「遅刻なんてないだろ?」

「その認識は甘いわね。れ、零士……」

 

 その女子生徒は高圧的な態度を取ったと思うと、急に口籠る。

 その威厳を欠いたさまに他の部員たちは苦笑する。

 靄がかかったような空気の中、如何いかにも若人という風の女子が場の空気を一新すべく切り出す。


「ところで今日は何か話があったんですよね?」

「あ、そうそう。今年の文化祭は去年より多く手伝うことになりそうだから、それを一応伝えておこうと思って」

「一年始まったばかりなのに、もう文化祭っすか……」

「まあ、早く準備するに越したことはないですからね!」

「私も頑張り、ます……!」

 

 皆やる気に満ちた視線を確かめ合い、手を合わせる。

 円になり中央に手を重ねる。


「こういうの一度やってみたかったんですよね~」

「いざ我に返ると恥ずかしい気もしてくるっすね……」

「我らこそ真の絆を持つものなり」

「今年も忙しない波乱万丈な一年になりそうですね」

「だとしてもこの部で皆の役に立てるのは嬉しい、です……」

「それもそうですね、もっと思い出を濃いものにしていかなくては」

「まあ、ここまで来たらやるしかないな」


 一同が覚悟を決めたような真剣かつ優しい表情で熱を高める。


「じゃあ部長、まとめてくれ」

「え?あ、そそうね」

 一度咳ばらいをして、暫し間を置いて彼女は叫ぶ。


「楽エン部、ファイトー!」

「「オー‼」」

 その大声は混ぜ合わさって一体となり、暫く部屋の中に響いた。

 

 これこそがちょっと、いやとても奇妙な文芸部の物語の新たなる始まりである。




 細芯鉛筆シャーペンを激しく動かしていた少女はゆっくりと机にそれを置き、たった今書いた文章を眺めながら、懐かしむように溜息を吐いた。

 そしてそのノートを閉じる。それは彼女の嗜むものとはまさに正反対のものだった。

 裏表紙には部員たちの名前と、彼女の名前が丁寧に書かれていた。


 

 石見真理

 小北朔夜

 小田桐隆一郎

 神楽香音

 来須零士

 白河伊鶴

 但馬基博

 硲由希

 美海星

 柳楓


 記録者  第六期部長 堺美咲

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楽園の創造主 四季島 佐倉 @conversation

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