おじいちゃん無双! 〜最強魔剣士は、孫が心配でこっそりダンジョンについて行く〜
コータ
勇者になった孫の、最初の戦い……についていく
「じいちゃん! じいちゃん!」
早朝、とはいっても老人達にとってはそれなりに時間が経っていたが、家に訪問者がやってきたらしい。齢八十になろうというログレスは、痛む腰をさすりながらも戸を開けた。
「おお、アレクじゃないか! どうした? 随分と早起きだな」
アレクと呼ばれた青年は、ログレスの顔を見るなりにっこりと笑う。肩までの黒髪をした好青年で、自慢の孫でもある。
「聞いてよじいちゃん。俺、実は勇者の適性があったらしいんだ! これから初めてのダンジョン探索に行ってくる!」
「な、何!? お前が……あたた!」
いきなりの衝撃で体を揺すった勢いで、また腰が痛くなってしまう。まだ背は丸まっていないが、やはり年齢からくる衰えは隠しきれない。
「あ! 大丈夫!?」
「ああ、問題ないとも。それにしても良かった! うちの家系から立派な勇者が誕生したわけだな。やはりアレクは天才だ!」
「天才なんかじゃないよ。おじいちゃんとおばあちゃんにはちゃんと報告しようと思って来たんだ。じゃあ俺、みんなを待たせているから」
「あらあら、アレクったら、もう少しゆっくりしてもいいのに」
背を向けた青年へ、家の奥からやってきたログレスの妻ポルカが声をかける。
「おばあちゃん! ありがとう……でも、ちょっと待たせすぎちゃってるかもだし。ごめんね! じゃ」
「アレクや。ちなみにどこのダンジョンに潜るつもりだ?」
「エキザカムの洞窟だよ。町から北東に少し行ったところ。じゃあまたね!」
元気に駆けていく後ろ姿に、ログレスはなぜか若い頃の自分を見たような気がした。
◇
日中、ログレスとポルカは居間でぼんやりと過ごしていることが多い。大体にしてどちらかが散歩に行ったり買い物に行ったり、庭の手入れをしたりを繰り返しているだけの毎日だった。
しかし、この日のログレスはどうにも落ち着かない様子でそわそわと家中を歩き回り、何かを考えている様子を見せている。長く連れ添っているポルカはそんな夫の姿が気になっていた。
「おじいさん、今日は随分と落ち着きがありませんね。どうしたのですか?」
「ん? いやな、ちょっとワシも若い頃みたいに体を動かそうと思っていたのだが、どうしていいのか分からずウロウロしていたというわけだ」
「アレクに触発されたのですね。あの子も立派になったものです。ついこの前まで、あんな小さな男の子だったのに」
アレクはもう十八歳であり、幼かった時はかなり昔なのだが、二人にとってはあっという間のことだったらしい。
「うむ。あれは強くなるぞ。もしかしたら歴史に残る英傑になれるかもしれん! ばあさん、ところでワシの剣はどこにしまっていたかな?」
「はて、何処でしたか。私も覚えていませんよ。剣なんて持ち出してどうするつもりです?」
「ん。ちょっとワシも久しぶりに、ダンジョンに潜ってみるのも一興かなと思ってな」
この言葉を聞いて、すぐにポルカは何かを察したらしく、呆れてため息を漏らした。
「まあ、おじいさんったら。まさかとは思いますけど、アレクの様子を見にいくつもりではないでしょうね?」
「……んー。ちょっとな。まあ散歩のついでに」
「おじいさん。アレクはもう大人なんです。甘やかしてばかりではいけません」
「違う違う! ちょっと見守るだけだ。ワシは何も、孫に要らぬ手伝いをするつもりはないぞ」
ポルカは夫にお茶を薦めながら、自らはメガネをかけて本をめくり始めた。
「アレクの気持ちも考えてくださいな。もし親族が、ダンジョンまで様子を見にきていることをお仲間が知ったら、きっと恥ずかしい思いをさせますよ」
「わかっとる、わかっとる! だからワシは、気がつかれないように後ろから様子を見守るつもりだ」
「それこそやめてください。もし見つかったら恥です」
「ワシは見つからん! あ、思い出した! 剣は書斎の隠し部屋だったな。では行ってくる」
「あ! おじいさん、待ってください。おじいさん」
ログレスはここ数年の衰えが嘘のように軽快な足取りで隠し部屋に向かい、埃を被っていた剣を手にする。部屋の中には沢山の武器や防具が並べられていおり、冒険で手に入れた称号や、国王からの賞状なども飾られていた。
◇
それからほんの数分後のこと。
エキザカムの洞窟前に勇者アレク一行は集まっていた。初めての冒険を前に、リーダーである勇者の顔は険しく傍目からも緊張が見て取れる。
彼のパーティはファイターとウィザード、プリーストというメンバー構成だった。ファイターは大柄な男で勇猛さが顔に出ていて、ウィザードとプリーストは女性だった。
いずれも理知的な顔立ちをしている上にバランスもしっかりと取れていた為、ログレスは心の中で孫を褒めちぎっている。
「ふうー! しばらくぶりだな、ここまで歩くのは。どうやら、これから始まるようじゃの」
「おじいさん、本当に見守るだけですよ」
「わかっとる! その杖を持った姿、今見てもなかなかいけておるぞ」
「おじいさんも、剣を持たせると若返りますね」
岩陰に隠れつつ、二人の老人が様子を見守っている。何だかんだと文句を言ったものの、結局ポルカも同行することになった。
ログレスは一本の黒い剣を持ち、ポルカは白い杖を抱いている。いずれも現役時代の二人が扱っていた中では、最も優秀な武器だ。
一つ咳払いをした後、アレクは大きな声をパーティメンバーに向けて発した。
「みんな! 知っての通り、今回が僕らの初めての依頼になる。それも大臣ワールモ様からの依頼なんだ。洞窟の最深部にいる害獣モンスター達が、夜になると近くの村を襲って人を殺してしまうと聞いている。最近は特に王都周辺でも魔物に人が襲われる事件が多発していて、平和が脅かされつつあるんだ。このまま被害者を増やすわけにはいかない。今日これからが俺達のスタートだ。みんなでまずは洞窟のモンスターを退治しよう!」
アレクの声に聞き入っていたログレスは、最後の一言が終わった時大きく首を縦に振った。思わず拍手を送りたくなる気持ちをグッと堪えている。
「決まったな。最初の声かけにしては上等だったぞ。アレクは冒険者を辞めても仕事にありつけるだろうな。演劇者や詩人にもなれそうだ」
「どうでしょうねえ。あ……皆さん洞窟に入っていきますよ」
「よし! ワシらも追うぞ!」
「はいはい。腰には気をつけてくださいね」
アレク達が洞窟に足を踏み入れ、最後尾の魔法使いの背中が小さくなってきたところで、ログレス達は後をつけていった。
◇
「いよいよだな。始まるぞ」
「おじいさん、やっぱり帰りませんか。なんだかとても悪いことをしてるみたい」
「気にするな! ワシらはただ見守ってるだけだ」
洞窟の地下一階まで来たところで、アレク達の初戦闘が始まっていた。相手はスライムにゴブリン、コブラといった弱い魔物達だった。アレクと戦士は懸命に鋼の剣を振るい、魔物達に斬りかかっている。
「ふぅむ……あの戦士もアレクも、間合いが遠すぎるな。もう少し踏み込まねばキリがなくなるぞ」
「最初はみんな、ああいうものですよ。おじいさんだけです、いきなり突っ込んで行ったのは」
「初めの一撃が重要なんじゃ。喧嘩も戦いもな。お!」
ログレスはアレクが身を翻しながらコブラとゴブリンを一気に薙ぎ払った姿を凝視し、関心してうなずいていた。その後も魔物は増えていったが、ウィザードがファイアボールを放ち、プリーストが回復を続けているおかげで徐々に押しているのが分かった。
しかし、ピンチは急に訪れる。プリースト目掛けて隠れていた狼が飛びかかった。普通の狼の倍はあろうかという巨体で噛みつかれそうになったところを、アレクが必死に剣で庇う。
「うむ! しっかり周囲が見えておる。リーダーの役割をこなしておるな」
「あら、あの狼……仲間を呼んでいますよ」
遠吠えをした狼に呼び寄せられるように、他の狼達が一本道の両側から駆けてくる。挟み撃ちの形になっているようだ。
「く! ドルガー! 君は反対側を守ってくれ。俺はこっちで迎え撃つ!」
「お、おう!」戦士は狼狽しつつも、言われた通りに壁になろうとしている。
狼達はログレスとポルカにはまるで気がついていなかった。二人は気を消し、強く注意をしなくては解らないほどに存在感を薄めている。
狼の大群が横切ろうとした時だった。
「ギャウウ!?」
次々と何もないはずの空間で、野蛮な獣達が暴れ狂いばたばたと倒れていく。その光景を眺めていた戦士は、目を丸くして何度も瞬きをした。
「な、なんだ!? あいつら、自滅してるのか?」
もう通路の奥からやってくる狼はいない。戦士はすぐにアレクに加勢し、一行は初めての大きな戦闘に勝利した。ジロリ、とポルカがログレスに視線を送る。
「おじいさん……見守るだけという話でしょう?」
「ん? そうだぞ。なんか近くで狼どもが仲間割れを始めていたな」
「苦しい言い訳はやめて下さいな。どんなに速く剣を振っても、私には見えていますからね」
ログレスはふん、と鼻を鳴らして歩き出した。
「初めての戦闘じゃと言うのに、仲間を呼ばれるなど酷い話じゃないか。アンフェアだったから、あれはしょうがない」
「冒険者は初めから過酷なものでしょう。私達もそうでしたよ」
「時代は変わっておるんじゃ。しかしこの付近にも魔物が出るようになったとはな。確かに少々物騒になっているようだ」
「アレク達の仕事が増えますね。きっとこれからどんどん成長しますよ」
妻の一言に夫は大いに賛同した。しかし、何か思うことがあるらしい。勇者達が降りていった階段の前で、ログレスは腕を組んで少し考え事をしている。白い口髭を彼がいじっている時は、大抵何かに悩んでいる時だということをポルカは知っていた。
「どうしましたおじいさん。階段を降りるのが辛いのはわかりますけど」
「違うわ! なあばあさん、どっちだと思う?」
「何がです?」
「あのウィザードとプリースト、どっちがアレクに惚れておるかな?」
「まあ! まだ早いですよ。あの子には」
「アレクはもう立派な大人だぞ。さっきはプリーストを庇っていた。きっとあの娘はアレクが気になっているだろうな。始まったぞ、ロマンスが!」
「ばかなこと仰ってないで、さっさと降りて下さいね」
◇
「ウィザードとプリーストだったら、絶対にプリーストを嫁にするほうがいい。これは冒険者の中では、百年以上前から答えが出ておる」
「まったく。暇な冒険者もいたものですね」
アレク達は順調に洞窟を進み、いよいよ最深部に到達しようとしていた。恐らくは開けた部屋の中に、この洞窟に巣食う主がいる。若者達の背中は、遠目から見ても緊張で強張っていることが分かった。
「夫婦というものは時として喧嘩をすることがある。プリーストなら程々で話が収まるが、ウィザードはそうはいかん。魔法で黒焦げにされる奴を何人も見たぞ。アレクにはプリーストの嫁が似合う」
「プリーストは夫婦喧嘩で即死魔法を使うらしいじゃないですか。蘇生魔法で生き返らせては殺して、を繰り返す怖ーい人もいるようですよ」
「……まあウィザードでもいいけどな。ばあさんが賢者で本当に良かったわい」
「おじいさん、そろそろ始まりますよ」
部屋の扉を少しだけ開け、中の様子を伺う。この洞窟のスケールで考えれば、恐らくはホブゴブリンあたりが主ではないかというログレスの予想はあっさりと外れた。
「まあ! おじいさん、あれは……」
「……上級も上級だな。矛盾に満ちた邂逅だ」
アレク達はあまりの事態に驚き立ちすくんでいる。突如として広い部屋内に現れた魔法陣から、溢れんばかりに凶悪な魔物が飛び出してきた。
黒く巨大な飛龍、巨体に見合う棍棒を振り回すギガース、死してなお生者への怨念を捨てられないゾンビトロル、ありとあらゆる最上級の魔物達が、王宮広間よりも面積がある空間でのさばり始めた。
「きゃああ! あ、アレク! 逃げましょう」
プリーストが悲鳴を上げ、ウィザードは杖を持ってガクガク震えている。戦士はただ呆然としていた。
「く……しかし、囲まれてしまった。このままじゃ。うわぁ!?」
不意に背後から赤黒く豹変したグリズリーが爪を振るってきて、アレクの腕を切り裂く。血が飛び散り、騒ぐ間もなく勇者パーティは四方から百を超える魔物達に攻撃を受け始めた。
冒険初心者達と、トップクラスの魔物との戦い。馬鹿らしいほどの戦力差を覆すことはできず、あっという間に、勇者達は無惨にも殺され——、
「これは仕方ないよな。ばあさん」
——るよりも速く、一人の老人が舞うように剣を振り、勇者達を囲んでいた怪物達を瞬きする間もなく切断した。誰しもが視界に映ることも許さない瞬殺の刃が、たった一人の老人から放たれている。
「私達の時代でも、流石にあり得ないことですからね」
勇者達にエメラルドグリーンの光が舞い落ち、彼らは傷跡一つ残らず元気な姿に戻っている。それは高位のプリーストや賢者にしか扱えないという、パーティ全体を治癒する魔法の一つだった。
「じ、じいちゃん!? ばあちゃん!? なんで?」
「お? おおー……アレクだったか。いや何、実はこのあたりもな。ワシの散歩道の一つだったりしてな」
「おじいさん、色々と苦しいですよ」
「コホン。まあええじゃないか。お前達はそこで休んどれ。ばあさん、みんなを頼むぞ」
「はいはい。結局はこうなるのですね」
ログレスはカッカと笑うと、向かってくるグリズリーの攻撃をひらりと回るように避け、同時に胴体を斬り裂いていた。真っ赤な血が飛び交う中、老人がたった一人で剣を振るい続ける。
気がつけば洞窟の大部屋には百をゆうに超える魔物達がひしめいていたが、齢八十を超えた老人にとっては驚くことでもないらしい。
デビルエンペラーと呼ばれる魔法使いの黒炎、首のない騎士の斬撃、巨大なムカデによる突進がログレスに集中する。しかし彼は攻撃がかする寸前で避け、同時に急所を剣でなぞるように斬っていく。いつしか黒い剣からは赤い光が漂い始め、ログレス自身も赤いオーラに包まれ始めていた。
「す、凄い……やっぱりじいちゃんは随一の魔剣士なんだ。邪な気を吸収して戦う。敵が強くて悪い程、じいちゃんの強さは増していく」
興奮するアレクの言葉に、戦士が驚いて後ずさる。
「魔剣士って……まさか! あのログレス様なのか?」
「ひゃああ!? こっちにきたよ!」
魔法使いが狼狽して叫び声を上げた時には、既に一匹の大蛇が口を開いて飛びかかっていた。勇者達にその毒牙を当てようという瞬間、歯が砕けて大蛇は弾け飛んだ。
「あらあら。威勢が良いですねえ」
若い冒険者達からは、ポルカは呑気に佇んでいるだけにしか映らない。しかし彼らの周辺には、彼女が作り出した円形のマジックバリアが張られていた。
通常のマジックバリアよりも繊細に練り上げられた鉄壁の防御。プリーストの少女にはその精密さと優秀さをすぐに理解することができた。
「あ、あの。もしやあなたは……大賢者ポルカ様では」
「まあ、そんな風に言われたことも、あったかもしれないですね」
涼しい顔をしたポルカに、剣を振り回しながらログレスは怪訝な顔をした。大蛇はまるで適当な動きに思えた剣になす術もなく斬り倒される。
「ばあさん! ばあさんは戦わんのか?」
「嫌ですよ。恥ずかしい。それより、腰は大丈夫ですか?」
「戦っている時は別腹ならぬ別腰じゃな! カッカッカ!」
「じ、じいちゃん! 危ない!」
勇者は精一杯の声をログレスに届けた。まるで背後から火球が飛んでくることが分かっていたかのように、彼はあっさりと火球をかわした。
「あー……お前で最後になったか。随分と高いところにおるじゃないか」
最後に残っていたのは、黒く巨大な飛龍である。魔物達の頂点に位置すると言われる龍族のなかで、特に厄介だとされる存在だった。
ログレスは剣を肩に乗っける形で、飛龍と見つめ合っていた。最後に残った魔物は翼をはためかせながら、大きく深く息を吸い込み始める。
「ま、まずいよ! 破滅の息がくる!」
ウィザードが悲鳴に近い声を上げた。あらゆる冒険者を一瞬で灰にしてしまったという、最警戒レベルのブレスが洞窟内で放たれようとしている。
だが、ログレスもポルカもまるで動揺している様子はない。怯んでいるのは若い勇者達の方だった。
「さっさとせえ。ちゃんと待っておるだろうが」
老人の挑発に怒り心頭の飛龍が、巨大な口から太陽を思わせる色をしたブレスを吐いた。直視することもままならない光とともに、猛烈な衝撃が洞窟内に広がっていく。やがて破滅の息はログレスを包み込んだ。
「じいちゃん! じいちゃーーん!!」
「ば、バカやめろ! お前も死ぬぞ!」
アレクはマジックバリアから出てログレスの元へ向かおうとしたが、必死に戦士が体を抑えて引き止めている。太陽の輝きは真っ白な渦へと変わり、老人をなぶり続けているようだった。
しかし、唐突に破滅の息は霧散してしまう。まるで何事もなかったかのように、洞窟の中は暗さを取り戻し、残った息の光が儚く消えていった。
「うむ……これならいけるな」
ログレスは全くの無傷で立っている。その事実が勇者達には信じられないが、ポルカだけは退屈そうにしていた。全身を赤黒いオーラに包み、まるで炎をまとっているような、鬼を思わせる風貌。飛龍の渾身の一撃を吸収し、先程よりも力強さが増している。
かつて恐れられた鬼の魔剣士がそこに立っていた。
「おじいさん。遊びは程々にしてください」
「わかっとる、わかっとる!」
その一言と同時に、老人は空高く飛翔する。人間技とは思えない無動作からの跳躍は、勇者達が視界におさめられない程に俊敏かつ豪快だった。
「グウウウウ!?」
飛龍は自らの上空まで到達した老人の姿が信じられなかった。抵抗する方法はいくつもあったけれど、どれもが間に合わない。強靭な顎で、鋭い爪で、硬い頭突きで抵抗できたとしても、行き着く先は結局同じ。
「アレクー! 上段からの一太刀はこうやるんだぞ! せぇい!」
赤黒い閃光が走り、十メートルを超える飛龍の巨体に一本の縦線が走る。やがて線は太く広がり、飛龍は巨大な胴体を二つに分けて地面に墜落した。
「凄いや! じいちゃんは、今でも最強だよ!」
アレクは祖父の活躍に強い感銘を受けていた。しかし、こういう反応はあまり得意ではないログレスは、頭を掻きながら、
「ま、お前はワシよりやれるようになる」
と答えるので精一杯だった。そしてちらりとポルカに視線を送る。
「ばあさんや、この魔法陣。調べられるか? 誰の差金か知りたいのだが」
「ええ、もう大体わかっていますよ」
◇
大陸全土を収めているジーク国王謁見の間で、大臣が悠長に来客と会話を弾ませていた。そんな折、あまりにも唐突な来訪者が現れる。
「ばあさんや、ここはちいっとも変わっとらんな。ワシらが若い頃のまんまじゃ」
「おじいさん、そんなことないでしょう。全然違いますよ」
兵士たちが止めるのも聞かず、二人の老人が謁見の間に入ってきてしまい、大臣は戸惑いと怒りが同時に込み上げてきた。
「なんだこいつらは!? ええいお前ら何をしておるか! さっさとこの老ぼれどもを叩き出せ!」
「おっと。お前が大臣のワールモだな。予想していたとおり、臭い奴だ」
ログレスがズンズンと歩み寄ってきて、大臣は狼狽えて数歩後ずさる。しかし暴挙とも思える行為をしても、国王は怒らない。
「ばあさんや、こいつだろう?」
「ええ、ええ。間違いありません。では、失礼しますね」
ポルカは杖を大臣へ向け、森林を思わせる色合いの光を放った。それは大きな玉となって大臣に当たり、やがて浸透するように消えていく。
「う……グオオオオオ!」
大臣は一気に体が膨張し、服を破いて毛むくじゃらの体を晒した。頭には大きな角が二本生え、顔はフクロウに似て体は熊のようだった。
「なんで、なんでバレたんだぁ!? ギイイイイ!」
「だ、大臣!? その姿は一体」
国王は巨大化した怪物を前に、恐怖のあまり玉座から離れられずにいる。しかし、ログレスはどうも気怠げだった。
「ここ最近王都に魔物が現れるようになったのも、洞窟に飛龍どもが召喚されたのも、全部こいつのせいというわけだな」
「クハハハ! いかにも! もはや隠す必要もない。お前らを皆殺し——」
「もう斬っとる」
うっすらと怪物の体に縦に線が入った。それは飛龍の時と同じく、やがては怪物を真っ二つに引き裂いていった。ゆっくりと蒸発しながら、怪物はただただ驚きに目を見開いたままこの世を去っていった。
「それにしても、ジーク様。大きくなられましたねえ」ポルカが呑気な声で国王へ話しかける。
「え、ええ。まあ……」
「カッカっカ! 威厳が出てきておるじゃないか。ワシの次にな」
「光栄です……その。いつぞやは、命を救ってくれて、本当に」
怪物を片付けながら、兵士達は自分の耳を疑っていた。誰に対しても雄々しい態度を取り、決して無礼を許さない国王ジークが、老人二人に頭が上がらない。そんな光景を見たことは初めてだった。
「気にするな! じゃあ、場違いな老人は去るとするか。アレクを宜しくな」
◇
「いよいよアレクも旅立つ時が来たか。まあ、この大陸に長居してもしょうがない。他所の土地に行ってこそ、冒険の醍醐味があるというものだ」
「おじいさん、早くしないと船が出向してしまいますよ。見送りに来たのでしょう?」
洞窟での騒ぎから二週間が経過し、アレク達はそれなりに成長をしていた。弱い魔物ばかりの大陸を離れ、一段上の世界へ羽ばたこうとしている。名残惜しそうにアレクは地元の景色を眺めていて、仲間達が周囲を囲んでいる。
「まあ待てばあさん。その前にこれ、ばあさんの分」
「はい? ……これは?」
「切符じゃ切符! 船の切符」
「まあ! おじいさんたら、乗船なさるつもりですか?」
「うむ。向こうの国に別れた仲間がおったろう? 久しぶりに顔を見たくなってな」
ポルカはまた呆れてため息を漏らした。
「全くもう。あなたはいつになったら孫離れするのですか」
「今度こそ見守るだけじゃ! しかしアレクはモテる男だな。もうウィザードとプリーストは惚れ始めておる。あの様子を見る限り、ひ孫ができるのもそう遠くはないな」
「談笑してるだけじゃありませんか。早とちりし過ぎです」
「ひ孫の名前を考えておかねばならん」
「馬鹿なこと仰ってないで。じゃあ行きますよ。アレクにはおじいさんから言ってくださいな。私は今度は隠れたくありません」
「わかっとる、わかっとる!」
勇者一行と老人達を乗せた船は大海原に進んでいく。空も海も、どこまでも青く澄み渡っていた。
おじいちゃん無双! 〜最強魔剣士は、孫が心配でこっそりダンジョンについて行く〜 コータ @asadakota
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