貴様に憎むことを許そう。

@admos

貴様に憎むことを許そう。

 昔々、あるところに戦争ばかりしている国がありました。

 周りの国々はなぜそうも戦争がしたいのか全然わかりません。

 だからある日、西の国の王様は、部下の男に命令をしました。

 「かの国に潜り込み、あそこまで戦争ばかりしている理由を探すのだ」と。

 部下の男は、承知しました。

 

 彼は、戦争ばかりしている国の騎士になりました。

 そして徐々に出世を重ね、王様の護衛の騎士にまでなりました。

 王様はいつもいつも戦争の話をしていました。

 西の国の小麦畑を奪うのだ。

 東の国の鉱山を奪うのだ。

 北の国のぶどう畑を奪うのだ。

 南の国の港を一つ奪うのだ。

 ずっとずっと、どこかの国のあれそれを奪うのだ、と命令し、戦争を始めてしまいます。

 

 騎士になった彼は疑問に思い続けていました。

 なぜそんなにも他の国のものを奪おうとするのだろうか、と。

 

 ある日騎士になった彼は、仕事がお休みでした。

 だから彼は、市場に行くことにしました。

 リンゴ屋の店主に聞きました。

 「この国は戦争ばかりしているが、どう思うのか」

 店主は答えました。

 「そりゃあ、ありがたいことさ」

 なぜなのだ、と彼は思いました。

 戦争とは非常に辛く苦しいものです。

 実際に戦う兵士たちだけが苦しいのであれば、まだ店主の反応もわかるのですが、戦争で苦しむのは兵士たちだけではないのです。

 兵士たちはもちろん苦しみます。

 その家族も、死んでしまうことを心配して苦しみます。

 もちろん、兵士たちの友人だって苦しみます。

 また、戦争をすれば、国からお金がなくなります。

 お金はなくなればまずは貧しい人たちが苦しみます。次に普通の人たちが、そして裕福な人たちが苦しむのです。

 店主は、訝しげな彼に笑いながら言うのです。

 「あんた、最近来た人かい」

 なぜわかったのでしょうか。

 「王様の言葉はね、厳しいようで優しいんだ」

 それだけいうと、店主は笑って奥に引っ込みました。

 

 魚屋の大将も、八百屋の店主も、買い物中のご婦人すらもみいんな、リンゴ屋の店主と同じように笑っていました。

 

 彼は悩みました。

 彼は西の国にいた頃、2回の戦争を経験しました。

 どちらも苦しいものでした。

 まるで都の灯りは消え、北風が吹き続けるかのような気分になっていました。

 兵士たちが負けたらしいと聞けば大慌てで恐れ、兵士たちが買ったらしいと聞けば、大げさなほどに喜ばなくてはなりませんでした。

 大変息苦しく、辛く、重しを背中にくくりつけられているかのような生活でした。

 

 なぜ、この国は。

 そう思わざるを得ませんでした。

 

 ある時、この国が戦争に勝ちました。

 小さな隣国を一つ、この国が飲み込んでしまいました。

 玉座に座る王様の前には、敗戦国の元王様がおりました。

 悔しそうな顔をしておりました。

 戦争に負けたからには、どんなに辛い条件も受け入れざるをえません。

 

 王様は、言いました。

 

 「余は、貴様が憎むことを許そう」

 

 耳を疑いました。

 彼の記憶にある王様は、厳しい言葉で相手を打ち付け、敵は貶め、欲するものに手を伸ばさずにはいられないような人だったからです。

 彼が驚いていることなど気づかず、気にもせず、王様は続けました。

 

 「どれだけの民が死んだのか。どれだけの兵が死んだのか。それは余にとっては数字が減ったようにしか思えん。余の民が豊かになるために必要な犠牲が、余の民の過半に至らないのであれば、余はその道を選んできた。

 貴様にとって何か大切なものであろうと、余の民が豊かになれず、困窮する理由となるものであらば、排除してきた。

 ならば貴様には憎むことを許すべきだろう。

 余は、貴様の思いを知ることはできぬし、測ることもできぬ。貴様の天秤がどのように傾くのかも知らぬ。

 余には、小麦畑が必要だ。

 この国の民の3食にパンを一つ与えるのに小麦畑が必要だ。だから、その未来を掴み取るために西に兵を向ける。ほかも同じだ。

 

 余は、この心に覚悟しているものがある。

 

 悪だと罵られようが、余は余の民が豊かになるために何でもしようと決めている。

 だから、その犠牲となった貴様には、温情を与えよう。

 余の正義とは、貴様にとっては悪なのだ。

 戦争に正義はない。だが戦争には意味がいる。価値がいる。

 余の戦争の礎となったものよ、貴様には憎むことを許そう。

 怒ることを許そう。罵ることを許そう。

 余を許すことなどいらぬ。この国の民となったからには、恨みも怒りも憎しみも吐き出して、幸せになれ。

 余の正義の前に倒れた正義を捨てよ。

 余の正義のもとで幸せになることを、貴様に命ずる」

 

 騎士は、この王様のもとを離れました。

 そして西の国へ戻り、総てを、西の国の王様に話しました。

 生涯、彼が自分の思いを曲げることはなかったそうです。

 

 

 あるところに戦争ばかりしている国がありました。

 それでも民は幸せでした。

 彼らは、自分が幸せになるという正義を掲げて生き抜きました。

 

 彼らにとって正義は、彼ら自身のものでした。自分以外の幸せを求めることに価値はないと知っているから、彼らは、とても幸せでした。

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