第15話 対峙(たいじ)、ナンバーツー


 アズランに案内されてたどり着いた通路の一角。


 ちょっと立派な扉がその先に三つあった。


「一番奥でこっち向きの扉の先が『赤き左手』のナンバーワンの部屋、その次がナンバーツー、そして一番手前が私の部屋でした。今は誰が使っているのかは知りません。上の二人は、私の知る限りでは暗殺の仕事はしていませんでしたし、私も彼らが戦っているところを見たことはないので、一体どういった戦い方をするのか知りません」


「そういえば、アズランはここのナンバースリーだとか言ってたよな。とすると、今アズランが使っていた部屋にいるヤツがアズランをめたのかもな」


「可能性はありますが、暗殺契約や情報は組織で吟味ぎんみしていますから、たった一人でああいった形(注1)で私を罠にはめることはできないと思います」


「ということは?」


「まあ、組織ぐるみだったんでしょう」


「逆に良かったじゃないか。皆殺しにしてもあとくされなくなって」


「そう考えればそうですね。ただ、だれも私を見てアズラン・レイだと気付かなかったのは残念です」


「今度は名乗ってやれよ。俺とトルシェは後ろで見ていてやるから」


「ありがとうございます。まず最初は、私の部屋からいきましょうか」



 アズランが腰に差した短剣『断罪の意思(注2)』を引き抜き、かつての自分の部屋の扉を開けた。


 鍵もかかっていなかったようで、すんなり扉が開き、アズランが中に入っていく。俺とトルシェはその後について部屋に入って行った。


 あれだけ騒いでいたので、部屋の中の住人は既にいなかった。というか、この部屋は今は誰も使っていなかったようで、木箱が積み上げられて倉庫のようになっていた。


 手近にあった木箱の蓋を俺がむしり取ってやったら、中に入っていたのは、紙袋の山だった。その紙袋をちぎってみたら、中から白い粉がこぼれ出てきた。


 ヘルメットを少し上げて、手に付いた白い粉をめてみたら、味はなかったがすこし甘い香りがするような気もした。当然砂糖でも塩でもない。


 おいおい、こんなところで覚醒剤はないよな。


 ちょっと。鑑定しておくか。


<鑑定>

名称:パルマの白い粉、別名「悪魔の粉」とも呼ばれる。

種別:薬剤

特性:快楽をもたらし、痛みを感じなくなる。非常に強い常習性を摂取者にもたらす。摂取し続けると精神が徐々に崩壊し廃人となる。また食欲がなくなりいずれ餓死する。



 やはり麻薬の一種か。まあ覚せい剤のようなものなんだろうな。こういった薬を普段からアサシンが使っているのか。これだと使い捨てのアサシンを量産できてもあんまり役には立たないアサシンしか作れそうもないぞ。


「アズラン、この粉は『パルマの白い粉』とかいう危ない薬みたいだ。おまえたちは普段からこんなものを使っていたのか?」


「『パルマの白い粉』って『悪魔の粉』とも呼ばれる恐ろしい薬ですよね。一カ月も続けていたら気が狂うか何も食べずに餓死してしまうっていう」


「おそらくそれだな」


「そんな薬、使うわけありません。でも、ここにこんなにあるということは?」


「さあな。必要だから置いてあるってことだけは分かるがな。ここの連中、最近はアサシンを止めて薬の売人にでも転職したのかな?」


「その恐ろしい薬って、高く売れるのかな?」


 まーた、ややこしいのが出てきた。


「おそらく高く売れるだろうが、人の不幸を金に換えるようなものだ。この薬はここの連中と一緒に焼き払う。いいな」


「分かってますよ。われわれは、人を不幸にしてまで布教したいわけではありません」


「分かってるじゃないか」


「ダークンさんが神さまになった今ではわたしが『闇の眷属』序列一位です。それくらいの自覚は持ってますよ!」


 大したもんだ。トルシェも『闇の右手』に進化したおかげか精神的に成長したらしい。


「ここには用はないから、次の部屋へ行こう」


「はい」「はい」


 元アズランの部屋を出て、次はナンバーツーの部屋に。


 いまだに組織だった反撃はないし、ここの連中には統制なんてないのか? 一体全体どうなってるんだ?


「個人個人で技を磨いているだけで、ここには統制など何もありません」


 そんなのでよく組織が回るな。結局回らなくなって、白い粉に手を出したってわけか?



 前回同様、アズランが先頭に立って、その部屋の扉を開けようと手を伸ばしたところで、いきなりその扉が蹴破られた。


 もちろんアズランは簡単に後ろに下がりその蹴りも扉の破片も簡単にけている。


 やっとやる気があるやつが出てきてくれた。


 扉を蹴破って部屋から出てきた男は、手足の長い細身の男だった。


 筋肉はむろんついているがムキムキなどからほど遠い。スピード重視のファイターなのだろう。ただ、その男は両目をつむっているようだ。いや、目の瞑り方が独特で、座頭〇のごとく、両目とも失明しているといった方がいいようだ。


「うん? この気配。三人の内一人の気配は覚えがある。まさかな。あやつはすでに死んだはず」


 このおっさん独り言を言い始めちゃったよ。まあ、ちょうどいい。


「おい、おっさん、『闇の使徒』って知ってるか?」


「『闇の使徒』を知らぬものなど、この王都にはおるまい」


「いや、そういう話じゃなくて、どこにあいつらのアジトがあるか知らないかって聞いたんだけどな」


「それなら知らん」


 何だよ、このおっさん。


 だが嘘をついているようでもないし、意外と素直なおっさんだな。少しだけ好感が持てるぞ。殺すことには変わりないがな。


「アズラン、やっちゃって」


「はい」


「アズラン? やはりアズランだったのか? 死んだと聞いていたが。おまえでは儂には到底かなわぬぞ。儂が直々ここで引導を渡してやろう」


「そう、アズラン・レイ、蘇ったアズラン・レイだ。フッ。以前の私と思っているとすぐ死ぬぞ」


 決して外では名前は出さないといったアズランが自らの名前を口にした。


 おっさんは話をしながら、何食わぬ顔をしてそこらに極細の糸を張り巡らせていた。やる気あるなー。俺が見えているくらいだから当然アズランにも見えているはずだ。


 おとなしくしているトルシェを見ると、部屋の中が気になるらしくそっちばかりを見ている。元アズランの部屋では空振りしたからな。


「ならば、かかってこい」


 半歩右に体を寄せてアズランを誘うおっさん。


 ほう、おっさんうまい!


 ちゃんと罠の方におびき寄せようとしている。相手が素人なら罠に突っ込んで大怪我していたろうな。


 アズランは、張り巡らされた糸など気にせず前に出る。いいのか?


 そして、手にしていた短剣『断罪の意思』を一閃。


 わずかにきらめきながらおっさんの張り巡らしていた糸が切断された。


 おっさんもそれは見越していたようで、アズランが糸を切る瞬間踏み込もうとしたが、思いとどまったようだ。


 おっさん、なかなかやりおる。今のは完全にアズランに読まれていたからな。飛び込んできていたら、そのままわき腹から斜め上、肩まで体が切り裂かれて、体が二分割していただろう。


 今のアズランの反応速度と剣速をみたおっさんが少しずつ後ろに下がり始めた。見れば足元に何か液体を垂らしている。両手は構えているがどういうからくりなのかうまいものだ。まさかオシッコじゃないだろうな。


 うん? よく見るとおっさんの右手の薬指から糸が出ていておっさんの懐につながっているようだ。アイテムを懐に忍ばせて、糸で操作しているのか。


 まあ、何かの毒なんだろうが、俺たちには毒は効かないのだよ。


 しかも、フェアは先ほどからおっさんの頭上を舞っている。鱗粉はまだ落としていないようだが、アズランが合図すれば、おっさんはそのまま猛毒におかされるか眠らされて、いずれにせよ身動きできなくなるだろう。


 さーて、アズランはおっさんをどう料理するのか?



 さらにおっさんが一歩下がり、アズランが一歩進む。


 アズランの右足が毒の水たまりにかかったところで男がニッっとわらった。


「アズラン、確かにお前は強くなったようだが、わしとは経験が違ったようじゃな。さらばじゃ」


 勝利宣言は勝手ですが、アズランはまた一歩前に出ちゃいましたよ、おっちゃんどうするの?


「アズラン、なぜおまえは倒れぬ。『暗黒の涙』を踏んでおまえの足にも靴を通して浸みこんだはずだ」


「……」


 プロは、手の内はさらさない。たとえ相手が死にゆく者であってもな。


 ちょっと、カッコよくないか? 今のフレーズ。覚えておいて、あとでトルシェに自慢してやろ。






注1:ああいった形

『闇の眷属、俺。~』第53話 アズラン・レイ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054896322020/episodes/1177354054900666600


注2:断罪の意思

アズランの短剣、「主のみ名の下(もと)に断罪する」と宣言することにより防御力無視、クリティカル率大幅アップ。命を奪うことにより強化される。自己修復機能付き。


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