第53話 アズラン・レイ


 リンガレングを仲間?に加え、最後の部屋を確認するため扉に手をかけた。


『最後の扉だ、開けるぞ』


 俺の後ろには、トルシェと丸くなったリンガレングが続いている。


 扉を開けると、そこは洞窟どうくつだった。いやマジで。


 30メートル四方ほどの広さがあるむき出しの岩でできた洞窟で、『大迷宮』本体のような感じがする。しかも、正面には二つ『大迷宮』の出入り口と同じ感じの黒い渦が回っていた。


『どう見ても二つともダンジョンの出入り口だよな?』


「そうですねー。二つ並んでいるのも変ですが、一つ一つがどこにつながっているのかが問題です」


『どちらも見当がつかないな。リンガレング、おまえこの二つがどこにつながっているのか知っているか?』


『はい。知っています』


 冗談でもないが、試しにリンガレングに聞いたらまさかの肯定こうてい


『それじゃあ、どこにつながっているんだ?』


『はい。左はウマール・ハルジットが魔神まじん封印ふういんした「大迷宮」最下層につながっています。マスターの準備が整えば、私がお連れします』


 はあ? 何だってー。魔神? 聞かなきゃよかった。しかもウマール・ハルジットが魔神を封印したって話は実話だったのか。


『もう一方は、地上につながっています』


 こっちは、順当だった。とはいえ、


『迷宮最下層から、何かがその渦を通ってここにやってくることはないのか?』


『このゲートは、指輪の所有者であるマスターとマスターが認めたものしか通ることはできません。魔神であってもこのゲートを直接通過することは不可能だと言われています。現在ゲートを通過できるのはマスター、個体名トルシェそれに私の三名のみです』


『リンガレング、さっきから気になってたんだけど、わたしのことはトルシェさんって呼んでくれるかな』


『了解しました。個体名トルシェ』


 まあ、これは読めた展開だな。







 私の名前はアズラン・レイ。暗殺組織ギルド『赤き左手』の殺し屋だ。


 標的の暗殺をしくじり、返り討ちかえりうちに遭い、負傷したもののここまで逃げのびてきたのだが、とうとう体が言うことを聞かなくなって来た。


 追手はすぐそこまで迫っている。負傷した左肩口からの血がいまだに止まらず、その血が腕を伝わって指先からしたたり落ちる。


 諦めたくはないが、もはやこれまでだろう。右手の短剣を握りしめ、追手が現れるのを待つ。


 思い返してみると、今回の暗殺は最初からおかしな点があった。ターゲットの屋敷の間取り、ターゲットの行動、そういった暗殺に必要な情報が揃いすぎるほどそろっていた。その割に成功報酬せいこうほうしゅうが高く、私を指名しての依頼だったようだ。


 今さら気付いたところで遅いが、私は組織内の誰かにめられたのだろう。この若さで『赤き左手』のナンバー3とまで言われ、自分自身うぬぼれていたのかもしれない。


 どんな相手だろうと、一対一で後れを取ることはまずないが、追手は手練れの冒険者パーティー。最期に一人でも道連れを増やしてやりたいが、今のこのありさまでは相討あいうち覚悟で一人でも仕留められれば良い方だろう。まあしかたがない。


 来た!


 通路の曲がりかどから追手が現れた。





 俺たちは地上につながっているという右の渦に入ってみることにした。いちど、モダンルームに戻ってリュックを各々の『収納キューブ』に収納して準備万端ばんたんだ。


 いざという時『収納キューブ』から物を取り出すには慣れないうちは手間がかかるので、トルシェは、矢筒と水袋を革紐で肩から掛けて、短弓の烏殺うさつを片手に持っている。俺の方は、リュック丸ごと『収納キューブ』に入れてしまった。『収納キューブ』はトルシェからもらった革袋の中に入れて腰から吊るしている。


 外につながっているという黒い渦を通って、もし街中に出てしまったら、リンガレングを連れて歩くのは問題があるので、リンガレングも俺の『収納キューブ』に入れている。ついでに、いままでリュックに仕舞ってた、Gランクのギルドカード、木の札をトルシェと二人そろって首からかけておくことにした。これで、普通?の冒険者に見えるだろう。


『それじゃあ、行くぞ』


「はい」


 二人そろって黒い渦に入ったのだが、黒い渦の先は『大迷宮』のいつもの出入り口だった。


 そのため俺たちは、すぐにギルドの係り員の後ろを通って街の中に出ることができた。街は、日が暮れて夜なのだが、まだそこらの居酒屋いざかやや食堂が開いていたのでそんなに夜遅くではないようだ。


 今回は特に用事があるわけもなく街に来てしまったので、試しに冒険者の仕事を受注じゅちゅうしようかと、二十四時間営業らしい冒険者ギルドに行くことにした。



 トルシェが近道を行こうというので、今は人通りの全くない暗い裏道うらみちを二人で歩いている。


『ダークンさん、そこの角を曲がった先に誰かいるようです』


 近くに人の気配を察したトルシェが、久しぶりに言葉ではなく頭で考えて言葉を伝えて来た。


 これからは頭で考えて言葉を伝えるのことを『念話ねんわ』とでも名付けるか。C2シーツー的にはもう少しひねりが欲しいところだが、ひねりすぎるとネジリアメになってしまい、言った本人もそのうち意味を忘れてしまうこともあるのでこれはこれでいいだろう。


『そうだな』


『どうします? さくっとっちゃいます?』トルシェはまたこれだ。


『トルシェ。俺たちは「闇の眷属」ではあるが、殺人鬼じゃないんだ。やたらめったら出会った相手を殺しちゃいけないだろう。われわれの使命は世界に闇をもたらすことで、人を殺して歩くことじゃない』


『分かりました。ダークンさんがいるので控えておきます。それじゃあどうします?』


 まるで、俺が居なければ、誰かと出会うたびに相手を殺してしまいそうだ。一度も見たことはないが、あの優しかったトルシェちゃんはどこに行ったのだろう?


『無視して、通り過ぎればいいんじゃないか?』


『血の匂いもするし、無視できそうもないですよ』


 トルシェにとって『血の』は『血の』なんだ。きてんなー。


『俺には臭いはぎとれないからわからなかったがそうなのか』


『それはそうと、ダークンさんの左手のガントレットの薬指。中から光が漏れています』


『あれ、ほんとだ。俺の指輪から光が出てる。トルシェ、おまえケガでもしたか?』


『いえ、全く。さっきも良く寝たし、おいしいお肉も食べて、体調万全です』


『じゃあ、何で指輪が光ってるんだ? あっ! そこで血を流しているヤツが眷属けんぞくの指輪を持っているのか? まさかな。だが確かめてみる必要はあるな。俺が先に出るからトルシェは俺の後ろからついて来てくれ』


『はい。気を付けてくださいよ』


『当たり前だろ』


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