第54話 アズラン・レイ2


 かどを曲がったその先には、何があったのかはわからないが、子どもが肩から血を流して膝をついていた。なぜか裸足はだしなところが気になる。


 右手に短刀を持って構えようとしているが、うまく力が入らないようで、刃先がゆれている。たしかに、短刀を持った右手の中指にはまった金色の指輪から光が出ている。


『おい、おまえ。俺の声が聞こえるか?』


「だ、だれだ! どこから喋っている?」


『おまえの目の前にいるごつい鎧を着ているのが俺だ』


「あなたが。ふー。見ず知らずのはずなのに懐かしい気がする。不思議に心も落ち着く」


 やはりこの子の右手の指輪は『眷属の指輪』に間違いない。


『おそらく、俺たちはおまえの仲間だ。おまえの右手にはまっている指輪がいま光っているだろ。それと俺の言葉が頭の中にひびいてるのは、おまえが俺の眷属である証拠だ。じきにおまえのケガも俺と一緒にいれば治ると思うぞ』


「あなたの名前は?」


『俺の名前は、』ここでカッコいい名前に変えてしまうか? いや、やめておこう。


『ダークンだ』


「ダークンさん」


『そう、『闇の眷属』ダークンだ』


 そう名のり、フルフェイスのヘルメットをとって、目の前の子どもに俺の精悍せいかんな顔を見せてやった。


 いまのところ頭蓋骨ずがいこつからヘルメットに根っこは伸びていなかったようで簡単にヘルメットを外すことが出来たので大事には至らなかった。根が張っている状態でヘルメットを無理な力で取ろうとして頭が外れてしまうとシャレにならないからな。


 俺の黒くつやのある骸骨頭を見ても、思った通りアズランはひるむようなことはなかった。


「わたしは、『闇の眷属』序列二位のトルシェ。わたしのことはトルシェさんと呼んでくれる?」


「『闇の眷属』?」


『そう、「闇の眷属」。俺とトルシェは闇の神さまの眷属なわけだ。そのうち、われわれのしゅの本当の名前を教えてやるがな。それで、今日それも今からおまえも立派な「闇の眷属」の一員となったわけだ。

 ところで、おまえの名前は?』


「アズラン・レイ。人前でこの名前を口にしたことはここ数年ありませんでした」


『アズラン、おまえは大ケガをしていたことだし、何か事情があるのだろうが、俺たちはそんなことは気にしない。一緒に行こうぜ』


「いま、手ごわい追手おってに追われているところです。私にはかまわずに行ってください」


追手おって? おまえを傷つけたやつらか? なら任せておけ。俺とトルシェで何とかしてやるから、アズランはそこで座って休んでいろ。ここで待っていたら、その追手おってとやらがやってくるんだろ?』


「高位の冒険者パーティーです。お二人では危険です」


『高位というとAランクあたりか?』


「いえ、おそらく連中はBランクと思います」


「なーんだ。それなら楽勝らくしょうでしょ。ねえ、ダークンさん」


『だな』


「ダークンさん、追手かなにかわかりませんが、来たみたいですよ。出会い頭に、有無を言わさず皆殺しにしちゃいますか? それとも、捕まえて拷問ごうもんしちゃいます? そうだ、罠をはっておこう。わたしたちの新しい仲間を傷つけた報いはちゃんと受けてもらいましょう。ウヘヘヘ」


『トルシェ、罠なんて作れるんだ』


「はっきりそうだとは言えないんですが、こんなふうに、」


 追手が現れそうな曲がり角から少し手前の地面に、何やら青く回転する魔法陣的なものがカッコよく現れて、そして消えた。


『今何をやったんだ?』


「ちょっと、エフェクトに凝ってみました。いまの魔法陣に見えたでしょう?」


『見えた』


「あれに苦労したんです。夢の中でですが」


『トルシェは夢の中で食事してたんじゃないのか?』


「失礼だなー、そんなわけないでしょう。夢の中でも魔法の研究をしてたんです」


『確か「もうお腹いっぱい」とか「美味しかったー」とか聞いたような気がしたがな。まあいいか。エフェクトはいいから効果はどうなってるんだ?』


「今のが効果ですヨ」


『え、あれだけ?』


「そう。あれだけ。罠の中身はこれから考えます。だって夢の中で考えた罠が本当に発動はつどうしちゃったら危ないじゃないですか」


 確かにトルシェの言うことは道理だし理解できる。理解はできるがこれでは漫才だ。


 新しい仲間を放っておいて仲間内だけの会話は良くない。俺たちの一見不毛ふもうかつイミフな楽屋落ちがくやおちにアズランがついていけなくて困った顔をしているんじゃないか?


 そう思ってアズランを見ると、目を閉じて寝息を立てていた。すでに肩口の出血も止まっているようで、痛みが引いたことと、おれたちが仲間と知って安心して眠ったのだろう。


 ようし、それでは新しい仲間のためにサックリ追手とやらをたおしちゃいますか。死体は、『収納キューブ』に入れて、あとで迷宮の中に捨ててしまえばいいだろう。


 リフレクターとエクスキューショナーを左右の手にして準備万端。追手を待ち構える。


『トルシェ、おまえは攻撃はいいから、アズランを守ってやってくれ』


「分かりました。でも、ダークンさんが危なくなったら手助けしますよ」


 トルシェもずいぶん偉くなったもんだ。まあ、自信を持つことはいいことだ。


『ああ、もしそうなったら頼むな』


「来たようです。あれ? あいつらは、……」


 角を曲がって俺たちの正面に現れたのは、俺も覚えているあの連中だった。



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