ハートは鋼の錬金術師

るつぺる

忘れないわ、あなたの声

 教授はとても頭の良い方です。助手の僕が言うのもなんですけどこの大学に在籍するどの先生より頭が良いと申し上げても過言はないと思っています。しかしながら頭の良さは時に品行と合致しません。

「助手! 行くぞ」

「嫌な予感しかないですね」

「準備はいいか?」

「思いつきから一分未満。何を期待してるんですか」

「飽くなき探究心、それで充分だな」

「どこへ行くつもりですか。もう裏山は嫌ですよ」

「裏山です。いざ裏山!」

「いいか! よく聞け! 裏山は! この大学の裏に聳える平々凡々の小高い山には! オリハルコンなんて埋まってないし、エリクサーも生えてない! 馬に角は生えないし、そもそも馬すらおらん!」

 僕は思わず教授に振り回される日々で進まない研究への焦りからくるストレスを爆発させてしまいました。医者からは入院を勧められています。教授は涙目になりました。

「だって、だって……あるかもしれないじゃん!」

 ハア!? 知能! その誰もが求めてやまない知性! 神よ! なぜこの者にそれを与えた。僕は天を仰いで目を覆いました。そして、「で、今回はなんです?」

「マンドラゴラ!」

 あざとい。やめろ。ニパーって、その屈託なき笑顔。

「マンドラゴラってあの、人ガタの根があって?」

「引っこ抜くと悲鳴をあげて?」

「それを聞いたものは?」

「「死ぬーーーーッ!」」

「喧しいわ! なんちゅうもんを追い求めてんだあんたは! だいたいあるわけないだろ! さっきもいいましたけど裏山の生態系に謎は残ってません!」

「いいかね。助手。マンドラゴラはこれまでのアタシが挑戦してきたのと違って実在するのだよ。ほれ」

 教授はウィキペディアのページを僕の目の前に翳しました。

「じゃあもういいじゃないですか」

 僕がそう言うと教授は「伝承、伝説におけるマンドラゴラ」の項を開くのです。

「何が言いたい」

「いざ裏山」

 僕たちは破損したキーボードを背に裏山へと向かいました。

「教授、ありませんね。帰りましょうか」

「諦めるにはまだ早い。それはそうと助手。ここにマンドラゴラは『無実の罪で絞首刑にあった男の激痛からくる射精によって生まれた』とある。程よい木ですね。首吊ってみてくれないか?」

「なんでだよ! なんで首吊らにゃならんのだよ!」

「助けるから! ギリギリで! 助けるから!」

「助かったとして! おなごの前で! 首吊って射精した男は! 社会的死!」

 教授は涙目になりました。しかしながらそこは譲れませんまでした。

「見つからないですね。帰りますか」

「助手、あのね」

「何ですか?」

「あたし、昔犬を飼ってたの。名前はビーマイベイビー」

「へえ」

「ビーマイはね、可愛い雑種だった。でもねあたしが高校生の時死んじゃったんだ」

「何ですか急に。そんな、悲しい話」

「あたし、またいつかビーマイに会いたいなって」

「まさか、教授が謎のアイテムを追いかけてるのてビーマイのため……」

「ううん、興味」

 僕の心に咲いたマンドラゴラが雑に引っこ抜かれた瞬間でした。響き渡る怒号に驚いた野鳥は飛び立ち自由と解放の象徴として僕の魂を引き裂いていきました。

「教授、もういいでしょ。オリハルコン、エリクサー、ユニコーンに殺生石エーテルグリフォン人魚の涙、この裏山にはどれもありゃしないんですよ」

「トトロいたもん! あたし見たもん!」

「アニメでな! いいか! あんたはあんたが好きにしたいようにすればいい! だけどな僕は、僕には大事な研究があるんだ! 一般企業への就職を捨ててでも選んだ今がある! あんたと違って実績なんて何もないけどいつかは大成したいという野心もある! それには趣味に付き合ってる暇なんてないんだ!」

 教授は涙目になりました。

「ごめん。だよね。あたしが一人でやればいいよね。助手の優しさに甘えてたよね。ごめんね。ごめっ……ご……んね」

「いや、あの、その、僕も言いすぎたというか。すみません。教授のことは好きですしお世話になってる立場でちょっと口が過ぎたところはあって、こちらこそすみま」

「助手見てーーーーーッ! アレ、ぽいよ。すごくぽい!」

 死にたいくらいに憧れた花の都大東京。ざらついた砂を噛むとねじ伏せられた正直さが今になってやけに骨身に染みました。

「これマンドラゴラだよ。間違いないよ。抜いて助手」

「え! ヤですよ! だってもしですよ? マンドラゴラ万が一ドラゴラだったとして、悲鳴が出たら死ぬんでしょ? ヤすぎるでしょ!」

「ジャジャーン!」

「耳栓」

「ワイヤレスイヤホンです。じゃあミュージックスターツ!」


 "グッバイマイラブ この街角で グッバイマイラブ 歩いていきましょう あなたは右に わたしは左に 振り向いたら 負けよ (アン・ルイス『グッドバイ・マイ・ラブ』)"


 僕は徐に謎の草を引っこ抜きました。

「アーーーッ!」

「アーーーッマンド、ってあんたの悲鳴かい! ……教授。これ」

「……マンドラゴラ」

「ダイコンですね」


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