第38話 魔王様、少し不機嫌になる
「南へ行かれるんですか?」
朝食を食べる前に、酒場の主人の娘アイラにここあたりのことを聞いてみた。
名前は挨拶がわりに聞いた程度。アイラの父が経営しているようだが、人前に出てくるのが嫌いらしく表のことは全てアイラは仕切ってるそうだ。
「あてはないんだけど」
「そうなんですか、私は街から出たことがないので良くわからないのですが」
顎に指を当てた姿勢で目を瞑ったアイラは、アッと声を上げて微笑んでこちらを見てくる。
「確か、何日か前にキャラバンの募集があったはずです」
「キャラバン?」
「はい、王国の〜、それなりの商会がたまに募るんです。一緒にどこまで行きませんか?と言う感じに」
「それは、商人じゃなくても参加可能なの?」
「そうだったはずです、全員がそうではないと思いますが、腕自慢の人や傭兵をしている人も集めているので、それでお金を貰ってる人がいると聞いたことがあります」
野盗や山賊、そんな賊関係から身を守るために、できる限り多くの人で動こうと言う考えないのかもしれない。
南のことを知る手がかりと思ったけど、安全に南下することも考えなければならない。であれば、このキャラバンの話は悪い話ではなさそうだ。そてに、いつまたタートが不調になるかわからないし。
「その募集はまだしてる?」
「う〜んと、まだしてるはずだと思います。でも、締め切りというか出発がそろそろだった気がします」
募集が締め切られていたらまずい。飛び込み参加があるかないかもわからない。
よし、いこうと気合を入れて立ち上がったところにアイラが朝食を持ってきた。
「お待たせしまし…あ、どこか行かれますか?」
「その、キャラバンの申し込みをしようかなと」
「でしたら、すぐ近くの商会で募集しているので、食べられてからでも大丈夫だと思いますよ」
「締め切られないかな?」
「朝食を食べてる間くらいは大丈夫だと思います」
にこっと笑いながら俺の前に朝食を配膳するアイラ。
その笑みには、有無を言わせない迫力があった。
「あ、兄ちゃん、早いね」
あくびをしながら階段を降りてきたカリュウが、アイラに朝食を頼みつつ席に座る。
「早め早めに動かないとな」
「そうだけど、急いでもいいことがない時もあるけどね」
「それもそうだが、動かないことには始まらないしな」
「ここにあまり長居する気がないもんね」
「あまり良くない街でしょうか?」
カリュウの朝食を持ってきたアイラが悲しそうな顔をして言ってくる。
「そう言う意味ではじゃなく、この街は通過点という感じだから」
「ここが目的地ならもう少しゆっくりするんだけどね」
「そういうことですか」
なんとか納得してくれたのか、アイラがカリュウの前に朝食を並べてくれる。
たぶん、納得しなければ朝食の配膳はなかったかもしれない。
「で、どうするの?」
「アイラさんから聞いたんけど、キャラバンが組まれるようだから参加してみようかなと思ってる」
「キャラバンか〜、あまり人が多いのは得意じゃないけど」
カリュウが少し嫌そうな顔で言ってくる。カリュウだけでなく、タート嫌がるかもしれないが、当てがない旅をするのも厳しいものがある。多少でも目的地なり、方向性を持たないと。
「次の目的地が決まるんだからいいじゃないか」
「そういうもんかな〜」
「あてのない旅はなんとも落ち着かないからな」
「食料問題があるからね」
スープを音を立てて啜りながらカリュウが言う。
アイラの眉間に皺が寄っているが、いまさらマナーを語るのも面倒くさい。俺自身マナーがよくわからないし。
「ごちそうさまでした」
アイラに一声かけて立ち上がる。
「はい、商会でしたら出て左に行くとガーバンズ商会と看板が出てますのですぐにわかると思います」
「ありがとうございます」
礼を言って酒場を出る時後ろからカリュウの声が聞こえたが、ガキの使いでもないんだからいちいち2人で行く必要もないだろう。街の中で危険もないだろうし。
アイラに言われたように出て左に進むと、少しして大きな煉瓦造りの建物が見えてきた。
鉄製なのか、大きな看板にでかでかとガーバンズ商会と書かれていた。
看板に驚きつつ、失礼します、と声をかけて中に入ると、受付でなんか書き物をしていた男が顔を上げる。細めで睨みつけるような視線の男は、さらに眉間に皺を寄せてこちらを見てくる。
「何か御用で?」
「あの、キャラバンの募集をしていると聞いたんですが?」
「キャラバン?ああ、王国のドバンズ商会が集めていましたね。あなたが参加を?」
「ええ、あと二人いますが」
「そうですか」
最後の返事はこちらを見ずに、興味なさげな感じだった。
男は受付の机の上で何か探し物をしている。
「ああ、ありました。締め切りは今日ですね。護衛でない限り、特に募集要件はないですね。ドバンズ商会さんは慈善事業を好まれるので、こういうキャラバンをよく組むんですよ」
最初の時より少し対応が柔らかくなったような感じがする受付の男は、何かの書類をこちらに差し出してきた。
「これに詳細が書いてあります。出発は二日後なので気をつけてください」
「ありがとうございます」
書類を渡すと自分の仕事は終わったと言わんばかりに受付の男は書類仕事に戻る。
自分のところの仕事ではないのでこんな対応なのだろうと諦め、ガーバンズ商会を出て歩きながら書類に目を通す。
内容的には、遠足のしおりのような感じ。
食料は自前、装備も自前、移動手段も自前、護衛は多少ありとあるが、括弧書きで優先順位は当商会、と書いてある。
あくまで集団で移動することによる野盗などに襲われない程度の内容と言ったところ。
無理な要求や金銭を求めないところを見ると、ドバンズ商会は比較的優しいと言うべきなのか、庶民寄りの商会なのかもしてない。
「あ、帰ってきた!」
酒場に戻ると、カリュウが指さしつつ声を上げた。
隣には朝食を食べるタートの姿が。
「ハルト、1人で行動するなと言わなかったか?」
タートは朝食から顔を上げずに言ってくるが、その声が怒っていることだけはわかる。
「キャラバンの書類をもらいにそこまで行ってきただけ」
「ほら、タート様が甘やかすから」
言いながら椅子に座ると、カリュウが俺を睨みつつタートに耳打ちする。こいつはいつからこんなキャラになったんだろう?
「近い遠いは関係ない。次からは1人で行くな」
「わかった、次からはそうするよ」
「タート様!信用しちゃダメですよ!またやります!絶対やりますよ!」
よくわからない告げ口キャラになったカリュウの頬をつまみあげる。
「兄ちゃん!痛い!痛い!」
「馬鹿なことを言ってるな。俺だって学習しないわけじゃない」
「わかってるけどさ〜」
つまんでいた頬を離すと、掌でさすりながら涙目になったカリュウがこちらを睨んでくる。
「兄ちゃんが危ない目に遭うとタート様が怒るじゃん!」
言いたいことはわかる。ジュリマスでカリュウがあえて危ない方法で俺を助けにきたのはタートが今にも爆発しそうだったからだと聞いた。
タートが怒ったらどうなるかはわからないが、とにかく怖かったと何度も何度もカリュウから聞かされていたから、できる限り俺自身が危険な目にあわないようにしているつもりではある。
「ほんとそこまで行ってきて、もう書類も貰ってきたから」
2人の前にガーバンズ商会から貰ってきた書類を置くと、カリュウ身を乗り出して、タートは朝食を食べながら横目で見てくる。
「特に危険性もないし、多少の集団行動を我慢するだけで安全に王国の街に行けるなら楽じゃないか?」
「護衛役ならタート様がいるんじゃない?」
「そうだけど、タートがまた不調になったら困るだろ。メェ子やリルリルだけでどこまで守れるかもわからないし」
「それはそうかもしれない。私もあれがなんだったのかわからない」
「う〜ん、タート様の不調の原因がわかればいいけど、わからないとってことか〜」
「タートにばかり無理をさせるわけにも行かないし、楽に安全に行けるなら多少のことは目を瞑って我慢しよう」
俺が言うと、2人は異存がないのかうなづいて答えた。
2人が同意した以上、準備に取り掛からなければならない。
出発は二日後の早朝、アイラにお願いをして食料その他の準備をして貰おう。
俺を召喚したのは小さな魔王様 雨見屋 @usamiya300
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