第六話「その男、レジェンド(下)」

 いつもの如く転移門に乗った俺たちがやって来たのは、駅だ。

 現代的でスマートな作りの駅は、今となっては無人だがダンジョンに変質する前はさぞ賑わっていたことだろう。

 えーと、何駅なんだろうか。

 そういって俺は看板に目をやるが、そこに映っているのは文字化けした何かだった。


「……読めないな」

「別にここがどうだっていいだろうスナイパー」


 背後からそんな声が聞こえる。

 同伴者……というよりも、俺をこんなダンジョンに入れ込んだ張本人であるレジェンドだ。

 俺が先導し、レジェンドが後ろに立つ。

 少しおかしい。


「どうして俺が前でお前が後ろなんだ?」


 俺は鞄から相棒を取り出して組み立てる。その間に、レジェンドに質問をぶつけた。

 彼の口からそう言われている通り、俺はスナイパー。遠距離攻撃を得意としている。

 一応、レジェンドは剣を担いでいるわけで……。

 どちらかと言うと、レジェンドの方が前に立つべきだ。

 まぁ、そうしない理由は知っているんだが……。


「はぁ? 何を言うんだ。俺が雑魚共に剣を抜くと思っているのか? それにお前一人で十分だろ? ワンショット」

「まぁ、そりゃそうだけどさ」


 この男、しっかりと仲間に引き込む人間のリサーチだけは欠かさない。

 俺がどういう人間で、何を得意としているのか、この男はそれをしっかりと把握しているようだ。

 力関係の把握もうまい。

 レジェンドの強みは多分そこなんだろう。


「じゃあ、俺一人でここに来たらいいだろう?」


 なんて話ながら、俺は引き金を引く。

 駅員室から顔をのぞかせていた巨大なゴキブリ。その身体を貫通するように弾を撃つ。

 ボルトを引いて、次は別の場所。

 そしてさらに背後。

 もう一度駅員室。

 俺が言葉を吐き終わる丁度、その間に俺は四体のモンスターを撃ち抜いていた。


「……いや、銃を撃ちながら話すなっての。それに俺は雑魚を斬りたくない。お前は雑魚しか倒せない。なんせスナイパーだからなぁ。ダンジョンマスターは倒せないだろう」

「どうだろうな?」


 俺はそのまま弾倉を入れ替えた。

 少なくとも、お前よりは勝率がありそうだ……なんて心の中で思うわけだが口には出さない。

 またペラペラとうるさくなられても困る。

 目につく雑魚を撃ち抜きながら、俺はレジェンドを引き連れて歩く。

 駅の改札を通り抜け、さらに通路を進む。

 多分、このダンジョンはそこまで大きくはない。

 元々が駅なのだから、その程度の大きさだ。


 すぐに終わりそうなのが唯一の救いだった。

 これでウメダダンジョンもかくやという程の巨大ダンジョンだった場合、俺がレジェンドの無駄話に付き合いきれずに耳がタコになっている可能性だってあったわけだし。


「お前の武器、見たことがないな?」

「あぁ、これか?」


 レジェンドにそう言われて、俺は彼に見えるように銃身を見せた。

 俺の銃を眺めて、レジェンドは首を傾げる。


「スナイパーライフルなら、六英重工業のナスノヨイチM21A5だとか、ザ・ガンズのガン・オブ・ゴッドシリーズなんかがあるだろ」

「あぁ、有名どころだな」

「だっていうのに、お前のその銃はなんだ? 一流は装備も一流でないと困るんだがなぁ」

「そうだなぁ……」


 レジェンドがあげた銃はどれも一流企業の看板商品である。

 セツナが身につけているウルツァイトG10と同じくらいのグレードだ。(彼女はそのうえ、それを非正規改造を施しているんだけど)

 探索者ならいつか身につけたいと思っている高級装備だ。


 俺の装備は、そういった有名なものではない。

 むしろ、誰も知らない装備なのだ。

 悪い武器ではない。むしろ、それらの装備と引けを取らないくらいには優秀な武器なんだけど……。

 どうにも、有名でないだけでこんなにも微妙な扱いを受けてしまうらしい。


「ま、勝てたらなんでもいいだろう?」

「それは違いない!」


 そんな会話を繰り広げてダンジョンを闊歩する。

 モンスターも強いものは出てこないし、なんとも噛み応えがないダンジョンだ。

 そんな中、階段を上がり駅のホームにたどり着く。

 地下鉄のような暗い空間で、誰もいない。

 ……モンスターも。

 静かな空間には、俺たちの足音しか聞こえない。


「……ダンジョンマスターがいるなら、ここだと思ったんだがなぁ」


 背後でレジェンドがボヤいていた。

 確かに、駅で一番ダンジョンマスターが居座っている場所はここのようなホーム。大体、重要な施設にダンジョンマスターがいる。

 しかし、ここには誰もいない。


「確かに、誰もいないな」


 くるりと辺りを見て回って、俺も頷いた。

 そんな中だった、ホームにベルが鳴り響く。

 頭をガンガンと何度も打ち付けられるような衝撃が襲いかかってくる。


「朝、七時。ホームに電車が到着……します」

「電車?」


 レジェンドが首を傾けた瞬間。

 ぎぃぎぃという強烈な音と共に、ホームに八両程度の電車が到着した。

 ピッタリと指定線に止まった電車。

 車両は黒。

 影を纏った電車の中は同じく真っ黒。

 軽快な音と共に扉が開いた。


 明らかに、これはギミック……。


 俺はそのまま、一歩二歩と引き下がった。


「下がった方がいいぞ」


 レジェンドにも声をかけて、俺は開いた車両の扉を見る。わらわらと姿を見せるのはゾンビのような人。

 黒いスーツを着たゾンビや学生服を着たゾンビ。

 正式名称はリビングデット。

 ゾンビみたいな奴だし、実際ゾンビだ。でも、正式名称はリビングデット。


 そんな奴等が数十体、一気に湧いて出たのだ。

 わらわらと湧き立つ雑魚共。

 これは雑魚としても中々苦戦しそうだ。


「おいおい、なんだこいつら……」

「多分、通勤ラッシュかなんかの再現ギミックなんだろう」


 相棒を構えて、そのまま撃ち抜く。

 当然、一発につき一匹。

 しかしそれだけでは敵を散らすには不十分だ。


「おい、大丈夫なのか?」

「どうだろうな……」


 どんどんと敵は溢れ、ついには百匹近くのゾンビが俺たちを取り囲んだ。


「や、やばいぞ! どうにかしろスナイパー!」

「……」


 流石にただ銃を撃つには数が多すぎる。

 ただ、数を散らすには俺の攻撃では物足りない。

 単発火力に特化している俺では、単純に戦えば勝ち目はない。一匹ずつ減らすしかないからだ。

 ……こんな時、セツナがいれば。


 あの火力バカがいれば、一人で数をどうこうするというのは大得意なんだが……。

 いない人間のことを考えても仕方がない……。

 今は、目の前の難所をどうクリアするかを考えていこうと思う……。



 *



「この数は流石に不味いんじゃないか、スナイパー!」

「なら、ご自慢の剣を抜いてくれよ」

「バ、バカいえ! 俺の剣はこんな雑魚共に見せるためにあるんじゃないんだぞ! 俺はダンジョンマスターとしか戦わない!」


 こんな状況だというのにレジェンドは己の意志を曲げない。

 いや、実際のところ彼が剣を抜いてもあんまり強くないことがバレてしまうからだろうけど。

 こんな状況で素直に、実はそこまで戦えませんと言われても困ってしまう。

 とはいえ、目の前で起きているこれをどうにかしなければ。


 さて、どうしたものか。

 俺はレジェンドの首根っこを掴み、引っ張りながら考える。

 このまま逃げてもいいんだが、それはプライドが許さない。

 ダンジョンの、それも雑魚敵に敗走するのは俺だって悔しい。とても悔しい。


 ホームを逃げ惑いながら俺は考える。

 一体ずつ倒していったんじゃ絶望的に間に合わない。

 それだけは分かる。


 じゃあ、一気に倒す必要があるわけだ。

 ……確か。


「お前、弾の種類は? 普通のダンジョン用スナイパーライフルなら特殊弾くらい装填できるだろう」


 丁度、俺が懐から弾薬を取り出そうとした時だ。レジェンドが偉そうな口を利く。

 確かにその通りだ。

 俺が装填するのは貫通弾。

 風の魔法だかなんだかが仕込まれており、普通の弾よりも貫通力が強化された特殊なものだ。


 さて、貫通弾を使えば敵の頭を一気にくり貫くことも可能だろう。

 とはいえ、俺の弾は曲がったりしない。

 ただ真っ直ぐ飛ぶだけだ。

 つまり、どれだけ貫通力が高かろうと敵の位置が悪ければ一気に倒すことはできない。


 さて、どうしたものか。

 俺は前方で蠢くゾンビたちを眺め、隣に立つレジェンドの肩を叩いた。


「おいレジェンド、剣は抜かなくてもいいから少しは手伝え」

「はぁ? お前正気か、この俺様を――」

「じゃあ死にたいのか? それともこんな雑魚共を前にして逃げ帰るか?」

「……ぐぅ、しかたない! 今回だけだからな!」


 レジェンドが承諾したことを確認して、俺は今自分のいる位置とは真反対の場所を指さした。


「あっちに行ってゾンビたちの注意を引いてくれ」

「はぁ!?」

「それだけじゃない。なるべく、ゾンビを綺麗に並ばせてくれ」

「はぁ!?」

「できるな? レジェンド」

「ちょ、おま……やっぱ正気じゃないな! 無茶振りにも程があるぞ!」


 幸い、ゾンビの歩みは牛歩。

 正直速度も脅威ではない。だからこそレジェンドでも引きつけて逃げるくらいは可能だと思っている。

 しかし、この男はそれをしたくないらしい。

 俺はわざとらしく大きなため息をはいて見せた。


「あの英雄であるレジェンドがこれしきのこともできないとは……期待外れだな」

「な、なんだと――」

「まぁ、無理もないか。どうせ、今までの武勇伝も嘘っぱちだったんだろう」

「言ってくれたなスナイパー! いいだろう、その言葉後悔させてやるからな!」


 レジェンドはピシリと俺に人差し指を向けてそのまま走って行く。

 安い挑発に乗ってくれて本当にありがたい。

 俺はゾンビたちの注意がレジェンドに向けられたことを確認して相棒に脚を取り付け固定した。

 貫通弾の力を持ってしても、流石に何十体も撃ち抜くことはできないだろう。

 しかし、発射自体の威力を底上げすればそれすらも成し遂げることができるのだ。


 反動が尋常ではないので、制御するためにこうして固定しなければならない。

 つまり、威力は高くなるがどうしても固定砲台になってしまう。

 この状態の銃をそのままぶっ放せるのなんて、セツナみたいな奴しかないだろうしなぁ。

 非力な俺はこうして構えなければならない。


 こちらの準備はできた。

 あとはレジェンドがゾンビをいい位置に持ってきてくれることを待つだけ。


 絶妙なタイミングを見計らう。

 揺れ動くそれらが奇跡的に合わさるその一瞬。

 少しでも逃せば、それらは達成されない。


 息を整えて、待つ。

 そうすること数十秒。

 永遠とも思える制止の先に、その時が来た。


「伏せろ!」


 俺は叫ぶ。

 それと同時に常に手をかけていた引き金を引いた。

 瞬間、銃身が一気に上へと打ち上がる。

 やはり、その反動は尋常ではない。固定してもこれなんだ、そのまま撃っていれば俺の腕は消し飛んでいたかもしれないな。

 当然、そんな反動から放たれた弾はゾンビたちの頭を一気に穿っていった。

 トドメと言わんばかりにホームの壁に突き刺さる。


「ふぅ……」


 バタバタと倒れていくゾンビを眺めて、俺は一息ついた。

 しっかりと倒せているらしい。


「ふぅじゃねぇよ! お前、あと少しで俺の頭もこうなってたじゃねぇか!」


 急いで駆け寄ってきたレジェンドが怒りを露わにする。


「レジェンドなら避けられるだろ、この程度」

「そうだが、そうだがな! 予め伝えておけよ! ビックリしちゃうだろう!」


 多分予め伝えても合図なしに避けることはできないと思うけどな。

 なんて本音を心の中で零しつつ、俺は相棒から脚を取り外した。


「さて、これでようやくダンジョンマスターに通じる――」


 そこまで言って、レジェンドの言葉は途切れた。

 なんと、ダンジョンがどんどんと消滅していっている。これはつまり……さっきのゾンビ集団がダンジョンマスターであった証。

 たまにある。

 特定の強力なモンスターではなく、群れやギミック自体がダンジョンマスターであるということが。

 今回もそれなのだ。


「どうやら、レジェンドの出る幕はなかったようだな」

「……これでは俺様が役立たずみたいではないか!」

「……」


 違いない。

 そう言いかけた口にチャックをかけて俺は踵を返す。

 ここがダンジョンでないのならば、もう俺がこの場にいる必要もない。

 別に報酬が目当てだったわけじゃないしな。(正直レジェンドと別れたいし)

 というわけで、俺はそうそうに帰る。


 出番がないのも、出番が多すぎるのも中々難しいものだ。


 まぁ、今後絶対レジェンドとは仕事にいかない。そう心に決めた一日だった。

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不遇職業? 遠くから攻撃することしかできない雑魚? そんな偏見全部俺がぶっ壊してやるよ。最強のスナイパーはどんな敵でも一撃で倒します~その男、ワンショット~ 雨有 数 @meari-su-

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