第五話「その男、レジェンド(上)」

「はい、コーヒーですにゃあ!」

「ありがとう」


 俺はコーヒーを受け取った。

 毎朝のルーティンである。これを飲まなければ一日が始まらないといっても過言ではない。


「昨日もお仕事成功したみたいでよかったですにゃ」

「ほとんどセツナが暴れ回っただけだけどな」


 俺は苦笑いを浮かべた。

 昨日は久しぶりにウメダダンジョンへ足を踏み入れたが、結局セツナの独壇場。

 俺がでる幕は最後の一瞬しかなかった。

 だからセツナと一緒にダンジョンに向かうのはイヤなんだ。

 ……なんて話をするとセツナに怒鳴られてしまうが。


「でも、無事でよかったですにゃあ。じゃあ、ごゆっくり~!」


 トレイを持って軽やかな足取りで去って行く彼女の背中を見送って、俺はコーヒーを一口含む。

 結局、フェリスの目的は分からなかったしなぁ。

 リーダーに尋問を終えた後、俺たちに引き渡すなんて言っていたがいつになることやら。

 取り敢えず、スカベンジャーの部下七人は引き渡したわけだが。

 とはいえ、ウメダダンジョンには度々ああいった輩が出現するわけで。


 第二第三のスカベンジャーが今も暗躍していることだろう。

 彼らの絶滅は俺たちの仕事ではないとはいえ、なんとも気の遠くなる話だ。


 さて、今日はどうしようか。

 コーヒーを飲み込んで、俺は天井を眺めた。

 相変わらず、このカフェの天井には古びたシーリングファンがくるくると回っている。実際は古く見えるだけで、設備としては随分と新しいもの。

 だからなんだってことはない。


 ここは隔離施設だ。

 強過ぎる探索者は、存在が凶器みたいなものである。

 結果的に人々の不安を煽ってしまう。

 だからこそ、政府は俺たちに首輪をつけた。基本的に俺たちは申請をしなければ外出も自由にできない。

 ……この施設で日常生活は何不自由なく送ることができるし、俺たちみたいなレベルになると大抵の人間がダンジョンに潜ることしか頭にない馬鹿どもでもある。

 そんな奴らはダンジョンに潜れればそれでよいのだ。


 だから、こうして大人しく首輪を繋がれているともいえる。

 浮世離れしたダンジョン仙人しか、ここにはいない……。

 と、いうのは過言だった。


「スナイパー、おい、スナイパー!」

「ん」


 時に、この施設に入ることこそが探索者における免許皆伝、超一流の証だと勘違いする馬鹿がいる。

 俺を呼ぶこの声の主も、多分その馬鹿の一人だった。


 天井から視線を落としてみれば、俺の真ん前に立つ男が一人。

 発色のいい銀の髪と、緋色の目。

 浅黒い肌がなんともそれに似合い、端正な顔立ちとなっている。


「このレジェンド様が相席してやろうというのだ、喜べよ」

「……はぁ」

「なんだその気の抜けた返事は! もっと身を粉にして喜べよ!」

「とは言ってもなぁ?」


 なんとも尊大不遜な態度で俺の対面に着席するこの男は、自分でも名乗っていたが名をレジェンドという。もちろん本名ではない。

 ここにいる住民は、彼のことをレジェンドと呼ぶ。

 それにはいくつかの理由があった。


「昨日の俺様の活躍が聞きたいか?」

「いや?」

「そうかそうか! 聞きたいかっ! そうなのだな!」

「だから別にって」

「……そこまで言うのならしかたあるまい! 昨日の俺様はこれまた最高の活躍をしてみせた! それこそファンタジアに名を轟かし十の神の再臨ともいえる――」


 始まった。

 レジェンドの自慢話が。

 これが彼のその名前の由来の一つである。彼は自分の活躍を必要以上にひけらかす。

 そして、これがもう一つの理由なのだが……。


 それらの武勇伝は、全て嘘っぱちだ。

 実際の彼はダンジョンに出向いたとしても、あれやこれやと理由をつけて戦わない。

 やれ身体が痛いだの。

 やれ調子が悪いだの。

 やれ俺が出る幕じゃないだの。

 理由は様々であるが、絶対に戦わない……らしい。


 らしいというのは、俺が実際に一緒にダンジョンを攻略したわけじゃないからだ。

 いつもはセツナと一緒に行動している俺は、中々他の人間とダンジョンに行くことがない。(どうしてか、他の誰かとダンジョンに行くと、セツナが怒る時もあるし)


 あと、セツナがこの男を大嫌いだというのもその一つであった。

 理由としてはこれだけ強さを誇示しているのに自分と戦わないからだろう。これもまぁ、当然そのはずで、あんな怪物と戦えば最悪命を落としかねない。

 俺だってできるならセツナとはやり合いたくない。多分、凄く苦労する。


「それで俺様の攻撃が決まり、雑魚たちは俺に平服したというわけだ! どうだ、凄いだろう!」

「あ、あぁ? うん」

「お前、絶対聞いてないなっ! 俺様がこんなに話してやってるというのに!」

「まぁまぁ、実際レジェンドっちの話は面白くないにゃ。はい、コーラにゃ」

「ストレートすぎるぞニャニャ! ったく、これだから凡人は」


 ニャニャはコーラが並々と入ったグラスをテーブルにおいて、ニコリと笑って去って行った。

 流石はニャニャだ……。

 誰にでもあんな風に接することができるというのは強過ぎる。


「で、なんの用なんだ? そもそも、そんなに話をする仲でもないっていうのに」

「ふん。スナイパーにしては勘がいいじゃないか。いいか、スナイパー。お前を今回! この俺様の相棒に任命してやろう! さぁ、一緒にダンジョンに行くぞ!」

「……遠慮しておきます」

「急に他人行儀になるなっ! さっきまでため口だったろ!」

「冷静に思い返して、距離を離したいと思ったから」

「お前! もう少し言葉を選べ! お前! 俺でも傷つくことくらいあるんだぞ!」


 まぁ、悪い奴じゃないんだが……。

 彼のレジェンドというのは、つまるところレジェンド(笑)みたいなものだ。

 そんな彼が、わざわざ俺を相棒に任命するなんていうことは……。


「なんだ、また騙して用意した仲間に逃げられたとかか?」

「また! とか、騙したとかいうなっての人聞きが悪い」

「事実だからな」

「それがこの俺様に向ける言葉かスナイパー!」


 彼の大声が耳をつんざいた。

 毎度毎度、いい反応を返してくれる。探索者よりも芸人を目指した方がいいのかもしれない。

 なんて思いながら、俺はため息を吐いた。

 しかたない、今日の予定はなかったし彼に付き合うとしようか。


「で、どこのダンジョンに行くんだ?」

「ふははは! 昨日できたばかりのダンジョンだ。お前もきっと気に入ると思うぞ? スナイパー」


 不敵な笑みを浮かべてレジェンドはそう話す。

 昨日できたばかりのダンジョンか。

 だとすれば、難易度も分からないな。実質単独攻略になるから、難しいダンジョンでも困ってしまうが……まぁ、セツナがいない分暴れるとしようか。

 俺は頷いてコーヒーを飲み干した。


 さて、今日も今日とて楽しいダンジョン攻略が始まりを告げる。

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