第8話

 俺は大天使からもらったペンダントの一つを持って、眠っている聖美の部屋に入る。枕元の靴下の横には、きっと父さんが置いたのだろう、聖美へのクリスマスプレゼントが置かれていた。

 俺は靴下を手に取り、その中にペンダントを滑り込ませた。


 部屋を出る前に聖美の横に座る。明日からしばらくは、もしかしたら今俺が予想しているよりずっと長い間会えなくなる。


(でも、また会える。絶対に)


 そう思うことで、もう泣かずに済んだ。窓の外を見ると光が二つ、月に向かって飛んでいく。今夜の不思議な出来事は、絶対誰にも言わない。俺の、俺だけのクリスマスイブの奇跡だから。


◇◆◇


「母様……」

「妹のことか?」

 僕は頷いた。僕たちが見た、妹の数年後の未来。交通事故で死んでしまう未来。

「あれは、言わなくて良かったのかな……」

「言ってどうする。聖也の心が余計に乱されるだけよ」

「でも……」

 また会えると期待を持たせておいて、実際には亡くなった後だったらと想像すると、マリエルはまた泣きそうになった。

 そんな息子を見て、ガブリエルは苦笑しつつ頭を搔き撫でる。

「心配しなくても、聖十字架のおかげで運命は変わったわ」

「……へ?」

 半泣きのマリエルは、鼻をすすりながらガブリエルを見上げた。

「あの程度の運命なら聖十字架の力のほうが強いわ。兄と再会するために妹の運命は変わった。だから大丈夫」

 多分ね、と言って、ガブリエルは片目をつぶった。


「そっかぁ……、良かった、うん、良かった……」

 我が事のように嬉しそうに笑うマリエルを、ガブリエルは喜ばしく見つめていた。

「でもさ、母様。聖遺物、ぶっ壊した上に人間にあげちゃったけど、いいの?まあ無断で持ち出した僕が言うのもアレなんだけど……」

「ああ、まあ、あんたが勝手に持ち出したことが問題なんであって、私が誰に下賜してもそこは誰も文句言わないわよ」


 さらっと言い返されマリエルは膨れる。納得がいかない。

「なんでだよ?!僕本当に焦ったんだけど!?」

「当たり前よ、無断で抜け出して祭ってあった聖遺物持ち出したんだから。悔しかったら無事私の跡を継ぎなさい。水の守護天使になれたら、今回の私と同じことが出来るから」

 そう言ってガブリエルは力を込めてマリエルの額をはじく。あまりの強さにマリエルはよろける。が、痛いが、母の優しさが伝わってきて、その偉大さを目の当たりに出来て、十分以上に満足出来たから、言うことは無かった。


「いつになるか分からないけど、もう一度会えるといいね、あの二人」

 マリエルのつぶやきに、そうね、とガブリエルが返し、二人は雲の上の光に吸い込まれて行った。


◇◆◇


 あの不思議な夜から、十年経った。

 俺はまだ、聖美に再会できていない。気が付けば二十歳になっていた。

 聖美がいないクリスマスが、今年で十回目。聖美ももう十七になっているはずだ。大きくなった聖美はどんな女の子になっているだろう。十年も経って……、俺のことなんて忘れているかもしれない。


 ぼんやりと歩いていたら、家とは反対方向に歩いてきてしまったらしい。ここ、どこだ……。

 周囲をぐるりと見回すと、十字の尖塔が見えた。きっと教会だ。目印になるかもと、その方向へ足を向ける。


 たどり着いた教会は、柵の向こうは草がぼうぼうで、明らかに今は使われていないようだった。失敗したかな、と思ったら、突然、カーン、と鐘が聞こえた。


 ……鐘?この、草ぼうぼうの教会の?

 俺は不審に思い、しかし気になったので柵を乗り越え中へ入る。扉を開いて御堂の中へ入ると、中に、人がいた。


 ステンドグラス越しの逆光で、顔はよく見えない。が、俺は思わず呟いていた。


「……聖美?」


 俺が無断侵入した教会の名は、『聖ガブリエル教会』という。


-Fin-

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聖夜の約束 -強い想いは光り輝く- 兎舞 @frauwest

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