第7話

 私がマリエルと、聖也とかいう人間の子どもに言ったことは本当だ。御方の決定は不可侵だ。私たちはそのご判断の中で出来ることをするだけだ。


 しかし、『ほかに出来ることは』というマリエルの問いに、即答が出来なかった。両親の離婚という運命は変えられないとしても、『妹と離れ離れになりたくない』という願いについては、どうにか出来ないものか、私も思案をし始めていた。


 期待を込めて、四つの瞳がこちらを見つめてくる。なんか……、居た堪れない。ここで何もしないで天へ帰るのは、三大天使の名が廃るというものではないだろうか。

 考え込む時の癖で腕を組むと、胸の中でごろっと何かが動いた。さっきマリエルから取り上げた聖十字架だった。私は再びずるりと引き出し、目の前にぶら下げてみた。ふうむ……。


「か、母様?何か思いついた?」

 四つの瞳のうち二つ分がグイっと近づいて来た。期待がさっきより込められていて若干うざい。


「聖也とやら」

 私はマリエルを無視して聖也に向き直る。子どもはビクっとしたように背を伸ばしてこちらを見直した。

「ないことは、ない」

 驚いたように目を見開くと、聖也は飛びつくように私に近寄ってきた。

「ほ、本当ですか?」

「悪いが今まで通りずっと一緒に暮らす、という願いは叶えられぬ。まだ親元でなければ生きていけぬ年端だからの」

 そう言うと、聖也はがっくりしたように蹲った。

「だが、一緒に暮らす以外で、願いは無いか?」

 そう続けたところ、聖也は再び身を起こし、じっと考え込んで、答えた。


「いつか、再会出来たら、と思います。また会えると思えば、それまで頑張れるかな、って」


 聖也の目は、静かな光を取り戻していた。諦めを受け入れた人間特有の輝きだった。

 人間はこんな風に一瞬で成長することがある。年齢、時と場所、環境や身分地位に関わらず。天使には出来ない真似だった。私は無意識に、聖也の成長を目の当たりにして微笑んでいたらしい。


「分かった……。では、一つ条件がある。その願いを叶える代わりに、今宵我らに会ったことは誰にも言うてはならぬ。妹にもだ。守れぬなら願いを叶えることは出来ず、破った時点で無効となる。……如何する?」


 私の出した条件に、しかし考えるまでもなく聖也はしっかりと頷いた。

「守ります。絶対に……、誓います」

 その時、もう一度聖也の心が光った。マリエルがしきりに気にしていた悲しみの光ではなく、決意の光だった。私は満足して頷く。


「相分かった。では、手を出しなさい」

 怯えるように両手の平を上に向けて差し出す聖也の上で、私は聖十字架を手で真っ二つに割った。ぎょっとしたようにマリエルが叫ぶ。

「か、母様?!それって聖遺物なんじゃ……」

「よい。見ておれ」

 慌てるマリエルを抑える中、割れた聖十字架に力を込め続けると、すーっと小さくなり、先端に細い鎖が付く。そしてゆっくりと、聖也の手の平に落とした。


「……ペンダント?」

「それを一つずつ、そなたと妹で持つが良い。互いに持ち続ければ、いずれペンダント同士が引き合って再会できるであろう。出会った時、ペンダントを合わせればぴたりと割れ目が合うはずじゃ」


 聖也は息をのんで手のひらを見つめ続ける。そしてグッと力を込めて握り締めた。


「……ありがとうございます!」


 そんな聖也を見つめながら、またもらい泣きしたらしいマリエルが分不相応に大きな翼を広げていた。

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