第6話

「して、そのほうの願いとは、なんじゃ?」


 何故かやたら偉そうな口調になった母様に『?』を感じつつ、僕も母様の隣に座って男の子の話を聞くことにした。

 男の子はまだ緊張しているようだけど、頷いて話し始めた。


「俺、聖也って言います。母さんと父さんと、妹の聖美と四人家族なんですけど、両親が離婚することになって……。そのことは大分前から聞いていたし、母さんも父さんも喧嘩ばかりしてたから、仕方ないって思ってます。でも妹は、離婚ってなんなのかまだよく分かってないみたいで、明日の朝には母さんと二人でこの家を出て行くことになってるけど、冬休みだからおばあちゃん家に行くんだ、くらいにしか思ってないみたいで……。でも俺は、父さんから、もう聖美とは会えないぞ、って言われて……」


 そこまで言うと、堪えきれなくなったのか、聖也はぽろぽろと涙を流し始めた。と同時に、例の悲しみの光がグワッと強く輝きだした。母様も、その光を見ながら目を細める。


「どうして二度と会えないんだろう……。父さんと母さんが夫婦じゃなくなっても、俺たちは兄妹なのに……」


 一層強くなる聖也の光を見つめ続けると、その中に女の子の姿が浮かび上がる。さっき赤い実を食べてニコニコしていた子だ。今より少し背が高い。数年後の未来の姿か。


 どこかの道を歩いている。子猫だ。追いかけて走り出した女の子にトラックが突っ込んでくる。危ない!と思う間もなく、女の子の小さな体はトラックに跳ね飛ばされて宙を舞った。


 僕は息を飲む。どうやら聖也の妹は、数年後交通事故で亡くなる運命らしい。驚いて震える僕の手を、母様がそっと握ってくれたことで震えは収まった。しかしそれは、僕の震えを止めるだけでなく、今見た未来を聖也には言うな、という意味でもあったらしい。


「なるほどの……。そなたの願いは分かった。しかし、叶えることは相成らぬ」

 涙が溢れたままの顔で振り仰いだ聖也は、目に非難を込めて睨み返してきた。

「なんでですか……。神様なんでしょ?!なんでも出来るんだろ?!父さんと母さんが離婚しなきゃそれでいいんだよ!それくらいしてくれたっていいだろ!?」

 悲しみと望みの全てをぶつけてくるような叫び声に、僕は胸が張り裂けそうになるが、母様は動じない。


「残念ながら我は神ではない。ただの天使じゃ。よりは力があるがの。それほどに力が込められた願いが叶えられていないなら、それは避けられぬ運命ということじゃ」


 僕は思わず母様に向き直る。

「そんな!歴史を変えるほどの願いではないでしょう?!何故介入してはいけないの?」

「マリエル、天使が人間の生活に介入しないのは、歴史に関わる時だけではない。人は……、辛い経験から多くを学ぶ。そして強くなる。我らがその機会を摘むことは許されない。だからこそ御方もこの者の願いを退けた。一天使の分際でそのご判断を覆すわけにはいかぬ」


 僕は項垂れた。こんなに深く強い悲しみを見たのは僕は初めてだ。そして直接助けを求められたことも。

 何とかしてあげたい。だって、天使にはその力があるんだから。

 でも母様の言うことも理解できる。御方―神様―が決めたことなら、僕たちが逆らうことは出来ない。僕たちの力は、人間よりは大きくても、神様の前ではとてもとても小さいのだ。


 しかし諦めきれない僕は、もう一度母様に食い下がった。


「じゃ、じゃあ、離れ離れになることはどうにも出来ないとして、他に僕たちにしてあげられることはないの?」


 そんな僕を、母様と聖也が驚いたように見つめ返してきた。

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