(3)
「おい。知ってるかい。あの火事場から遺体が一人分出たらしいぜ」
「あの火事場って、あの旅籠屋の火事か?」
「ある日突然人が変わったように金に執着しだして、勤め人たちに給金払うのも勿体ないとかって言って暇出しまくって、最終的には旅籠を閉めたっていう、あの旅籠屋のことか?」
「そうそう」
「だとすりゃ、焼けたのはそこの旦那だろ?」
「だろうな」
と、体調がすっかり良くなった佐倉とすずめ丸が訪れた
もちろん。話のネタの旦那と言うのは、すずめ丸が《心球》を喰らったあの老人のこと。
だとしても、佐倉もすずめ丸も我関せずの様子を貫いて、食事を十分楽しんでいた。
「でもよ、とてもそんな訳の分からねぇことする旦那には見えなかったがな」
「アレだろ? 借金のかたに連れ去られそうになった女の借金肩代わりしてたって話」
「そうそう。そんなことする人がよ? 金に執着して使用人解雇するなんてことあると思うか?」
「さぁな。人なんて、外っ面の内側がどうなってるかなんてわからねぇからな」
「さもなきゃボケたんじゃねぇか? 年も年だったんだろ?」
「《心喰い》のせいさ」
『?!』
突如嘲りの混じったしわがれた声が入り込む。
「うおっ! 何だこの坊さん」
「どっから出やがった!」
四人掛けの席だった。埋まっているのは三つ。その空いている席に、ボロボロの僧衣を纏い、笠を被った小柄な僧が当たり前のようにそこにいた。
「《心喰い》に心を喰われたせいでそうなったのさ」
「いや、いきなり現れて何意味の分かんねぇこと言ってんだよ!」
「なに。少し気になる単語が出たからな。教えてやろうと思ったまでよ」
「知るかよ。あっち行けよ!」
「そう邪険にするもんじゃない。《心喰い》は恐ろしいぞォ。油断していると、明日は我が身。その老人と同じように突如命を落としているかもしれんぞ?」
「な、なんだよそれ」
半ば脅しめいた口調に動じる大工たち。
対して皴の刻まれた口元しか見えぬ僧は身を乗り出すと語って聞かせた。
「人には《感情》というものがある。それは《心》があるからこそ宿るものだ。だが、その《心》がなければどうなると思う?」
「か、感情が無くなるってことだろ」
「そうだ、そうだ。よくわかったのォ」
「バカにしてんのか?」
「しとらんさ。素直に褒めているだけのこと」
「だとしても、それが何だって言うんだよ」
「《情》が感じられぬようになるということがどういうことか、解るか?」
「つか、人の話を聞けよ、坊さん」
「《情》が感じられぬようになるということは、《情》が無くなるということ」
「だったら何なんだよ」
「相手のことなど一切気にしなくなるということさ」
「だから何なんだよ」
「解らぬか?」
「……」
「解らぬのか?」
「解んねえよ!」
「狂うのさ」
刹那、ぞっとするような寒気が大工姿の男たちの上に降り立った。
「心を失ったものは感情も失う。《情》を失ったものは他者のことなど眼中にない。そして、がらんどうになった心には、《魔》が巣食う」
三人のうちの誰かがごくりと唾を飲み込んだ。
「《魔》が住み着いた人間は、ゆっくりとゆっくりと狂わされる。欲望ばかりが膨らんで、理性は消え去り本能のままに行動しだす。結果、そのものは自我さえ奪われ操られ、魂そのものを喰らわれる。故に、《心喰い》には用心なされよ。さもなければ、明日はそなたらが命を落としているやもしれぬぞ――と言うところで、魔除けに一枚どうだい?」
と、当然のように懐から札を取り出した瞬間、
「ふざけんな! 信じかけただろうが!」
「煽んじゃねぇよ!」
「俺、一枚買おうかな」
『乗せられてんじゃねぇよ、バカ!』
途端に騒ぎ立てる男たち。
その横で、
「ごちそうさん。お勘定、ここに置いておくよ」
「は~い。ありがとうございました~」
すずめ丸と佐倉は、何も聞いていなかったかのように勘定を済ませて食事処を後にした。
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